038.野菜を育てよう
さて。
昨日はリボンちゃんの襲来でめちゃくちゃになってしまった農作業。今日こそはと朝早くから起き出してきたのだ。
昇る太陽と清々しい空気。瑞々しい緑林の匂いが寝ぼけ眼を覚醒させてくれる。
「うーーーーーん、気持ちいいーーーー!!」
思いっきり澄んだ空気を吸い込めば、体中がスッキリする。凄いぜ、世界樹!
「うーーーーーん!!」
隣で恋唄も同じように大きく伸びをしていた。
朝が弱い恋唄も、手伝いと言って早起きしてくれたのだ。なんて良い娘だろう。
しっかりと農作業出来る格好に着替え、昨日と同じように麦わら帽子も着用済みだ。
可愛い女の子と一緒にやるというだけでどんな作業も楽しくなってしまうのは、俺が単純過ぎるからだろうか。
「先生、今日も耕すところからやりますか?」
王都で買ってきたクワを掲げながら、恋唄が聞いてきた。
「そうだなー。昨日のリボンちゃん騒動でめちゃくちゃになったとは言っても、土壌自体はしっかり耕してあったからね。今回はならして地面を水平にしてから畝をつくっていこうか」
クレーターが出来たようにボコボコしている畑だが、土の色は堆肥の混ざり合った良い色をしている。
俺の農作業に関連するスキルが、土の状態をしっかりと把握してくれるのでありがたい。
「おいしょー」
と可愛い掛け声で恋唄がクワを振るい始めたので、俺も負けじと整地していく。
俺たちの現在の食事事情は、肉食がメインとなってしまっている。
基本的に賢者様の【迷宮】や世界樹の森で獲ってきた魔物の肉を調理して食べることがほとんどで、後はエルフ一族から物々交換で貰った野菜を少し添える程度だ。
俺自身はそれでも十分だけど、やはり女子高生にそんな食事を続けさせるわけにはいかない。
ということで早急に家庭菜園を整え、野菜類は自給自足出来るようにしていきたいと思ったわけだ。
俺と恋唄でつくった野菜。夢の共同作業。これが美味しくないわけがない。
そうだ。一緒につくった野菜で鍋をしよう。
野菜をふんだんに入れた鍋を囲む二人。鍋からはぐつぐつと煮える良い匂いが漂っている。
そろそろいいかな、なんて言いながら取り皿に野菜を入れて食べようとしたら、恋唄が熱いから気をつけてねとか言いながらふーふーしてくれたやつを箸で「あーん」とかしてくれて……。
うおおおおおおお!!
やる気が出てきたでー!!
「せ、先生がすごいやる気です……!!」
★
やる気を出しすぎたせいか、50メートル四方の畑が数時間で完成してしまった。
スキルのお陰で、耕すときは凄く簡単に身体が動いてしまったのだ。どの角度でクワを入れれば良いかが自然と解ってしまう。まさに俺は農業王になってしまったのだ!!
それはともかくとして、今回は四つの区画をつくってみた。
一つは昨日植えようとしていたリーフレタスという野菜を。残りの区画にはエルフ達と相談した結果、枝豆とトウモロコシ、ピアキャロットと呼ばれる人参をそれぞれ残りの区画に植えることにした。
魔物の肉から動物性たんぱく質はがっつりと摂れるが、植物性たんぱく質もバランス良く摂らないと駄目だと聞いたことがあるから、そのタンパク質が良く摂れそうな野菜をチョイスした。
エルフ一族には、タンパク質とかの栄養素の知識はなかったが、長い歴史の中で培ってきた経験則で摂らなければいけない野菜などは理解しているようだった。
ちなみにトウモロコシは完全に俺の好みだが、仕方ない。コーンは美味しいのですよ。
それぞれの畝に株間を適切に取りながら種を植えていく。植物によって株間の距離は違うが、そこはスキルによる感覚にお任せだ。ここらへんで良いだろうっていう感覚がスッと出てくるのが気持ちいい。
もちろん「早く育てよ~」とか「美味しく育てよ~」とかいろいろ邪念を送りながら植えていった。植物はヒトの声を聞くと言うからな。しっかりとこちらの要望は伝えておかなければならない。
「先生、植えられたよ!」
「おっけー、こっちも出来たから水をあげようか」
水やりは大切だ。生きとし生けるもの全てにおいて、水は源。
ということで、今回は世界樹の樹の根元にある泉から水を取ってきて撒くことにした。どうせなら美味しい水をあげたい。
俺の魔術でも良いかなと思ったが、それよりは世界樹の滴から出来ている泉の方が良いだろう。きっと、野菜達にも良い成長の手助けとなるはずだ。なにせ世界樹だもの。
「それい! 水を与ようぞ!!」
世界樹の泉から汲んできた水を空間魔術でぷかぷか浮かばせながら畑に持ってくる。
それをシャワーのように畑に振りまいた。テンションが上がって変な言葉遣いになってしまったのはご愛敬だ。
「うわー! きれいっ!」
水しぶきが太陽の光を浴びてキラキラ光ってきれいだなぁと思って見ていれば、恋唄が歓声を上げた。どうやら太陽の光によって光っていたのではなく、水しぶきの一滴一滴が自発的に光っていた。
薄く黄金に輝く滴は、畑の土に吸い込まれるように消えていく。
……決しておしっこではないし、そもそも世界樹の泉自体は透き通る無色透明だ。
畑に散らした瞬間、なぜか光り始めたのだ。
「マジか!?」
水を十分に吸った土からは、早くも植物の芽が出ていた。
種を植え水をやってから数分しか経っていないが、異世界の植物はこんなに早く成長していくものなのか。驚きだ。
「かかか。どうやら世界樹の魔力と聖皇様の魔力が組み合わさって生命力が異様に強まったようですな。これは明日にでも収穫できるのではないですかな」
「明日!? 早くない!?」
魔力とんでもないな!? というか、ここに来てから不可思議なことは全て魔力で強引に解決されている気がするぞ……。
「それだけ世界樹と聖皇様の魔力が強いということですな。では野菜を愉しみにしておりますぞ」
かかかと笑いながら去って行く賢者様。
というか既に食べる気満々なんだね。
「……恋唄、明日には食べられそうだって」
「ほわぁ……先生、日本に帰れば農家としてやっていけますね。さすが農業王!」
農業王って……なぜ俺の心の声がバレているッ!?
「ま、まぁ日本では魔術とか魔力とかなかったからなぁ。戻ったらさすがにこんな力は使えないんじゃないかな」
「うーん、もったいないですね」
でも、実際戻ったらどうなるんだろうか。
幼女女神は俺たちが召喚されたすぐ後に戻ることも可能とか言っていたけど、どういうカタチで戻れるかまでは言ってなかったな。
俺の場合、女神の力が入ってきて身体の造りまで変わってきてるから、これが元通りになるのはちょっともったいないなぁ。
「先生はまだやりますか?」
「うん? ああ、もうちょっと畑を広げてみるよ。なるべくいろんな種類の作物を試してみたいしね」
作物によっては育てる時期や環境が様々だ。
ただこの世界のこの魔力という要素が、それらに対してどんな作用をするのか。
一日で作物が育つことすら可能な世界だ。もしかしたら、あらゆる作物をどの時期でもこの場で作っていくことが可能かもしれない。
だから、とりあえずはエルフ一族から貰った作物の種を全部試してみようと思った。
特に果実の種がいくつかあるので、それは早急にカタチにしていきたい。俺は果物が大好きなんだ。
ああ、こたつで食べるミカンの味が思い出されて、寂寥の感がこみ上げてきたぞ。
「じゃあ、私はララちゃん達のところに行ってきます!」
「ああ、服をつくるんだっけ?」
「うん。リボンちゃん達の糸がとても凄い素材らしいみたいなの。先生の服、楽しみにしててくださいね!」
あの糸か……。どうしてもパンツの中から出してきた光景がフラッシュバックしてきてしまうが……。
それでも恋唄が俺のために服を編んでくるという事実が、何より嬉しい。
「おお、楽しみにしてるぞ」
恋唄が手を振りながら去って行くのを見届ける。なんか夫婦みたいな感じで幸せだなぁ。うふふ。
「……何、ニヤニヤしてるのぉ?」
「おわっ!?」
気づけばいつの間にかすぐ側にむさくごつい顔があった。おさげについたリボンがぴょこぴょこ揺れている。
「り、リボンちゃん!? いつの間に!?」
「もう、さっきからいたわよ!! ワタシが来てるのにずっとニヤニヤしてるんだからぁ」
ニヤニヤしてしまっていたのか。
俺はよく感情が顔に出やすいって言われるタイプだけど、これは気をつけなければ変態認定されてしまう。特にエルフ姉妹に……。
「ま、まぁ気にするな! そ、そういえばさ。蜘蛛って野菜食べるの?」
「どうなのかしらねぇ。ワタシ達は蜘蛛というより魔物だから、虫の蜘蛛とは生態が違うのよねぇ。
ん? もしかしてご主人様ったら、ワタシのためにワタシの好きな野菜を作ってくれようとしてるのかしらぁ?」
「いや、お前のためっていうか、子リボンちゃん達のためにね。今日も律儀に糸を置いてくれていたし」
子リボンちゃんとは、リボンちゃんが世界樹から連れてきたミニサイズ(リボンちゃん対比)の鬼神闇蜘蛛達のことだ。
今朝目覚めたら、しっかりと枕元に金色の細やかな糸が束ねられて置いてあったのだ。
どうやら寝ている間にわざわざ持ってきてくれていたらしい。
「んまっ!? もう、いけずね~!! でも、そういうことならダイコンが良いわぁ!!
虫型の魔物が寄って来やすいし、アレを煮込んだ料理が美味しいもの」
大根を煮込んだ料理かぁ。ブリ大根とかおでんとか美味いよなぁ。ああ、食べたくなってきたなぁ!!
「オッケー! じゃあ大根も植えてみるか!!」
「ありがとうっ!! 愛してるわ、ご主人様!!」
「……いや、そういうのは必要ないから」
「んまっ! 照れちゃって!! じゃあ、期待してるわねぇ!!」
力こぶを見せびらかすようにポージングした後、リボンちゃんはうふふと去って行こうとする。
が、逃がさない。
「働かざる者食うべからずって格言が俺の世界にはあるんだよな。食べたいならしっかり労働しようね」
「もう! 乙女なワタシに農作業なんて似合わないわっ!!」
「は?」
「ひぇぇぇぇっ!! 冗談よ、冗談!! いやぁ太陽が眩しい!! 絶好の農作業日和じゃない!! ワタシは農業王になるわよっ!!」
「……」
リボンちゃんと同じ発想力というのが、結構ショックだった。
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