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029.日本人


 決闘に臨む。

 とは言っても、特に準備をすることはなかった。


 武器を使うわけでもないし、装備を整える必要もない。そもそも装備品なんて何一つもっていないのだ。


 控え室に案内された後は、恋唄と他愛もない話をして過ごしていた。

 賢者様は打ち合わせがありますから、と言って早い段階でどこかへ行ってしまっていた。


「だいぶ、賑やかになってきましたね」


 恋唄が上を見上げながら呟く。

 天井の上には数百人の観客が入っているようだ。ほぼエルフの一族総出といえる。


 賢者様が朝の段階から広報活動していたようで大変な賑わいだ。

 というか、神聖であるはずの決闘がお祭りのイベントになってしまっているが、大丈夫なんだろうか。


「聖皇様、そろそろお時間です」


 ノックの音が聞こえ、ドアからスーツを着込んだスケルトンが顔を出してきた。

 賢者様が使役する魔物のうちの一体で、今はスタジアムのスタッフをしているスケルトンだ。


 骨だけの存在なのにどうやって声を出しているのか不思議だが、ファンタジーの世界なので気にしたら負けなんだろう。


「分かりました。ありがとうございます」

「先生、はいっ!」


 一緒に立ち上がった恋唄が、太陽のような笑顔で両手を広げてくる。


「ん?」

「ぎゅってしましょう!」


 一瞬何をしているのか分からなかったが、どうやら天国への招待だったようだ。

 ちょっと照れくさい気もするが、据え膳食わぬは男の恥とも言うしな。


 疾きこと風の如く、侵掠すること火の如く。

 躊躇なく恋唄を胸に抱く。すると恋唄も俺の背中にぎゅっと腕を回してきた。柔らかい身体の感触を、存分に染み込ませる。


「ん~~~」


 はにゃーとした感じで幸せそうな声をあげた恋唄は、満足したように離れていった。


「えへへ。先生、元気出ました?」

「うん、めっちゃ出たわ」


 もちろん、お下劣な意味ではない。


「勝利のおまじないです! 頑張ってね!!」

「ああ、行ってくる!」


 決闘の舞台に立つのは俺一人だ。恋唄は『賞品』となっていることもあり、この後貴賓席に連れて行かれることになっているので、いったんここで別れることになる。


 どこぞの映画やマンガのように、拳をこつんと突き合わせ――ちょっと照れくさくて笑いが零れた。


 恋唄も同じようでふふっと笑顔が広がる。

 ああ、こんな可愛い娘を奪われるわけにはいかないよな。


 そんな決意と共に、案内人でもあるスケルトンの後をついて行く。

 少し薄暗い石畳の廊下を歩く。


 かつんかつんと俺とスケルトンの足音だけが響く、静寂の世界。観客達の喧噪もここまでは響いてこない。


 心がすっと落ち着いていく。


「――つきました。聖皇様、ご武運を」


 恭しくスケルトンが礼をし、すっと身体を端に寄せた。


「ありがとう」


 室内が暗く、外の明るさと差があったためか、廊下の先はまるで光に包まれているようだった。


 そんな光を潜り抜けると、一際大きな歓声がコロシアムを揺らした。音が復活したように一気に耳を打つ。まるで地響きのようだ。


『さぁ! 天竜の門から登場するは、我らが聖皇様ッ!! ヒロユキィィィ選手ッ!』


 どこからか聞こえてくる実況のアナウンスに、再び大歓声が沸く。

 なんだこれはっ!?


 恥ずかしすぎる!?

 というか、実況席をつくるとかファンタジーの世界らしからぬことをしてくれる賢者様だ。


『対してッ!! 麒麟の門からは、ロイントリッヒィィッ選手の入場だぁッ!!』


 ぶぅぅぅぅっとブーイングの中、対面の出入り口からロイントリッヒが登場してくる。

 このブーイングの中でもキザったらしく観客に向かって手を振っている姿に、戦慄する。


 なんてハートの強さだ。


『さぁ、両選手はリング上にあがってください!!』


 実況の声に促されるようにリングに上がる。

 リングの中央にはスーツのような服を着たエルフの青年がいた。相も変わらず美形である。


 そのエルフを間に挟むように、俺とロイントリッヒが向かい合うが――キザエルフの後ろには隠れるように少年がいた。


「ん?」

「賢者殿より、今回の決闘の立会人の許可を頂きましたラルフレアと申します」


 それに疑問を挟む間もなく、目の前のエルフが声をあげる。

 スーツエルフの周りに展開されている魔術により、彼の声がコロシアム中に響き渡った。


 今までの喧噪が一気になくなり、スーツエルフの声に全体が注目していた。俺たちの登場を煽っていた実況も、今は無言だ。


 エルフの実年齢は見た目とは裏腹なことが多いからよく分からないが、見た目だけでいえばロイントリッヒと一緒くらいだろうか。


 白髪に藍色の瞳。落ち着いた雰囲気を醸し出すエルフ――ラルフレアは、右手をすっとあげる。


「この決闘は、マルス神の名の下に行われる神聖な戦いで在る。両者、正々堂々と己の力を尽くし、勝利を目指せ」


 ……神聖な戦いが、お祭り騒ぎのようになっていますが大丈夫なんでしょうか。

 だが俺の不安は関係なしに、どんどん話が進んでいく。


「決闘のルールは、己の力のみで相手を打ち負かすことのみ。勝敗は相手の降参、戦闘不能により判断される。

 万一、生命を落としマルス神の元に召されたとしても、両者並びに関係者は報復を行ってはならない。

 これはマルス神が定めた神則である。異存はないな?」


 ラルフレアは立会人と名乗ったが、どうやら審判のような立ち位置なんだろう。

 こちらを見てきたラルフレアに頷き返す。


「ふん。粋がるなよ、猿が」


 小馬鹿にしたようにロイントリッヒが嗤う。

 どうしてここまで突っかかってくるんだろうか。


「はぁ……」


 ため息のような返事をすれば、それだけでロイントリッヒはイラッとしたのかこめかみに青筋を浮かべてぴくぴくしていた。

 なんて煽り耐性が低いんだろう……!?


「両者、決闘前に伝えておきたい事柄はあるか?」

「ふんっ! そんなもの必要ない。1分……いや10秒でお前の命は尽きるのだからな!」


 ロイントリッヒが偉そうに指を突き立てながら叫ぶ。


『おおっとぉ!? ロイントリッヒ選手、早くも勝利宣言だぁ!』


 さすがに実況も我慢できなかったのか、叫び声が響く。同時にコロシアム中に怒声や悲鳴、少しだけの歓声がどよめきとなって広がった。


 その反応にいちいちニヤニヤするロイントリッヒ。にちゃあと粘っこい笑みを俺に向けられても困る。


「貴方は何か言うことは?」

「……その後ろの彼は誰なんですか?」


 ラルフレアが聞いてきたので、気になっていたことを尋ねてみる。

 先ほどからずっとロイントリッヒの後ろで面倒くさそうにしている少年。


「こいつは私の召喚獣だよ。なんだ、そんなことも分からないとは……くくくっ、失礼。貴様の無知加減に笑いが堪えきれなくてね」

「……召喚獣?」


 どう見ても人間にしか見えないけど?


「まぁ良い機会だ。知らずに死ぬのも可愛そうなので教えてあげよう。

 どこぞの実力もないくせに他者の威だけを頼る猿と違って、私には【勇霊召喚術】を扱える稀有な才があるのさ」


 ああ、これがエルフ姉妹の言っていた勇霊召喚術ってやつか。

 ということは後ろで面倒くさそうにしている少年が、今回召喚されたというクソみたいな勇者というわけか。


 なるほど、確かに舐め腐ったようなふてぶてしい態度だ。

 というか、ここ最近『勇者』とか『召喚』とかってキーワードをよく聞くなぁ、と少し笑えてきた。


「……何がおかしい?」

「あ、ごめんごめん。ちょっと思いだし笑いで……で、もしかして二人がかりで戦うってことですか? 一対一の勝負なのに?」

「ふん。誓約をよく思い出せ愚図が。『己の力のみ』で戦うと言ってあるだけで、一対一である必要があるとは言っていない。

 私の【勇霊召喚術】で喚んだ勇者は、あくまでも私自身の力に決まっているだろうがッ!!」


 な、なんだこの小学生理論……!?

 驚きを通り越して呆れてしまう。


『な、なんとロイントリッヒ選手、どうやら誓約を逆手に取り二人がかりで決闘に挑むようです!! さすがです! 倫理観やモラルのある私たちに出来ないことを平然とやってのけるぅッ!!』

「くくく。今更後悔しても遅い。既に誓約は成っているのだからな」

「お前の狡さに驚きを隠せないよ……審判、これはオッケーなの?」

「誓約を外れた行為とは認識できない。よって許可する」


 一応審判役のエルフに声をかけるが、即答されてしまった。

 そうですか。


 まぁ別にいいや。どうせやることも結果も変わらないし。


「分かりました。もういいです」

『さぁっ! ついにッ!! 決闘が始まろうとしています!!

 改めまして、実況はワタクシ、ヒルランドがお送りします! そして解説には今回の決闘の企画運営を任されました賢者殿にお越し頂きました!! 賢者殿よろしくお願いいたします!』


『かかか。よろしく頼むぞ』

『賢者殿、決闘前からロイントリッヒ選手の策略がハマったように見えますが、どう影響を与えるのでしょう?』

『確かにロイントリッヒ選手は上手く誓約を利用したようじゃの。だが、果たしてそれが効果的かどうか……これは別問題と言える』


『……と、言いますと?』

『まぁ見ておれ。決闘が始まれば自ずと答えは見えてくるものだ』

『さぁ、賢者殿の意味ありげな言葉の真意は!? 果たして結果はどうなるのか!? 気になる決闘の開始です!!』


「うむ。では両者、構え」


 騒がしい実況と解説を無視し、立会人が宣言する。いざ決闘が――


「……なぁ、お前、日本人か?」


 始まらなかった。

 ロイントリッヒが召喚したとかいう勇者が、召喚主を押しのけ声をかけてきたからだ。

読んでいただきありがとうございます。

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