米の為ならえんやこら その4
こうして、リッチ4世さんの悲痛な声を背に受けつつフェルの背に乗り森を移動する事幾分か。
不意にフェルの足が止まり、短い鳴き声を発した。何かを自分達に伝えようとしている様だ。
「はぁ……、はぁ……。こ、この近くに、か、感じると言ってます」
表情は変わらず汗の一つもかいてはいないが、体全体で疲れを表現しているリッチ4世さんがフェルの伝えたい事を代弁する。
フェルの背から降りると、気付かれぬようになるべく音を立てず慎重に行動する。
自分達の存在に気付かれ空に逃げられては面倒だ。ワイバーンが気づく前にレオーネの弓で飛べなく出来れば後が楽になる。
「カルル、分かるか?」
「うん、臭う」
声の大きさも極力小さくしながら、カルルとフェルが感じ取った臭いの方へと足を進める。
草木をかき分け道なき道を進むと、やがて開けた場所へと出る事に。そしてその場所には、自分達が目当てとしていたワイバーンの姿があった。
「……何だ、これ」
あったのだが、それは力強く大地に足を付け咆哮を挙げるそんな姿ではなかった。
大地にその体を横たわらせたワイバーンは、発達した大きな翼に複数の矢を受けており。その翼で空を飛ぶのは今後叶わないと一見して分かるほど、翼膜が傷付いている。
更にそれだけではない、胴体部分にも複数の矢が痛々しく突き刺さり、その他にも剣などの切り傷と思しき傷も全体的に見られる。そんな傷口から流れる血が、周囲を血の海に変えている。
そして最も衝撃的で痛々しいのが、このワイバーンには頭部が無い。即ち、頭部を切り落とされているのだ。
「他のパーティーか、或いは誰かが私達よりも先に見つけ出して仕留めたみたいですね」
「一足遅れってやつっすか」
物言わぬ死体と化したワイバーンに近づき状態を確かめる。と言っても、頭部を切り落とされている時点で生きていない事など一目瞭然だ。
「にしても、この射手は良い腕っすね。極力無駄を省いて要所要所を的確に射抜いてるっす」
「分かるのか?」
「個人的見解っすけどね。ただ、これだけの腕前っすから、剣と併用してはいない筈っす」
「となると、個人ではなくパーティーか」
レオーネの意見を参考に、この討伐劇の主役達を推測してみる。が、結局身元特定の確たる証拠もないので、漠然とした想像しかできない。
それに、個人にせよパーティーにせよ、自分達よりも先にワイバーンが仕留められた事実は変わらない。
ただ、これほどの大物を仕留めれば必ず報告はする筈なので、一応米仕入れの件に関してはこれで問題が解決した訳だが。にしても、ここまでくると出来れば自分達で仕留めたかった。
結局無駄足を踏んでしまった事に対して溜息が零れると、気持ちを察してかレナさんから励ましの言葉がささやかれる。
「ショウイチさん、気持ちは分かります。でも、これでマスターの悩みも解消できましたし、今は喜びましょう。ね」
「……、そうですね」
過ぎてしまったものは仕方がない。気持ちを切り替えて、次の依頼への活力を維持せねば。とりあえずは、王都に帰って米を食べて今日の事は忘れよう。食べれば大抵の嫌な事はリセットできる。
「フェルもありがとうな」
折角手伝ってもらったのに無駄足になってすまなかったと、フェルの顔を撫でながら労いの言葉を掛ける。
すると、気持ちが伝わったのか尻尾を振って甘えた声を返してくる。
何だか後ろから羨ましいとばかりの骨の独り言が聞えたような気がするが、気にしないでおこう。
だが刹那、突然鼻を動かすと、顔を上げて周囲に視線を送る。そして、何かを感じ取ったのか鋭い歯をむき出しにして唸り声を挙げる。
「ショウイチ、害獣だ! 害獣の臭いがする!」
続け様に、カルルからも害獣の臭いを感じ取ったとの報告が入る。
何処から、そしてその数はと尋ねると、何と四方八方から感じるという答えが返ってくる。
「囲まれてるっすか!」
各々が大剣や弓を構える中、レオーネが声を挙げる。
害獣の種類や質が分からず絶体絶命とは言い切れないが、それでも周囲を囲まれている状況に関しては分が悪いと言わざるを得ない。
「多分、ワイバーンの死体の肉を食らいに来たんじゃないでしょうか?」
レナさんの言葉に、成程、それならば害獣に囲まれた理由が納得できるな等と呑気に考えを巡らす。とは言え、エルガルドの食物連鎖の一部を知るならば、身を以て知る以外が良かったなどと思ってみたり。
「団体さんのお越しですよ」
リッチ4世さんの声に、大剣を構える手にも力が入る。
木々や林の中から次々と害獣がその姿を現す。それらは皆ゴブリン系で、身に着けている衣服や防具は各々微妙に異なっているが、手にした短剣や斧などから発せられる敵意は図ったかの如く自分達に向けられている。
「食事の時間と重なったんっすかね。随分と数が多いっすけど」
「かもな。……リッチ4世さん、カルルの事頼みます」
ワイバーンの死体を背にするように、自分とレナさん、そしてレオーネで三方向をカバーする。リッチ4世さんはカルルの安全を任せる意味でも最低限の援護だ。
「グウゥゥ……」
「おぉ、ショウイチさん。フェルも戦いたいと申してます」
臨戦態勢と言わんばかりに一歩前に出るフェル。そんなフェルに頼りにしてると声を掛けると、尻尾を振って応える。
それから暫く、互いに出方を見極める為に膠着状態が続いた。
「キャーッ!」
だが、遂に痺れを切らしたのか、何処からともなく発せられたゴブリン系の声を合図にするかのように包囲していたゴブリン系達が一斉に襲い掛かって来る。
それに反応するように、フェルが襲い掛かって来るゴブリン系達に向かっていく。
刹那、例え巨大とは狼。俊敏な動きで自身に刃を向けるゴブリン系達を混乱させると、その巨体を生かした体当たりや鋭い歯を生かした噛みつきでゴブリン系達を黙らせていく。
等と悠長に状況を解説している暇はない。フェルには目もくれず自分達に向かってくるゴブリン系達の対処をしなければならないからだ。
見事に頭を射抜いたレオーネの援護のもと、恐れず襲い掛かって来るゴブリン系達に手にした大剣を振るう。鮮血がほとばしり主を無くした短剣が空しく地に落ちる。
数が多く厄介ではあるが、ゴブリン系とは言え集団としての行動はあまり統率がとれているとは言い難い。オフィサータイプが存在しないのか、はたまたその能力が高くないのか、何れにせよ今の自分達にとってはあり難い事だ。
更に幸いなのは、フェルの働きによって更に小さな集団として分散されたものを各個撃破する戦法を使えることで。これにより数の優位を崩せている。
結果、数が多く楽にとはいかなかったが、それでも危機的な状況に陥る事無く一つ一つ冷静に対処し、何とか包囲していたゴブリン系達の脅威を退く事に成功する。
「どうやら退けたみたいだな」
ゴブリン系達の血が大量に付着した大剣を数度振り付着した血をある程度払い終えると、小物入れ用のポーチから布切れを取り出し残りを拭き取る。
残党が残っていないかの確認の為周囲を見渡すと、開けたこの場所を埋め尽くすかのように物言わなくなったゴブリン系達の死体が至る所に見られる。中には、大木の枝に引っ掛かっているものもあるが、おそらくフェルがくわえて放り投げたか何かだろう。
最後の方には戦意喪失して逃げ出す個体も目にしたので、殲滅ではないが大部分は処理しただろう。
「いや~、数が多くて最初はどうなるかと思ったっすけど。案外、何とか退けられたっすね」
「あぁ。それもこれも、フェルの活躍のお蔭だな」
安全確認も終わり自分達の方へと戻ってくるフェル。その口元には仕留めたゴブリン系達の血が付着し、その巨体にも返り血と思しきものが複数付着しているのが見られる。
ただ、大きな傷を負っている様子はないので、近づいてきたフェルに労いの言葉を掛けると布切れを取り出し、付着した血を優しく拭き取っていく。
すると嬉しいのか甘えた声を挙げると共に、尻尾が左右に揺れた。
「あの……、一応召喚したの私なんですけど」
近くから、今回の役回りからしてあまり活躍する機会がなかった者の声が聞こえてきたが。その者曰く自分はスルースキルが高いらしいので、その通りにあえて触れない事にする。
するとふと、視界の端に映っていたその者に近づく小さな影が一つ。カルルだった。
何やら言葉をかけていたようだが聞き取れず。ただ、カルルさんはやっぱりお優しいと声を挙げていたので慰めの言葉でもかけていたのだろう。




