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米の為ならえんやこら その3

 目を瞑る前まではその場には確かに何もなかった。しかしながら、今ではその場には先ほどまでいなかったものが存在していた。

 魔方陣の中心にその姿をさらけ出しているのは、灰色の毛並みをした一匹の狼であった。

 だが、それが普通の狼とは異なっていると一目で分かる程の特徴があった。それは、その大きさだ。カルルの身長など優に越える、自分や本来の姿に戻ったリッチ4世さんの身長すらも超える程の巨大さ。

 更に四つの足には鉄鎖であろうか、足枷のようなものが装着されている。


 また目には見えないが、放たれる雰囲気からそれがこのエルガルドに生息している狼とは別次元の生命であると感じ取れる。


「おぉ、すげー!」


「これが魔法っすか! 感激っす!」


 カルルとレオーネが召喚成功に興奮して声を挙げているのを余所に、リッチ4世さんは今しがた召喚した使い魔の巨大な灰色狼に近づいていく。


「久しぶりだね、ご主人様だよ~」


 穏やかな口調と共に巨大な灰色狼に近づくリッチ4世さんだが、一方の巨大な灰色狼側はと言えば。


「グウゥゥ……」


 前世で犬など飼ってはいなかったが、それでも姿勢を低く、その鋭い歯をむき出しにして唸り声を挙げている様はどう見ても威嚇しているようにしか見えない。毛も逆立っているし。

 あれ、使い魔って主人との絶対的な主従関係で成り立っているものじゃないんだっけ。


「そうかそうか、久々の再開で照れてるんだな。よしよし、大丈夫だよ」


 しかしながら、自身が威嚇されている事などまるで気づいていないかの如くリッチ4世さんは近づく。

 そして遂に手が届く範囲にまで近づき、頭を撫でようとリッチ4世さんの手が触れるか触れないかの距離にまで迫った時であった。


「よしよし、グッドボー……いっ!」


 狼なのに猫パンチの如く前足で器用にリッチ4世さんの手を払いのけると、間髪入れずに振り下ろされた前足がリッチ4世さんを捉える。

 そして、リッチ4世さんは地面と強烈なキスをする事に。


「ほ、ほほ……。な、なんと過激な愛情表現でしょう」


 それはどう見ても愛情表現ではない気がするが、と言うよりも、あからさまに嫌われていないか。

 相思相愛と言うよりも一方的な好意と言うべきか、前足で主人の頭部を押さえつけている光景を見て一体何人が仲が良いと答えるか。多分、一人もいないだろうな。


「うぎょ!」


 なんて思っていると、突然巨大な灰色狼は主人であるリッチ4世さんを踏みつけながら自分達の方へと近づいてくる。

 主人の言う事も聞かないその巨体が近づいてくる様に若干構えていると、レナさんの前までやって来た巨大な灰色狼はその鼻を動かし匂いを嗅ぎ始めた。


「クゥゥゥン」


 刹那、先ほどリッチ4世さんに向けられていた声とは明らかに異なる甘えた声が発せられる。しかも、先ほどは振られていなかった尻尾が勢いよく左右に振られている。毛も逆立ってないし。

 どう見ても、いやあからさまに態度が違う。


「よしよし、いい子ね」


 差し出されたレナさんの手を払いのける事無く、それどころかもっと撫でて欲しいと言わんばかりに顔を近づけている。

 更にそれだけでは飽き足らず、その巨体を器用に駆使してその場に寝転ぶと、お腹を見せて撫でてくれと言わんばかりに更に甘えた声を挙げる。


 これはあれか、親が親なら子も子、いや、この場合は主人が主人なら使い魔も使い魔と言うべきか。性別であからさまに態度が違うとか。


「ほほほ、流石は私の優秀な……ぶっ!」


 あの惨めな愛情表現から立ち直り近づいてきたリッチ4世さんではあったが、至福の時間を邪魔をするなと言わんばかりに尻尾が振りかぶられる。

 まるでドラゴンの尻尾の如く、その見た目からは想像できない程の威力によってリッチ4世さんは再び地に伏す。

 そのいたたまれない姿に、たまらず近づき声を掛ける。


「リッチ4世さん。あの狼、本当にリッチ4世さんの使い魔なんですか?」


「い、いえですね……。厳密に言えば使い魔と言うよりもペットに近いようなものでして」


 成程、だからリッチ4世さんに対して好意的ではなかった訳か。

 使い魔ならば絶対的な主従関係にある筈だが、ペットに近いとなると一方通行な好意の関係であっても一応その関係は成立する。


 にしても、それならそれで関係を修復しなくて大丈夫なのかと言いたい。


「なら、もう少し好かれるように努力してみるとか……」


「いえいえ、あの子は所謂ツンデレと言うやつで。ああ見えても偶には可愛らしい一面を見せてくれるんですよ」


 先ほどの一連のやり取りを見て何処に『デレ』の部分を見出せばよかったのだろうか。もはや剣山の如く尖っている部分しかないように見えたのだが。

 ま、少なくとも女性に対しては主人同様デレデレである事は確かだが。


「そ、そうですか」


 兎に角、リッチ4世さん本人が現状でも満足しているのならこれ以上の口出しは無用か。


「お、こいつ可愛いぞ」


「本当っすね、見た目は少し怖いっすけど」


 ふと気が付くと、レナさんのみならずカルルやレオーネまでもあの巨大な灰色狼に触っている。

 しかも巨大な灰色狼も特に嫌がる様子も無く、触られたり撫でられたりする事が満更でもない様だ。


「せ、折角ですからショウイチさんも撫でてやってください」


 相変わらず地に伏せているリッチ4世さんの勧めもあり、自分も巨大な灰色狼に触れる事に。

 嫌がる素振りを見せず自分の撫でられるがままにされる巨大な灰色狼。何だろう、自分もこの子が可愛く思えてきた。


「そう言えば、この子の名前はあるんですか?」


 レナさんが不意にリッチ4世さんに尋ねる。名前が付けられていれば確かに便利だ、愛着も更に湧きやすくなるだろうし。

 すると、ローブに付いた土埃を払いつつ立ち上がったリッチ4世さんが答える。


「その子の名前は『フェル』と言います。私同様、気品と知性溢れる男の子です」


 リッチ4世さんから溢れているのは気品と知性ではなく不純な煩悩ではないかと言うのは置いておいて、やはり性別は雄であったか。

 それはそうだろう、あれだけレナさんにデレデレしていれば。


「そっか、フェルって言うんだね」


「クゥゥゥン」


 今だって、レナさんに撫でられている事に喜びの声を挙げている。



 さて、少し話が脱線してしまったが、フェルとのスキンシップも一通り終わった所で本題へと進む。

 フェルの優れた嗅覚を頼りに、ワイバーンの居所の捜索を開始する。


「わ、主人である私を乗せてはくれないんですか~!」


 事になったのだが、リッチ4世さん以外はフェルの背に乗って移動すると言う流れになり。

 一方のリッチ4世さんは、必死に筋肉の無い足を動かして自分達の後を追いかけているという状況に。


 もはやここまでくるとツンデレと言うよりも、リッチ4世さんは過去に相当フェルに嫌われる何かをやらかしてしまったのではと思わざるを得ない。


「あ、ちょっと。上げないで、速度上げないで!」


 ま、自業自得と言い切ってしまえばそれまでなのだが。

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