調査 その10
こんな自分とレナさんとのやり取りを見ていたリッチ4世さんは「爆発すればいいと思います」、と独りごちていたが、聞かなかった事にする。
その後、万が一に備えて後方で待機していたカルルも合流し、戦利品などの回収等を経て再び足を進め始めた。
それからさらに時が経ち、疲労困憊の中歩き続けた自分達は、ハイドルトさん曰くあと一日程度でベルベスク王国に到着する距離の所までやって来ていた。
しかし周囲は既に薄暗く、夜間の移動は様々な危険が付きまとうので、丁度開けた場所を見つけた自分達はその場所で野宿する事となった。
あれから何度かの戦闘を経ていたので、食事をとり終えた後には見張りの者以外はすぐさま簡易テントで夢の世界へと旅立っていく。
二人一組の交代制の見張りは、疲労や怪我等の度合いを考慮して決められている。しかし、カルルに関してはリッチ4世さんがカルルの分も請け負うとして、カルルは免除となっている。
「それじゃ、頼むわ」
「あぁ、任せてくれ」
充分とは言えないが睡眠を取った後、自分の見張りの番が回って来た。グランさんとメビーさんの二人に替わって見張りへと就く。
勢いを衰えさせる事無く燃えている焚き火、それを挟むかのように向かい合って座っているのは、見張りで組むことになったハイドルトさんだ。
「しかし、ショウイチのパーティーは本当に凄いね」
突然話を切り出してきたハイドルトさん。一体何が凄いのかと尋ねると、彼は言葉の意味を解説し始めた。
「三人とは言え、僕達と同数程度の数を相手にしておきながら僕達よりも早く片付け、あまつさえ剛腕を助ける余裕もあるのだから」
あの時の戦闘の事を言っているのだなと理解すると「偶々です」、と言葉を返す。
「僕は素直に褒めているし、同時に羨ましくもあるんだ。あの時僕は、他を気にしている余裕なんてなかったからね」
変に勘ぐっている自分もいたが当たり障りのない返事を返すと、周囲を静寂が包み込んだ。
焚き火の音が、静寂の中で音楽を奏でていた。
焚き火の音が相変わらず音楽を奏でる中、自分とハイドルトさんの間には会話らしき言葉の往来は行われていない。
お喋りな者なら耐えられないであろう雰囲気だが、自分は耐えられない訳ではなかった。いやむしろ、少し快適にさえ感じていた。
しかし、そんな時間など長くは続かなかった。何故なら、不意に何かの気配を感じ取ったからだ。
「どうやら、月夜に素敵なお客様のようだ」
おそらく自分よりも先に気付いていたであろうハイドルトさんが立ち上がりながら言葉を零す。
「害獣?」
「いや……、人型の害獣でもないし。どうやら人間か、或いは亜人のようだね」
自分達に害のある者かそうでないかは分からないが、とりあえず害獣ではないとの事。
しかし、こんな真夜中に森の中を歩いてくるなんて、一体何者だ。
「まさか、ラミスさんのパーティーが戻ってきたとか?」
「いや、それはないだろうね。彼女達は僕達が今ここにいる事を知る術はないし、そもそも、数が多い。十人以上いるだろう」
「なら一体」
「兎に角、ここは一旦他の皆を起こし……、てる暇はどうやらなさそうだね」
腰の剣を抜き臨戦態勢とばかりに構えるハイドルトさん。それに少し遅れて自分も背の鞘から大剣を抜くと構える。
焚き火も月の光も届かぬ草むらの向こう、そこから来るであろう集団に向けて視線を送る。
気付けば、気配は足音として耳でも感じ取れるほどになっていた。十人以上もの足音が駆け足で近づいてくる。
足音との距離が縮まるにつれ、自然と大剣を持つ手に力が入り意識が前方に集中していく。
やがて、月明かりに照らされて、自分達とは異なる何者かの影が映し出された。
「待ってください」
刹那、透き通った女性の声が状況を理解したのか自分達を制止させる。
予期していない制止の声に、寸前までの緊張が一気に抜けてしまった自分達は、その声の主たる女性に視線を向ける。
月明かりに照らされた女性は、一見するとまるで修道院のシスターの如く装いであった。だが、戦闘を意識してか所々に胸当てや腕当て等の白銀の鎧が装着されている。
そして極めつけは、守り固められた上半身とは異なり動きやすさを重視した下半身部分に見られる絶対領域。じゃなかった、背負っている大剣だろうか。
柄などに輝かしい金の装飾が施されたその白銀の大剣は、遠目に見ると十字架に見えなくもない。
「私達は敵ではありません。私は『セイバーブリゲイド』のエルマと言います。そして後ろの彼らは同じセイバーブリゲイドの者達です」
女性が自らの身分を名乗ると、ハイドルトさんはエルマさんの素性を知っているのか、何やら驚愕の表情を浮かべている。
後ろに控えている者達に視線を移す、エルマさんと異なり統一されたまるで軍隊の如く装いの男性達。セイバーブリゲイドの正装なのかどうかはわからないが、程度の低い賊程度ならその姿を見ただけで逃げ出しそうなほどだ。
そして一方の自分はと言えば、セイバーブリゲイドと言う単語にかつてレナさんがいたあの。と思ってはいたが、それ以上の事についてはいまいちピンときていない。
なので、目の前の女性がセイバーブリゲイド内においてどれ程の位置に、そして対外的にどの程度の知名度があるのかが分からずにいた。
「ま、まさか副旅団長たるエルマ様とは知らず……。剣を向けた無礼! 誠に申し訳ありません!」
だがそれも、慌てて剣を収めエルマさんに謝罪したハイドルトさんの言葉である程度は理解した。
成程、どうやら彼女はセイバーブリゲイドのナンバーツーのようだ。大陸で一二を争う集団のナンバーツー、その影響力たるや、多分かなりのものだろう。
そんな人物に警戒の為とは言え剣を向けた、相手が不愉快と思えばそれこそその後は。
と考えて、自分も向けていたことに気が付き、慌てて剣を背の鞘に納める。
「いえ、気にしていませんよ。あの状況では私も同じ行動をしたでしょう」
整った綺麗な顔つき、おそらく自分と同じ位の年齢か。それにしても、凛としている。流石はナンバーツーと言ったところか。
「ところで、エルマ様程の方がどうしてここに?」
おずおずとしながらもハイドルトさんがここに居る理由を尋ねれば、エルマさんは躊躇なく答え始める。
「実は数日ほど前からセイバーブリゲイドはベルベスク王国に滞在しているのですが、今朝方、ある情報を耳にしまして」
「ある情報?」
「トンドの森から蟲系の害獣の大群がベルベスク王国に向かっていると。更に、まだ森の中にはその大群を発見したイシュダン王国からの調査隊の一部が残っていると」
エルマさんの言葉に、ラミスさんのパーティーが無事に情報を届けてくれたのだと安堵する。
「もしや、エルマ様はあの大群の討伐に?」
「いえ、それはセイバーブリゲイドが誇る捜索隊が発見次第、特別編成された討伐隊が行うでしょう。私達は、貴方方の中に気になる人物がいるとの事でやって来たのです」
そして、あの大群への対処も進んでいるようで一先ず安心する。
「気になる人物、ですか?」
「えぇ。……所で、ショウイチと言う名の者はどちらに?」
突如、自分の名前が呼ばれ目を丸くしていると、ハイドルトさんがエルマさんに視線でショウイチは彼であると示す。
当然ながら、エルマさんの視線はハイドルトさんから自分へと向けられる。
「貴方がショウイチ、ですか?」
「は、はい」
セイバーブリゲイドのナンバーツーたる彼女が一体自分に何の用があるのか、声が少し上擦りながらも彼女の視線から背く事はない。
「貴方のパーティーに『レナ』と言う女性がいる筈ですが、間違いありませんか?」
レナさんの名前が出てきて、一瞬嫌な考えが頭を過った。まさか、彼女はレナさんを連れ帰ろうと説得しに来たのか、と。
しかし、まだ名前が出て来ただけだ、そうとは限らない。嫌な考えを頭から振り払うと、エルマさんの質問に答え始める。
「間違いありませんが。レナさんに一体何の用ですか?」
「そんなに構えないでください。少し、お話がしたいだけですから」
本当に話だけだろうかと疑う気持ちが少し残ってはいるが、ここで面倒事を起こす事は得策とは言えない。
まだ起こすには早いが、レナさんの眠っている簡易テントへと向かうと、共に眠っているカルルやリッチ4世さんを起こさないようにレナさんを起こす。
「あ、交代ですか?」
「いや、違うんだけど。ちょっと来てくれますか」
交代でもないのになぜ起こされたのかと頭に疑問符を浮かべているレナさんではあったが、とりあえずは自分の後を付いて来てくれる。
まだ眠気が取れないのであろう少し目元をこすりながらも、焚き火の近くへとやって来ると、そこに本来ならいる筈のない人物たちの存在に気付く。
そして、その中心人物の顔を確かめた時、レナさんの眠気はどうやら一気に吹き飛んだようだった。
「え、エルマ!」
「久しぶり、レナ!」
何故ここにエルマさんがいるのかと状況が呑み込めていない様子のレナさんに対して。エルマさんはと言えば、まるで旧友との再会を喜ぶかのごとくレナさんい駆け寄るとそのままレナさんを抱きかかえた。
再会の喜びを最大限に表現したであろう行為だが、レナさんは鎧を着ていないのに対してエルマさんは鎧を着ている。そんな状態で抱きかかえれば、当然ながらレナさんは痛い訳で。
「え、エルマ、痛い」
「あ、ごめんね」
レナさんの当然の反応に、申し訳なさそうに離れるエルマさん。しかしまだまだ再会の喜びを表現したりないのか、今後は手を取りその喜びを表現し始めた。
「久しぶり! 元気そうね!」
「う、うん。……でもエルマ、どうしてここに?」
「それはね、あ、座りながら話しましょう」
再開の興奮冷めやらぬといったエルマさんに、レナさんは少々押され気味ではあったが、その表情はどこか喜びを隠しきれないでいた。
焚き火の周りに座り込んだレナさんにエルマさん、つられて自分とハイドルトさんも座るが、エルマさんが連れていたセイバーブリゲイドの者達は直立不動のままであった。
レナさんとエルマさんの会話は、昔話やエルマさんがここにいる理由。それにガールズトークよろしく最近食べた美味しい料理や店、それと主にエルマさんが話す周囲の異性への愚痴等々。内容が尽きることがない。
エルマさんと話しているレナさんの表情は、話が進むうちにだんだんと笑顔に溢れ、自分も見た事がないような一面を見ている気がした。
そしてエルマさんも、先ほどまでの凛とした雰囲気は何処へやら、そこにはセイバーブリゲイドのナンバーツーの顔は無く、ただ楽しい話を弾ませる一人の女性の顔がそこにはあった。
「まだまだ話したり無い事が一杯あるんだけど、もう夜も遅いしまた明日にしよっか。夜更かしや睡眠不足はお肌の大敵だしね」
自分にしてみれば大分と話し込んでいたような気もするが、彼女達からすればあんなのはまだまだ氷山の一角なのだろう。
こうして話が終わり簡易テントに戻ろうとしたレナさんだったが、自身の見張りの役割がある事を思いだした。
すると、それを聞いたエルマさんは、思いもよらぬ事を言いだした。
「あ、そうだ。見張りの事なら心配しなくてもいいよ、彼らが代わりにやってくれるから」
まさに自身の地位の特権とばかりに連れていた者達に見張りをするように指示を飛ばすと、レナさんを簡易テントへと戻し。自身も、いつの間に設営したのか、見知らぬ簡易テントへとその姿を消した。
そして、残された自分とハイドルトさん、それに見張りを指示されたセイバーブリゲイドの面々。正直言って、どうすればいいのか分からなかった。
彼らに任せるとは言っていたが、自分達も便乗していいのか。そんな不安があったからだ。
「お二方もどうぞお休みください。見張りは我々がお引き受けいたしましたので」
相変わらず動こうとしない自分達に痺れを切らしたのか、それともエルマさんの言葉が聞こえていなかったと思われたのか。突如、一人が声を挙げた。
どちらにせよ、先ほどの言葉で不安が消えたのは事実だ。自分達も遠慮なく寝られる。
「すいません、ありがとうございます」
軽く感謝の意を伝えると、自分とハイドルトさんは腰を上げそれぞれの簡易テントへと向かう。
簡易テントへと戻り、そして装備を外すと、それまで鳴りを潜めていた眠気が一気に襲い掛かってくる。
もはや抗う事も無く、体を横にし眠気に身を委ねると、夢の世界へと旅立っていく。
読んでいただき、ありがとうございます。
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