ご指名 その6
こうして害獣駆除を無事に終えたが、まだ問題がすべて解決したわけではなかった。二人の人間の存在、その身元等を確認し安全だと判断するまで油断はできない。
先ほどまでゴブリン系の恐怖に脅かされていた二人、近くの木の根元に寄り添っているそんな二人に近づく。
二人はどうやら男女のようだが、その装いは賊とも商人とも異なっていた。旅人にしては戦闘を考慮したその装い、まるで同業者の様であった。
「あ……」
と思っていたが、まさか本当に同業者だとは思わなかった。それも、自分のよく知る同業者だとも思わなかった。
そこにいたのは、所々に傷を付けてはいたが出会ったあの日のように白銀の鎧一式を身に纏い、白銀に輝く剣と盾を手にしたソフィアさんであった。
そしてもう一人。名前は知らないがあの日、ソフィアさんと共に宿屋から現れ親密な関係であることを告白したあの男性。今はあの時のように気軽な装いではなく、機動性を重視したのか鎧を崩して着こなしている。
「ったく。何処のどいつかは知らないが、余計な事す……」
自分の存在に気付いた男性は、先ほどまで落としていた視線を自分の方へと向けた。そして、一瞬言葉を詰まらせたかと思うと、何かを思い出したかのように再び言葉を吐き出し始める。
「あ、てめぇ! あの時の」
「覚えていてくれたんですね」
「何でてめぇなんだよ、なんで余計な……、っう!」
自身の状態を考慮しないで声を荒げたのが響いたのか、彼は腕を押さえ始める。
押さえているもう片方の手には、彼自身のものと思しき血が滲み現れていた。
激しい戦闘の結果かはたまた不意打ちにでもあったのか、彼の装いを見るとソフィアさん以上に傷が目立つ。
衣服や鎧の傷はもとより、盾は形状を変形させるかの如く傷だらけ。意味があるのかないのか分からないマントもまた、無残な状態と成り果てていた。
「大丈夫ですか、もし応急処置が必要なら自分の持っている……」
「うっせぇ! もうこれ以上余計な事すんじゃねぇ! 俺達の獲物を横取りしておいて更に……」
彼の現状を見るだけで応急の処置は必要である事は明白であった。ただ、彼らはその為に必要な物を生憎と持っていないらしい。
なので、自分が持っている応急処置に必要な物を提供しようと提案したのだが、どうやらこの提案が彼の逆鱗に触れたらしい。再び声を荒げ始めた。
所が、そんな彼の怒りは意外な所からの一言で沈静化していく事になる。
「お願いします」
それは、それまで黙っていたソフィアさんからの一言だった。
「っ、おい、ソフィア。お前、何言ってんだよ。何でこんな奴から……」
「今ユークを救えるのは黒騎士さんしかいないからよ。それに、黒騎士さんはユークが思っているような悪い人じゃないわ。現に、黒騎士さんは私達の事を助けてくれたじゃない」
結果として助ける事になった訳だが、口を挟むのはやめておこう。口を挟んでまた彼に、ユークさんの逆鱗に触れると面倒くさいし。
「く、黒騎士! 黒騎士ってあの黒騎士か、本物なのか!」
「本物よ、正真正銘の。だから、ね。ご厚意に甘えましょう」
ユークさんは今まで自分が黒騎士のあだ名を付けられていた者だとは気付いていなかったのか、黒騎士の名前が出た途端に表情が驚きのそれへと豹変した。
そういえば最近黒騎士に関する噂と言うのを気にしなくなっていたが、あれから更に噂が独り歩きしているのだろうか。今は一体どんな内容になっているのか、知りたくもあるが怖くて知りたくないというのもある。
「……分かったよ」
黒騎士の名が響いたのか、それともソフィアさんの言葉が響いたのか。
どちらにせよ、ユークさんは自分の提案を受け入れてくれるようになった。
小物入れ用のポーチの内、一つは緊急時の応急処置を行う為に必要な物を常時入れている。
それらの物を処置を行えるソフィアさんに手渡すと、横目に離れて待機していた荷馬車が近づいてくるのが見えた。カルルがもう安全だと知らせ再び進み始めたのだろう。
「さて、応急処置に必要な物も渡したし、自分はそろそろ失礼します」
「あの黒騎士さん。今回の事はまた後日にでも改めてお礼を……」
ユークさんの応急処置を始めながらも、ソフィアさんは助けてもらった事への感謝の気持ちを伝えようとする。
「お気持ちはありがたいんですが、実は今は所用で王都を離れてまして。しばらくは王都にいないんです。それに、助けたのも所用の途中での成り行きという訳で……」
しかしながらその気持ちに応えることは出来ないと伝えると、二人が無事に王都へと戻れる備えとして煙玉を一つ手渡す。
そして別れを告げると、いつの間にか自分よりも先へと進んでいた荷馬車に追いつくため、二人のもとを後にした。
「この辺りでは上級が見られないので下級ではあったでしょうが、それにしてもゴブリン系五体を難なく片付けるとは。いやはや、腕は確かなようですな」
再び目的地目指して進み続ける荷馬車、その荷馬車に再び乗り込んだ自分にシャガートさんはそんな声を掛けた。
荷台に腰を下ろしながら、自分はそんなシャガートさんの言葉に光栄ですと返答する。
「所で、あの二人には私達の事を漏らしたりはしていないでしょうな?」
「安心してください、漏らしたりはしていません。それに、追ってくる事もないでしょうから」
自分の言葉を信じたからか、それ以上先ほどの件に関してシャガートさんの口から質問が飛んでくる事はなかった。
ただ代わりに、カリーナさんからどんな風に戦ったのかやゴブリン系とは強いのか等、質問の嵐を受ける事になった。




