ご指名 その5
そして迎えた翌朝の早朝、集合場所である王都内のとあるステーションの近く。そこには一台の荷馬車と一組の男女の姿があった。
二日前とは事なり身分を隠す為か、優雅さのかけらも感じさせない質素な服装に身を包んでいる男女。それは誰であろうシャガートさんとカリーナさんの二人だ。
「おはようございます。お待たせしてしまいましたか……」
出発は早朝とは決まっていたが、正確な時刻までは決まってはいなかった。それは、前世のように時刻を確認する物が一般に広く流通していない為だ。
時計という物はこっち(エルガルド)にもあるにはある。だが、前世のように手軽に誰でも手に出来る品物ではない。所謂、上流階級のような地位のものしか手に出来ない品物だ。その為か、時計を持つ事は一種のステータスでもあるらしい。
もっとも、自分にはあの自称万能携帯端末がある為時間の確認には困らないのだが。あれは人前で使えるようなものじゃないので、頻繁に時間の確認をできるわけではない。
さて話が少し逸れたが、自分達よりも先に来て待たせてしまったと言う事で軽く言葉を付け足す。
「いやいや、こちらも今し方到着したところだ」
しかしどうやら、あまりお待たせしてはいなかったようだ。
「それよりも改めて、本日より宜しくお願いしますよ」
「こちらこそ、宜しくお願いいたします」
「カルルちゃん、よろしくね」
「任せといてよ! カリーナお姉ちゃん」
どうやら自分達が打ち合わせを行っている間に相当仲良くなったのか、挨拶からもカルルとカリーナさんの距離が縮まっているのが分かる。
「では、時間も惜しい。そろそろ出発しましょう」
そう言うとシャガートさんは荷馬車の前面、即ち御者台の方へと迷う事無く足を運んだ。どうやら、シャガートさん本人が御者を務めるようだ。
道筋は問題ないと言っていたとはいえまさか依頼主本人がその案内を行うとは、予想もしていなかった。いや、それ程までにこの買い付けは商会にとって重要と言う証明なのかもしれない。
「全員乗りましたか? それでは出発します」
早朝の静けさの中、自分達を乗せた一台の荷馬車は目的地目指して出発した。
門を抜け地平線の向こうまで広がる草原を横目に、荷馬車は適度な揺れを与えながら進んでいく。
「私が御者をする事に驚いていたようですが、意外でしたかな?」
「確かに最初こそ驚きましたが、今では自然な事だと思っています。目的の場所などを秘密にするあたり、関わる人の数は極力少ない方が良いでしょうしね。金のなる木は独り占めしたい、と言ったところでしょうか」
「はははっ、ショウイチさん。貴方には商人としての才があるかも知れませんな」
「いえ、そんな……」
荷馬車の荷台部分ではカルルとカリーナさんが笑い声も交わる楽しそうな話で盛り上がっている。
一方の自分はと言えば、シャガートさんと少し別の意味で話が盛り上がっていた。
そんな様々な話で盛り上がっている荷馬車ではあったが、その順調かとも思えた道のりは王都を遠くへ望むほどの距離に差し掛かった矢先にその速度を落とす事になる。
それまでカリーナさんと楽しく話していたカルルが、突如真剣な表情と共に声を挙げた。
「ショウイチ、害獣だ。害獣の臭いがする!」
害獣という言葉に、荷馬車は一旦その足を止める。
そしてカルルから感じ取った詳細な情報を聞き出す。どうやら、自分達が進もうとしている進路の先に害獣が、それも複数いるとの事だ。
更に、害獣とは別の臭い。性別や年齢、それに職業等は分からないが、人間の臭いも二人分感じ取ったとの事。
害獣と人間、戦っているのか襲われているのか一体どんな状況なのかは分からないが。自分達がこの状況でどのように行動するのか、その指示をシャガートさんに仰ぐ。
「迂回するにしてもここでは時間がかかる……。出来れば時間のロスは少ない方がいいので、仕方がないが害獣の退治をお願いいたします」
「人間の方はどうしますか?」
「旅人や商人などなら適当にやり過ごして下さい。もし賊等であれば、害獣と同じように」
「分かりました」
シャガートさんの指示に従うように、早速害獣退治の準備を行う。
更に詳細な害獣の数をカルルに感じ取ってもらう、どうやらその数は五体との事だ。因みに臭いからして、害獣の系統はゴブリン系との事。
「カルル、カルルはここで荷馬車の護衛を頼む。万が一の場合は煙玉等を使って切り抜けろ」
「ラジャー!」
離れているとは言え荷馬車の護衛を疎かにすることは出来ない。カルルの嗅覚ならば事前に接近する害獣等の存在も感じ取れるはずなので、なのでカルルを残して一人で害獣の退治へと向かう。
荷馬車から暫く進んだ先、そこにその異形の者達は確かにいた。
ゴブリン、その名を有する害獣の一種は、スライム種と並び前世においてはファンタジーではおなじみの生物として認識されている。
そしてそれはこっち(エルガルド)でも変わらず、害獣としてポピュラーな存在の一つだ。
人間の子供程度の身長を有するが、人間の子供とは異なると一目で分かる尖った耳を持ち。個体にもよるが一般的に緑色の肌を持ち、人間などが使う様々な武器や防具、衣服などを身に纏っている。
個体としての能力はスライム種よりも強いが、格別抜きん出ている訳ではない。しかし、だからと言って侮れない害獣である。それは偏に、ゴブリン系は総じて単体では行動せず集団で行動するからだ。
また中には、囮を使ったり伏兵を使用するなど、人間同様に戦術を駆使する奴等もいると言う。
視線の先にいる五体のゴブリン系もまた、五体が一つとなって行動していた。
人間同様に言葉を話せる個体などもいると噂では聞くが、視線の先の五体はそのような事はない。ただ、ある意味でゴブリンらしい声を挙げてはいた。
「ヒャッハー!」
まさに悪の権化のような声と共に、その頭部に天高く存在感を見せつける髪、所謂モヒカンも相まって更に凶悪ぶりを増しているようにも感じる。
しかし、先ほども述べたように個体としての能力はそれ程でもない。さらにこちらが仕掛ける直前まで自分の存在に気付いていなかった事もあり。奴らが自分の存在を認識した時点で、既にその数は三体にまで減っていた。
仲間であった二体のゴブリン系は、肉体を大地に横たわらせその血は自分の持つ大剣の錆と化している。
「ヒャ、ヒャッハー!」
仲間の死に激情したのか、一層大きな声を挙げると手にした短剣を振り上げ突撃してくる。
だが、素直にその一撃を受けてやるほど自分はお人よしでも馬鹿でもない。複数の投げナイフで動きをけん制すると、間髪入れずに大剣を振り一体の頭と胴体を切り離してやる。
また続けざまに大剣を振り下ろすと、シンメトリーとはいかなかったが、もう一体を文字通り真っ二つにしてやる。
この時点で、五体もいたゴブリン系はもはや残り一体となっていた。
「ヒ、ヒ……。ヒャッハー!」
最後に残った一体は威勢のいい声とは裏腹に、その行動はまさに敵前逃亡そのものであった。
だが、残念ながら逃げる害獣に情けを掛ける程の心の広さを自分は持っていない。
背を向け逃げるゴブリン系の後頭部目掛け勢いよく投げナイフを投げる。刹那、投げナイフは狙い通り見事に兜も被らぬ無防備なゴブリン系の後頭部に命中し、勢い良く倒れ込んだ最後の一体も無事に退治を完了した。




