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 血を飲んだことで何か副作用があるかと、その後数分アリスリデアを観察していたのだが、やや彼の態度が柔らかくなるくらいで、悪い方には作用しなかった。

 むしろ態度が柔らかくなるのなら私としては大歓迎である。


 今度はもっと細かく観察してみようか。

 一度の吸血を、少し時間を空けながら微量ずつ与えるとか。…別に私がくすぐったいからとかそういうことではなく、あくまで研究の一環である。


 とにかく、別段少年の様子に変化は見られなかった。


 吸血も食事だからか、若干彼の顔色が良くなっている。治癒魔術では栄養欠陥など内面のことは直せないので、ありがたい。

 しかし普通の食事もしないと生きられないので、注意が必要だ。


 「アリスリデア、普通の食事も食べられるか。今から用意するが」


 一応聞いてみるが、私は食べさせる気満々だ。奴の痩せこけた身体は見るに耐えない。早く一般体型になって欲しいと思う。…これを巷では母性本能というのだろうか。


 母性本能、か。いい響きだ。よし、決めた。これからは奴の母のように世話を焼いてやろう。私は母性本能があるからな。


 「…そうだな。血で不思議と力が出てきたのだが、まあ、貰えるものは頂こうか」

 

 アリスリデアは不可解なものでも見るような目で私を見ていた。おかしい。さっきは優しかったはずなのだが。


 それでも私は母親だから、不機嫌になったりせず、普通に返事をする。


 「分かった。私の料理は旨いぞ」

 「…そうか。では楽しみにしている」

 「ああ」


 「今用意するから座っていろ」


 そう言ってキッチンに立つ。何にしようか。いつもは軽く済ませてしまうが、今日はアリスリデア記念日だ。自分で作るのがいいだろうか。

 料理など久々なものだ。恐らくその年月の間に私の腕は驚異的な成長を見せているだろう。


 アリスリデア、待っていろよ。

 様々な料理器具に胸を高鳴らせながら、私は調理を始めたのだった。



 


 「できたぞ」


 私は上機嫌で皿に盛った料理を魔術で飛ばす。吸血されたからか、いつもよりも使いづらいが、それでも日常生活には差し支えない。


 テーブルの上にどん、と置く。

 

 今回は記念日となるので腕を振るった肉料理にしてみた。肉のほうがアリスリデアも栄養が摂れるだろうし、なにより私の凄さを見せ付けられる。


 出来栄えは完璧。

 

 自信をもってアリスリデアに食わせてやる。


 「どうした?食っていいぞ。今日は色々あって疲れただろう。遠慮はいらんぞ」

 

 しかしいつまで経っても奴の反応がないので勧めてみる。アリスリデアは俯いてふるふると震えていた。なんだ、感動して声も出ないのか。

 

 「そうか、そんなに嬉しいのか。だったら――「ちがう!」」


 急にアリスリデアは叫び声を上げた。私も奴のただならぬ気配に沈黙する。喜んでいる雰囲気ではないのは分かるが、叫ぶ意味が分からない。


 「オリヴァー、お前は今までどうやって生きこられたんだ?何を食べてきた!?」


 珍しく声を荒げるアリスリデアに心底驚きながらも、咄嗟に答える。


 「いつもは、動物たちが持ってきてくれる森の食べ物を食べたり、森が眠る冬は、ロドックのところに世話になっている…それがどうした?」


 今日は自分で言うのもなんだが、本当に特別な日なのだ。今までは滅多にというより、全く料理などしていなかったのだから。

 そんな私の手料理を食べられるのはとても幸運なことであって、アリスリデアは喜びこそすれども、間違っても叫んだりはしないはずなのだ。


 奴の行動の理由が分からないでいるのが伝わったのか、アリスリデアは今までで一番深いため息をついた。暫くこめかみを揉んでいたが、ふ、と唐突に、途轍もなく優しい声色を出した。


 「…オリヴァー。美味い料理はこんなに黒焦げていないし、こんなに焦げ臭い匂いもしない。料理は苦手なんだな。…お前に期待した俺が悪かった。すまない」


 追い打ちとばかりに頭を優しく、よしよし、よく頑張ったな、エライぞ、と撫でてくる。

 「指を治療しておけよ」と言いながら、アリスリデアはそのままキッチンに消えていった。


 なん、だと…。


 私は未だに言われた言葉を理解出来ずにいた。私は、料理が、苦手…?頭の中がぐるぐるとまわる。思考がまとまらない。

 今まで、料理を作ったのは、師匠に拾われたその日のみ。その後はなぜか料理番から外されたので、一度も実力を試すことがないまま今日まで過ごしてしまった。何かしていれば、この状況は変わったのだろうか。それも分からない。


 先程アリスリデアに言われたことを思い出し、両手を見る。


 「…っ」


 全く気が付かなかったが、所々刃物の切り傷ができていて、血が滲んでいる。

 これは、今の調理でできたのか。これ以上見ていたくなくて、急いで治癒魔術で治す。

 両手は元通りになったが、心はズタズタであった。  


 「…ふぅ」


 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 今まで、不可能だと思ったことは何も無かった。今初めて、料理という名の越えられない壁にぶち当たったのだ。

 頑張って作った料理を見る。冷静に見てみれば、それはただのゴミにしか見えなかった。それもこれ以上見ていたくなくて、魔術で消す。


 その上にあった存在など、最初からなかったかのように、年月を経て不思議な光沢の出たテーブルは、あった。


 じわり、といつの間にか視界が滲む。


 くやしい。せっかくアリスリデアを歓迎しようと思ったのに。

 

 それでも泣くまいと、ぎゅっと目を瞑ると、何かが私の身体を包み込んだ。


 「まあ、その、…泣くな」

 

 アリスリデアの声が上から降ってきて、私は抱きしめられているのだと分かった。なんだ、まだ副作用が続いていたのか。結構長いのだな。どうでもいいことを思う。


 いつまでも落ち込んでいたら奴にも呆れられる。そもそも私はそんなに弱い者ではないのだ。今回は初めて壁にぶち当たったから少し混乱しただけだ。

 

 「もういい。ありがとう」

 「…ああ」


 奴から離れて顔をごしごし擦る。よし、もう大丈夫だ。

 そう思って顔をあげ、前を見る。


 「…え?」


 目の前――テーブルの上に、出来たての料理が並んでいた。まだ湯気を立てているものもあり、どれもうまそうな匂いを立ち上らせている。

 誰が…と考え、アリスリデアしかいないと思い直す。条件反射的にアリスリデアを見ると、少し仏頂面でどこかを見ていた。


 「…誰だって得意不得意はある。俺が料理で、お前の不健康な食生活を変えてやるよ」


 呟くように小声で言うアリスリデアに少しばかり呆然としてしまった。奴の横顔を見ていると、不意に笑いがこみ上げてきて、ふ、と笑顔になる。


 「本当にありがとう、な」

 「…なに笑ってんだ」


 とても嬉しくなりながら、さあ、食べよう、とアリスリデアを促す。



 やはり――息子ではなく、頼りになる弟かもしれない、と思いながら。

 




ナルちゃん、以外な弱点発覚。

まだお互いに恋愛感情は皆無ですがね。


ありがとうございました。

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