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遅くなりました。
「ねぇナルっち」
「…なんだ」
いつものように、廊下を歩いていたところで暇そうな頭領に出会う。慣れたもので、突然声を掛けられても、さほど驚かなくなった。
ザザは、目を爛々と輝かせている。今までの経験上、彼がこの目をしている時は、私に質問がある時だ。毎日出会う度に些細なことまで聞かれるのだから、間違い無い。
今日は何だろう、と半分聞き流す体勢でザザを促す。するとザザは、我が意を得たりと言うように、ニコッと笑う。
「ナルっちは、アリスのこと、どう思う?」
「――は?」
予想していなかった質問に、数度瞬きをする。
「アリスのこと――?」
よく質問の意味が分からず、困惑してザザを見返す。彼はうん、と言って補足する。
「アリスはナルっちの奴隷でしょ? でも、他の奴隷関係より、ずっと仲良しだから、不思議だなぁ~、って」
「そうなのか…?」
ザザの話では、普通主は奴隷に対してもっと厳しく当たるそうだ。奴隷も、指示された事以外は何もせず、一言も話さない。
間違っても、アリスと私のように対等な口調であったり、むしろ奴隷の方が強いなどということは無いのだと言う。
…自分で言っていて悲しくなった。
まあ、よくよく考えてみれば、アリスと会う前に購入した奴隷たちは、全員目に生気が無かった。機械のように淡々と仕事をするだけで、それ以上の交流はなかったように思う。
あの目はそういうことだったのか、と今更ながらに納得した。
かといって、もっと優しくしておけば良かったなどという後悔も、可哀想に、という同情も、全く感じないが。
その経験をザザに話すと、彼は「手厳しいなぁ」と苦笑して見せる。そしてふと真剣な表情をして、じゃあ――、と彼は人差し指を立てた。
「じゃあ、昔一緒に過ごした奴隷たちと、アリスの違いって、なぁに?」
言葉が、詰まった。
ザザは、黙り込む私を見て、楽しげに笑っている。
今までの奴隷と異なって、アリスと親密な理由。その違い――。なんだろう。本気で考え込むのなんて、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、私は考え続ける。
ずっと一緒に生活することが決まっていたから?
違う。自分で言うのもなんだが、私はそんなことに気を回すような暖かい人間ではない。もっと、冷たくて、人を利用価値で見るような人間だ。
使える人間だと思ったから?
それも違う。アリスが優秀なのは確かだが、彼は私の奴隷なのだから、親しくならなくとも命令すれば最大限に動かすことができた。
では、アリスは、何が他と違かったのだろうか。答えが見つからず、戸惑う。
その様子を見て、ザザはにんまりと唇に弧を描く。
「…アリスが君と似ていたから?」
「っ違う! アリスは、私と比べられない程、優しくて、頼りになって、強くて――」
「うんうん。――それで?」
「――!」
咄嗟に否定したところで、ザザの冷静な指摘に、スゥッと頭が冷える。
自分が必死になって否定したことに、今更ながら驚いた。
「そこまでしてアリスのことを良く言う理由って、なんだろうな~?」
ザザの声が、やけにはっきりと頭の中に響いた。
本当に、情が移った、か。
今までも度々、アリスに対して親しみや安心を感じ、その度に珍しいこともある、と芽生え初めていた信頼に気付かないふりをしていた。
だが…、と私は唇を噛む。
この、アリスに対する信頼は、もう自分を誤魔化せない程に、確固たるものになっていた。
彼といると、安らぎを感じた。
彼といると、安心だと思った。
彼といると、楽しめた。
彼といると、――本当の自分になれた。
「君はボクとそっくりだ。誰にも、自分の深い領域に決して入り込ませない。上辺だけの薄っぺらい関係。そして、なまじ能力が高いだけに、それを実行できてしまう」
思わずザザを見やると、ふ、と儚げな笑みを湛えていた。普段は見ない表情に、戸惑ってしまう。
「ひとりでいるのは、気楽で良いよね。誰も傷つかないし、誰も傷つけない。……でもね、一人くらい、心を許せる大切な人がいても、バチは当たらないんじゃあないかな。日常なんて、あっという間に壊れちゃうんだよ」
「…っ」
ナルっちには、ボクのようにはなって欲しくないなぁ~、と茶化すように笑うザザは寂しげで、過去の何かを思い出しているように見えた。
「とにかく、意地張ってないで認めちゃいなよ。もっと素直になって、考えてみたら? …ボクが言いたかったのはそれだけ」
じゃあね~、と軽薄な言葉を最後に、どこかへと去っていくザザ。私はそれを無言で見つめるしかなかった。
彼が去った後、とても何かをする気分にはなれず、部屋に戻りベットに身体を沈める。
「…はぁ」
自然とため息が漏れる。
そのまま仰向けになりぼんやりと虚空を眺めて、先程のザザの言葉を反芻する。
”もっと素直になって、考えてみたら?”
「お節介な奴だ…」
そう悪態をつくことで、気持ちを静めた。
「…はぁ」
またもやため息をつきながらも、私は渋々認め始めていた。
どうやら私は、アリスのことが、本当の意味で大切になってしまったようだ。
今までは、自分を縛り、決して作ることのなかった、心から信頼できる者。…これからも作るつもりはなかった。
彼を引き取った時は、こんな事態になるとは露ほども思っていなかった。今までしてきたように、程よい距離で、程よい付き合いをするだけだと思っていた。
しかし、いつの間にか――私は彼に本心を見せるようになった。
初めて心から笑い、初めて我が儘を言い、初めて頼ることを知った。
彼と見る世界は、ひとりで何の目的もなく、無作為に過ごしてきたモノクロの世界と違った、それはそれは鮮やかで、魅力的なものだった。
それを、どうして大切で無いと言えよう。
私はこの瞬間、初めて認めることができた。
今まで頑として気付かない振りをして目を背けていた、自分のありとあらゆる全てを根本から覆してしまう、事実に。
「…きっと、怖かったのだ」
そう、怖かった。
自分の在り方を否定してしまうようで――自分の存在が間違っていると思い知らされるようで。――怖かったのだ。
だが、今なら認められる。
ああ、認めよう。今からでも、変われるのだ。
――私に、失いたくない存在ができたことを。
そろそろ物語も終盤。
キリがいいので今回は少しだけ短めでした。
さて、ようやく自分の気持ち(信頼)に気づいたナルちゃん。この勢いで恋心も芽生えて欲しいのですが。芽生えないんですよねぇ…。
この作品は主人公の性格に難がありますね。性格が凄く悪いです。冷淡で無慈悲でと、とても乙女ゲーには出演できませんが、だからこそアリスへの思いが強調できるのではと思っています。
…てこれ、まだ完結してないのになにしてんだろう。
ありがとうございました。




