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なぜ、日にちを越してしまうのか。

 「本当に、ありがとうございました!」

 「…ああ」


 ロドックの店の前で、最後の患者を見送る。我が家へと帰って行くその男を一瞥し、店の中へと入った。

 

 「おつかれさん」

 「……ん」


 店内で、患者を寝かせていた用具を片付けていたロドックが、戻った私にそう声をかける。私はまだ少しこの事態を引き起こした原因に腹を立てていたが、流石にそれで不機嫌になるのは大人げないので、短く返事をする。

 それでも、雰囲気で言いたいことは伝わったのか、ロドックは苦笑してみせた。


 「まあまあ。患者も全員完治したし、これで正真正銘、めでたしめでたしだ。そうむくれた顔をしないで、素直に喜べばいいじゃないか」

 

 顔に出ていたのか。この頃はよく、表情で気分を指摘される。そんなに分かりやすい顔では無いはずなのだが。

 ロドックの言葉は少し耳に痛かったので、聞かなかった振りをして横を通り抜けた。こういうところが大人げないのかもしれない。



 私がこの街に降りて二週間と少し。

 先程、最後の疾患者が完治してここを出て行った。一人の死者もおらず、これ以上の感染拡大は、この病の媒体だったものが既に消滅していることからも、九割九分無いと言えた。

 新種の病は、これまでの最短記録を大きく上回る、異例の日数で特効薬が確立されたのだ。


 …いや、原因が魔鳥を食したからと言う極めて稀、そして未来永劫この先起こることのないだろう特異すぎるこの病を、果たして病と呼んでいいのだろうか。薬を作ったからといって、これが必要になることはもう無いだろうな、と思う。


 それもあり、魔術士の学会にこの病と特効薬を報告するのは、やめようと考えている。新種の病は必ず学会及び国に出すことが規定されているが、そも、私は正当な魔術士でも無い。


 どうしても必要だと思ったら、怪文書でも送りつけようか、そうぼんやりと考えながら、隠し部屋に入る。そこには、見慣れた黒い髪。


 彼は、読んでいた本から顔を上げ、私を見上げる。そしてやや微笑んで、おかえり、と言った。


 「…ただいま」


 不思議なもので、先程までのあれこれと荒んでいた気持ちが、彼の顔を見ただけで消滅していった。この男には、いつもペースを崩される。そう苦笑しながら、彼の腰掛けているソファに近寄る。

 すぐさま隣をポンポンと叩いて示されたので、そのまま彼の隣に座った。彼の手に収まる本を覗き込み、尋ねる。


 「…何を読んでるんだ?」


 すると、彼は少し困ったように頬を掻きながら、聞かないで欲しいと言うようにちらりと私を見る。そして私が引かないと分かると、ため息をついて表紙を見せてくれた。

 随分と、彼も表情が豊かになったものだ、そう感慨深くなりながら、タイトルを見る。その題に、私は首を傾げた。


 「…観光記?」

 

 彼が読むには些か意外すぎるジャンルの本に、まじまじと彼の顔を見つめる。そこに若干の赤みが指しているのを見て、彼自身、性に合わないと思っているのだ、と少し面白くなった。

 私が笑んでいるのを感じたのか、彼は言い訳のように言葉を重ねる。


 「思いのほか早く仕事が終わっただろう? だから、冬もあと何週間か残っている。結構無理矢理こっちに来たし、いつまで家に帰れないか、正確なところは分からない。…だったら、この際ひと月くらい旅行してもいい、と思った…」

 

 その言葉に、そうだった、と瞠目する。ついついもう家に帰る気であったが、本来行き来できない冬に、半ば強引に通路を創ったその代償で、暫くは戻れないのだった。その期間がどれほどなのか、まだ考えたことがなかったので、今、考察してみる。


 元々の性質で、冬ごもりの間は扉が発見できないのだから、冬、即ち大目に見てあと三週間ほどは帰れないだろう。

 しかし、その三週間後、本当に帰れるか、確信は出来ない。本来の規則通りであったら、私が無理矢理通路をこじ開けた代償が無い。魔術を使えば魔力が消費されるのと同様に、何事にも対価は必要なのだ。


 無理矢理扉を創った代償。大きいに決まっている。何週間、何ヶ月になるのか分からないが、それ相応の覚悟はしておいた方がいいかもしれない。


 その結論に、ため息が出そうになる。いつとも分からない日を待ってここに居座るのは、流石の私でも申し訳ないと思う。彼の言うとおり、旅行でもするのが最善かもしれないな。


 彼は、一言も発しない私を見て否定されたと思ったのか、忘れてくれ、と本を片付けようとした。慌てて我に返り、その手をつかんで、違う、と言う。


 「いや、アリスの言うとおりだ。正直私にも、いつ”あっち”がお許しをくれるかは分からん。いつまでもここに居させてもらう訳にもいかないから、旅行はいい案だと思う」

 

 どこかお薦めの場所はあるか? そう聞くと、アリスは嬉しそうに微笑んだ。






 「ん~。気持ちいいな」

 「本当だ」


 そうとなれば行動するのみ。翌日、私たちはすぐに出発し、第一の観光場へと到着した。


 港町のため、青い海には数え切れないほどの帆船が並んでいる。活気のある声が飛び交い、海鳥のような鳥が空で自由を唄う。


 潮風に大きく伸びをしながら、私は来てよかった、と思っていた。


 ここはチールンベルト。この国最大の港町だ。私たちの住む伯爵領の隣の侯爵領に位置する。行き交う人の数は、ハロルド街の比にならない。それには辟易するが、その他は豊かな自然と綺麗な石作りの街並みの、魅力的な都市である。


 元々は隣の領まで足を運ぶ予定ではなかったのだが、アリスの推薦を受けて、この際だから色々な街を見てみようと思ったのだ。


 事実、ここは伯爵領の穏やかな雰囲気とは違い、とても活気が溢れていた。身につけている衣服や、言葉のアクセントも微妙に違っていて、面白い。


 この国では、いくつかに分割された土地を、代々貴族の一族が統治している。領地では、国王の意思に背かなければ、ある程度の地方自治のようなものが許されていた。そのため時の領主の善し悪しが、領民の生活に直結する。

 

 温厚な好々爺の伯爵領は、穏やかで牧歌的な雰囲気が漂っていると言う。ゲラウス街は異端なのだ。対して、この侯爵領はまだ若く勢いのある伯爵が就いているため、全体的に勢いのある領風なのだ。


 当然、流通しやすい品、特産品も異なるので、今回は伯爵領では採れない薬草も、手に入れたいと思っている。闇ルートでもパイプは作っておきたい。


 そんなことを考えていたら、ペチ、とアリスに額を叩かれた。抗議の視線を送ると、なに食わぬ顔で前を向いていた。


 「まずは観光をしてからだ」


 仕事のことを考えていたのがバレて、途端に小さくなる。まずは観光、ここには楽しむために来たのだ。


 「…すまん」

 「分かればよろしい」


 少しおどけてアリスが言ったので、私も釣られて軽く笑う。


 「まずはどこに行こうか」

 「そうだな――」


 この旅行、楽しくなりそうだ。







失踪は致しませんよ!遅れましたが…(汗

ナルちゃん、いつ恋するんでしょう。作者、困惑です。

中学校でheとsheを覚えた時は、やたら彼、彼女という表現を使おうとしていましたね。なんかかっこいいですよね。

どんどんキャラ崩壊しているけど、気にしない♪変化だもの!(爆


ありがとうございました。

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