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 実にシンプルにまとめられた部屋。

 荒削りの木のテーブルに、同じく椅子が数脚。

 ひとつ上質そうなソファーがある。しかし、それ以外はいくら清潔ではあっても、とても大店の店主のプライベートルームだとは思えない。

 

 広さでも豪華さでも売り場の方が断然上である。



 オリヴァーにとって、安心して寛げるこの場所だが、今日は先客がいた。

 

 「…だれだ」


 悲しいかな、不要なものが一切ないので、オリヴァーはそのイレギュラーとばっちり目があってしまった。


 ソレ(・・)は少年だった。

 闇のように混じり気のない黒髪。そんな身分(・・・・・)に堕とされたのに未だ生気のある黒目。

 ろくに食べてないのか痩せすぎているが、それでも少年が恐ろしいほど整った顔立ちをしているのは分かった。

 

 「…おまえ、魔族か」


 黒髪黒目。

 それは魔族の特徴。

 魔族とは、人間、亜人とは比べ物にならない程凶悪な種族である。彼らは力を求め、戦いに飢えている。そして、厄介なことに魔力も持っているのである。


 本来はこんなところにいるものではない。ましてや、彼のような状態(・・・・・・・)まで堕ちることはないのだ。

 



 「半分正解だ、ナル」

 

 いつの間にかロドックが戻ってきていたようだ。

 その時になって、オリヴァーはずっと少年と見つめ合ったままだったことに気づき、つ、と目をそらした。


 ちなみにナルはオリヴァーの愛称だ。


 少年がまだオリヴァーを見ている気配を感じながら、彼女はロドックに聞き返した。


 「半分、とはなんだ。しかもこれは…」


 するとロドックは少し困ったような顔をしてから、意を決したようにオリヴァーに向き合った。

 

 「ナル、頼みがある」




 「断る」

 「いや、そこをなんとか!」

 「断る」

 「俺たち親友だろっ!?」

 「…断る」

 

 必死に頼み込むロドックとばっさり切り捨てるオリヴァー。

 かれこれ三十分はこの状態だった。

 

 オリヴァーはため息が出るのを堪えて、彼の話を振り返った。




 「まず、誤解を解くが、コイツは純粋な魔族ではない」


 場所をテーブルに移して、ロドックは話し出した。

 話の中心の少年は、部屋の隅で動かない。否、動けない(・・・・)のだろう。

 

 「…半分、か」

 「そう、半分、だ」


 そこから始まった彼の話は驚くものだった。

 

 少年――アリスリデアというらしい――は、魔族と人間の忌み子だった。

 本来、異種間で子供が生まれること自体が珍しい。大抵、血が反発しあい、最後には狂い死にする。今まで五体満足で生きてこれた少年は、余程の幸運に恵まれていたとしか言い様がない。

 

 だが、とロドックは言う。

 

 「もう限界が来ている。コイツは今こそ自我を保てているが、血を見ると、魔族の本性が抑えられずに暴走するんだ。そうなったら誰にも止められねぇ。コイツもそれを理解しているから、最近、ウチを訪ねて来たんだ」


 ロドックと少年の母親は、昔親交があった。母親が少年を身篭った時も、ロドックに知らせ、いざという時の助けになって欲しいと言ったのだ。

 

 「まだ生きていたなら、アイツをぶん殴ってやりてぇ」ロドックは歯を食いしばりながらそう言った。

 

 それから十数年。少年アリスリデアがどのようにして日々を乗り越えてきたのかは分からない。

 

 忌み子は魔力を持たない。力が物を言う魔族の世界では、ましてや魔族を恐れる人間の世界でも、居場所があるとは思えない。

 

 オリヴァーはふう、と息をはいた。

 彼の話で、今少年に付いているアレ(・・)の正体も分かった。


 「で?私に話してどうしたいんだ」


 次のロドックの言葉に見当が付く自分が嫌になりながらも、オリヴァーは尋ねる。

 ロドックは大きく息を吸って、ばっ、と頭を下げた。


 「コイツを買ってくれ!!!」

 「断る」


 そして今の状況ができたのである。



 「…頼むから」

 「断る」


 未だに折れないオリヴァー。

 ふと疑問に思って、彼女はロドックに尋ねた。


 「なぜ、そこまでして少年を救おうとする。利益で動くお前らしくもない」

 「……」

 「…しかも、奴隷に堕とし、高い隷属の首輪まで与えて。私の見立てでは対魔結界もあると見える。どう考えても少年は疫病神だろうに」

 「…よく分かったな」


 どうやら本当に対魔結界も付いているらしい。

 オリヴァーは親友の奇行に頭が痛くなる思いだった。



 少年は、奴隷だった。

 オリヴァーが彼を観察した時、黒髪黒目のほかに、頑丈そうな首輪も目を引いた。


 それは、隷属の首輪。

 とても高価な品物で、何度も犯罪を犯した奴隷や、魔術の使える奴隷に用いられる。普通の繋ぐための首輪とは違い、身につけた者の全権利を持ち主が強制的に所有できる魔道具だ。


 いつ暴走するか分からない半魔族の少年には必須だが、隷属の首輪をもってしても魔族の暴走を止められる確率は低い。

 しかし、この首輪にはもう一つ、対魔結界の術式も組み込まれている。これは魔族対策として国境にも張られている、高度な結界だ。鎮静剤のような効果をもたらすので、敵襲の時、意欲を削ぐことができる。


 いずれも高価なもの。しかもそれを一つの魔道具にまとめるとなれば並みの貴族でも歯が立たないだろう。

 見返りも何もない無力な少年には勿体無いものだ。



 「なんだか昔の俺のように感じてな」

 

 オリヴァーが思想に耽っているとロドックはぽつり、と呟いた。

 一気に現実に引き戻された彼女は彼の発言に片眉をあげた。


 「だからほっとけなかっただけだ」


 それきり口を閉ざしたロドック。

 

 ロドックの昔――。オリヴァーでさえ、断片的にしか聞かされていない。話を振られて少し話したくらいで、彼から過去のことを口にしたのは初めてだった。

 両親が死に、保護してくれる者もいない中、たった一人で商売を立ち上げたというロドック。今の少年アリスリデアには、何か通じる思いがあったのかもしれない。

 

 「……」

 「まあ、ナルがそこまで無理って言うんなら、しゃーねーな。ごめんな、しつこくして。この話は忘れてくれて構わね――「分かった」」

 「――え?」


 信じられない物を見るような目でオリヴァーを見るロドック。

 気まずそうに目を逸らすオリヴァー。


 「…なんだって?」

 「…だから、ソレを買い取る、と言っている」


 聞き間違いではないと分かったのか、みるみるうちに顔が綻んでいく。


 「いいのか?ナルの言う通り、コイツは面倒事を抱え込んでる。…それでもちゃんと面倒みてくれるのか?」


 最後の確認というように聞いてくるロドック。精一杯無表情を装っているが、口元はだらしなく緩んでいる。

 

 「私は自分が約束したことは最後まで守る。そいつ――アリスリデアを売ってくれ」


 こうして魔術士オリヴァーは厄介な奴隷を手に入れたのである。



 

ありがとうございました。

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