表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

10

 「…まずい」


 ふと思いついた。かれこれアリスと出会い、三週間がたった。 

 時は人を成長させる。


 私もその例外ではない。

 三度の吸血を経験し、私は成長した。もはや普通のくすぐりなど脅威ではない。その上のものを私は嫌というほど分からされたのだから。

 結果だけ言うと、私は逃亡スキルが成長し、それ以上にアリスは捕縛スキルが成長した。


 あとは察してくれ。


 いまや家事のほぼ全てを担っているアリスのことは、従わせるより助力を願う方が良いということも学んだ。


 そう、人は成長するのだ。



 そして私は、奇跡的に、たった今、奴と交わしていた約束を思い出したのだ。

 冷や汗がたらりと背中を伝う。

 まだ間に合うだろうか。三週間…いや、まだ大丈夫だ。


 今までの経験は、悲しいかな、私の頭にしっかりと、アリスに逆らってはならないという本能を刻みつけていた。


 魔術でとある人物に知らせを飛ばす。


 そしてだっ、と研究室を飛び出し、この時間は庭にいるだろう奴を探す。

 庭で何をしているのか――これを考えていればもう少し早く思い出せただろうに。


 「…アリス!」

 「…?どうした、ナル」


 やはりここにいた。

 そして奴は私の予想通りのことをしていた。


 …やはり遅かっただろうか。


 そう暗い思考が頭を占めようとするが、ここで言わなければ後がない、と勇気を振り絞る。

 最後の悪あがきというように、私は当然を装って切り出した。


 「そういえば、約束していただろう。剣の師を紹介してやる、と。ちょうど時間が空いたから、今から行くか」

 「…ふぅん」


 しっかりと、忘れてなかったけど、忙しかったから今まで言えなかったアピールをした。

 少し早口になったが、そのくらい誤差の範囲である。見逃して欲しい。


 約束。――初日の話し合い(今思うとあの時の口調はおかしかった。いやそもそも思考すべてがおかしかったのだ…)でアリスに快諾した、剣術の師を奴につけてやるというもの。


 その後のショック(……)で、すっかり脳内から消し飛んでいた。


 だが、やはり奴はあの約束を覚えていたようだ。

 先程の反応で分かる。いやだが、まだ終わってない。


 必死で表情を取り繕いながら口を開く。

 

 「…どうした?行かないのか。だったらそれでも良いが」

 

 先程からアリスを直視出来ずにいるので奴の表情は分からなかったが、奴が冷たいオーラを放ち、絶対零度の眼差しをしているのは嫌でも分かった。恐らく完璧な無表情をしているのだろう。


 「…俺、誤魔化す奴が一番嫌いなんだ」

 「……」

 「それよりは、ごめんなさいって素直に謝罪できる奴の方が何倍も好感が持てるな」

 「……」

 「なぁ、ナルはどう思う?」

 「ごめんなさい」


 素直に謝罪するのが一番に決まっている。当たり前のことだ。


 …完敗。

 

 「最初から忘れてました、ごめんなさいって言えば良かったんだよ」と余裕の表情で言いやがるアリスにひたすら謝る。


 いや、分かっていたことなのだ。ただ現実をちょっとだけ直視できなくて足掻いただけだ。


 この三週間で既に上下関係は決まっていた。

 文句など言わない、言えない。これが天才と凡人の差なのだ。


 ひたすらのごめんなさいコールが功を奏したのか、アリスはやっとネチネチ攻撃を止めてくれた。

 

 手に持ったままの木刀を弄りながら、「で?」と聞いてくる。

 

 木刀なんてこの家には無かった。だからアリスが自分で作ったのだろう。

 そこまでしても剣を練習したいという奴の気持ちに、私はなぜ気付かなかったのだろう。急に申し訳なさが胸に広がり、もう一度謝罪をしたら、アリスは至極面倒くさそうに「もういいよ」と言った。


 これがアリスの優しさ。冷たく突き放しても、最後には拾ってくれる。


 初めは分からなかったことだが、今でははっきり分かる。こんなにも優しい心をもっている奴なんて、そうそういないだろう。


 アリスの気遣いを台無しになんてしたりせず、私は引き下がる。

 そして何事もなかったかのように話を続けた。


 「ええと、知り合いにとても剣術に長けた奴がいるんだ。先程知らせを送っておいたから、恐らく今頃はロドックの店にいると思う」


 先程知らせを送ったばかりだというのは伏せておいた方が良かったか。そう思ってちらりとアリスを窺うと、呆れたような顔をしていたが追求はしてこなかった。

 

 「分かった、では行こう」

 「ああ」


 三週間ぶりの外出が決定した。





 「…で、そいつの名前は?」

 「…あー…」


 長屋から出て、玄関先に積み重なる依頼書にげんなりして無視を決め込み、アリスに強引に持たされた。おかしい、なぜ私が持っているのだ。


 仕方なく魔術でそれらを転移させ、歩き出す。生物の転移は疲れるから極力使わないようにしているので、歩くしかない。それでなくても、日々ロドックから「少しは運動しろ、この引きこもり」と乏し半分に言われているのだ。


 そこでアリスから出た当然の疑問に、一瞬答えに詰まる。その様子にアリスは少し眉をひそめた。


 「…なんだ?」

 「あー、すまない。名は…フィー。フィー・ロザリオ・リリアという。ただ、名は関係ないというか、名で判断してはならないというか…ええと」


 うまく言葉がまとまらない私を見て、アリスはさらに不可解なものを見る目をする。なぜ奴がどんな目をしているのか断言できる理由は突っ込まないで欲しい。

 その視線を打ち切るように強引に話をまとめた。


 「まあ、見ればわかるから」

 「…はぁ」


 その会話のあとは何も言わず歩を進める二人であった。





 「きゃー!かーわーいーいー!!ちょっとナル!!アンタいつの間にこんな良いオトコ捕まえたのよっ!!もうっ水臭いわアタシに言ってくれてもいいじゃない!!ていうか、アンタここ二ヶ月どこにいたのよ!!いつ店に来てもいないし、街探してもいないじゃないの!!!やっと連絡してくれたと思えばなによコレ!!まだほんのガキのくせになに色恋づいてんのよ!!!そんなに興味あるならこのアタシがいつだって相手になってあげたのにぃっ!!!」


 ロドックの店。隠し部屋。

 入った途端に繰り広げられるマシンガントーク。

 目の前でどこからか取り出したハンカチを噛んで地団駄を踏んでいるのは派手な身なりをした紫髪の男。


 …だからコイツと会いたくなかったんだ。



 この男こそがフィー・ロザリオ・リリア。

 口調こそ女性だが、声質も体格も生物学上も正真正銘男である。

 長い紫髪をポニーテールにして、涼しげな切れ長の碧眼の下には、色っぽい泣きボクロがある。そして目を引く奇抜な色彩の洋服。全体的に道化師のような雰囲気の男である。


 そして私の天敵だ。

 奴はロドックの紹介で初めて会った時、いきなり抱きついてきたのだ。そして意味不明な言語をベラベラと捲し上げ、そしてロドックの鉄拳で沈んでいった。

 それからというもの、奴は私と会うごとに長ゼリフを息継ぎもろくにせずに決めてくるのだ。私にとって本能的に避ける人種である。

 

 しかし一応は(・・・)信用できる人物である。でなければすぐにでも私の魔術で抹殺している。

 そして驚くべきことに剣術の達人でもある。

 なんでも、王都の剣術大会で五年連続優勝しているらしい。去年殿堂入りを果たし、今年からは若者の指導者として、大会理事になる予定だ。


 その見た目からも、可愛らしい名前からも、女性の口調からも、そんな凄腕の剣士には見えないが。


 

 「……フィー。離してやってくれ」


 そろそろ限界そうだ。


 「あ、ごめんねぇ!でも良いオ・ト・コ!」


 そう言ってぱっ、とアリス(・・・)を離すフィー(男性・26)。

 そう、今回はアリスに犠牲になってもらった。


 「…すまんなアリス。フィーはいつもこうなのだ」

 「……ナル、顔がにやけているぞ」


 はっ。いかんいかん。これ以上やると家に帰ったあとが怖い。

 ショックでガクッ、と膝を付いているアリスを助け起こしてやる。だが普段私を敬わないアリスも悪いと思うのだ。


 そして何とか立ち直ったアリスを、フィーに紹介する。


 「フィー、こいつはアリスリデア。私の奴隷で、剣術を教えてほしいのだ」


 フィーはその紹介にふふ、と笑って言った。


 「そう、じゃあまずは、オハナシを聞きましょうか」







きました変態姉御!ナルちゃんもアリスちゃんも全然感情的にならないから、少しつまらなかったところに登場です。こういうキャラが作者は大好きです。

そしてさりげなくナルちゃんの手綱を握る(胃袋を握る)アリスちゃんw


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ