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万引きGメンが恋愛リアリティショーに参加する物語  作者: もしものべりすと


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エピローグ あの人へ

秋が、深まった。


 番組は無事に放送を終えた。鷹野の件は警察に引き継がれた。香田はしばらくふさぎ込んでいたが、八重がそばに付き添った。八重は詩織との約束どおり、自分を支えてくれる場所へ通い始めていた。一人で抱えなくていい。その言葉を八重は何度も繰り返したという。


 詩織のもとに、約束の報酬が届いた。


 詩織はその金で、藤村しずの遺族への支払いをすべて終えた。八年間首に巻きついていた鎖が、ようやく外れた。けれど鎖が外れても、詩織の胸のいちばん奥にはまだあの人が座っていた。お金で清算できるのは数字だけだった。数字の向こうにあるものは、何も終わっていなかった。


 お金で借金は消えた。けれど償いは別のものだった。詩織は長いあいだその二つを混同していた。支払いを終えれば肩の荷が下りると思っていた。けれど実際に支払いを終えてみると胸の奥はかえって静かになりすぎた。鎖が外れたぶんだけそこにあった人の不在がくっきりと見えた。詩織はその不在ともう一度きちんと向き合わなければならないと思った。逃げずに。今度こそ。


 ある秋の日、詩織は机に向かい、一通の手紙を書いた。


 宛先は、藤村しずの娘だった。和解の席でただ一度、詩織を見た、あの疲れた目の人。


 拝啓と書いて、詩織は長いあいだ手を止めた。何を書けばいいのか分からなかった。許してほしいと書くのは違う気がした。許しを求めるのは自分のためだ。この手紙は自分のためのものではない。


 詩織はゆっくりと、ペンを進めた。


 お母様のことを、八年間一日も忘れた日はありませんでした。私は自分の眼を過信して、お母様の本当の姿を見ようとしませんでした。慌てていらしたお母様の奥にあったご病気や心細さを、私は見ませんでした。見ようとしなかったのです。私の確信が、お母様の最後の時間を奪いました。取り返しのつかないことをしました。


 詩織はそこで一度、ペンを置いた。窓の外で、銀杏の葉が風に舞っていた。詩織はまた、ペンを取った。


 長いあいだ私は、罪を背負うことだけが償いだと思っていました。でも、それは違いました。背負ったまま何も変わらなければ、私はまた同じことを繰り返します。事実、繰り返しかけました。だから私は変わろうと決めました。人を見抜くだけでなく、信じることを覚えようと。遅すぎるとお叱りを受けるでしょう。それでもお伝えしたかった。お母様の死は一人の人間を変えました。その変化が最近、もう一人のお年寄りを救いました。お母様が遺してくださったものだと私は思っています。


 謝って済むことではありません。許していただこうとも思いません。ただ、お母様のことをちゃんと覚えている人間がここに一人いるということだけ、知っていただきたくて筆を執りました。


 詩織はそこまで書いて、ペンを置いた。


 完璧な手紙ではなかった。けれど、嘘は一つもなかった。八年間、詩織が誰にも見せなかったいちばん柔らかい場所が、その紙の上に開かれていた。痕を抱えたまま。隠さずに。


 手紙を書きながら詩織は何度も湊の言葉を思い出した。直すにはその人の許しがいる。勝手に直せばその人の本ではなくなる。詩織は藤村しずの娘に許しを強要するつもりはなかった。許すかどうかは相手のものだった。詩織にできるのはただ自分の側の扉を開けておくことだけだった。開けておけばいつか相手が望んだとき言葉が届くかもしれない。届かなくてもよかった。開けておくこと自体が八年前にはできなかったことだった。閉じたままの本は守られているのではなく忘れられていくのを待っているだけだ。それは人と人のあいだでも同じだった。詩織はもう何も閉じておきたくなかった。


 手紙を封筒に入れていると、玄関の戸が開く音がした。


 湊だった。古い本を何冊か抱えていた。直しの依頼が増えているらしかった。二人は季節が変わる頃、同じ町で暮らし始めていた。湊は詩織の手元の封筒を見て、何も聞かずに、ただ小さくうなずいた。書けたんですね、と、その目が言っていた。


「うん」と詩織は答えた。


 窓辺には、あの直された本が置かれていた。背はまっすぐで、けれどページのところどころに、薄い紙の繕いの痕が残っていた。その痕はもう、傷ではなかった。生きてきた証だった。


 かつて、冬の百貨店の雑踏で、詩織の眼は誰にも見られず、人の嘘だけを冷たく選り分けていた。すべてを見抜き、何も信じない、不可視の眼。


 今、その眼は秋の光のなかで、一通の手紙と、一冊の直された本と、隣に立つ一人の人を見ていた。


 その眼は、すべての嘘を見抜く。


 けれど、もう、それだけの眼ではなかった。嘘の向こうにある本物を信じることを、その眼はようやく覚えたのだった。


 詩織は封筒に切手を貼った。そして、湊と二人で、手紙を出しに秋の街へ出かけた。空は高く澄んでいた。海の方から、やわらかな凪の風が吹いていた。


 ポストまでの道を二人はゆっくりと歩いた。落ち葉が舗道を覆っていた。乾いた葉を踏む音だけがしばらく続いた。やがて赤いポストの前に着くと詩織は封筒をその口に差し入れた。手を離す瞬間ほんの少しだけためらいが指に残った。けれど詩織はその手紙を手放した。手放すこともまた信じることだった。返事が来るかどうかは分からない。許してもらえるかどうかも分からない。それでも詩織は自分のなかで何かが確かに前へ進んだのを感じた。隣で湊が静かに待っていた。何も言わなかった。ただそこにいてくれた。


 二人はまた並んで歩き出した。詩織はもう群衆のなかに隠れていなかった。誰かの嘘を探してもいなかった。ただ秋の光のなかをひとりの人とともに歩いていた。見ることと信じることがようやく一つになった眼で前を見ていた。長い長い嵐の季節は終わっていた。胸のなかにはもう冬ではなく静かな凪の海が広がっていた。詩織の八年は終わり新しい季節が始まろうとしていた。

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