表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もりとき怪談 第二集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

俺になりたい


 最初のきっかけは、些細なことだったんだ。

 まずは、100均で買ったボールペンが、万年筆になってた。ボールペンは自宅のテーブルの上に置いてたんだ。それが、仕事から帰ってくると万年筆になってたんだよ。

 俺、万年筆なんて全然分からないけど、高級そうなやつ。文房具を置いてる店に持って行って替えインクの値段を聞いたら、800円だって。俺のボールペンが8本買えちゃう。

 恥ずかしい話だけど、俺の安月給じゃ買おうという気すら起きない万年筆だよ。でもこれが、しっくり俺の手に馴染んでなんとも書きやすいんだ。

 俺はひとり暮らしだし、彼女もいない。実家とはほとんど縁切り状態。だから俺の仕事中に、俺の部屋にそっと万年筆を置いておくなんて粋なことをしてくれる相手はいないんだ。

 なんでボールペンが万年筆になったのか俺には分からなかった。

 でも、しみったれた俺へ、神様がプレゼントしてくれたんだろうくらいに思ってた。


 次は、ハンカチだった。

 タンスを開けたら、ハンドタオルが1枚なくなって、代わりにハンカチが入ってた。

 俺はハンドタオルみたいなのは持ってるけど、ハンカチなんて上品なのは持ってないのね。これも手触りが良くて、調べてみたらどっかのブランド物だった。どこに出しても恥ずかしくないような立派な代物だ。

 その次は靴下だったな。洗った靴下を干したときに穴が空いてて、こいつもそろそろ寿命だなと思ってた。それが取り込む頃には、穴の空いていない靴下になってた。ワンポイントでブランドロゴが入ってて、明らかに俺のじゃなかった。


 そんなことがちょくちょく続いたんだ。

 俺の持ち物がひとつなくなって、その代わりに俺のじゃないのがひとつ増えてる。それも全部、俺が買わないような上等なものばっかり。

 俺も徐々にいい気分になってきて、いつも仕事につけてく安い腕時計をわざとテーブルの上に置いていったりしてさ。これも帰ってきたら高級腕時計に変わるんじゃないかと思ってワクワクしながら帰宅したよ。

 まぁ、腕時計は変化なかったし、仕事のときに不便だったから3日間だけ試してみてやめたけどね。


 それでこの間、決定的なことが起こったんだ。

 大学生の頃に3000円くらいで買った財布が、黒の革財布に変わってたんだ。使い込まれて滑らかになった革で、丁寧に手入れされてたんだろうなって見るだけで分かったよ。

 俺はめっちゃ興奮した。けっこう厚みがあってさ。開けてみたら、12万入ってた。俺の財布には……笑うなよ。給料日前だったから、300円しか入ってなかったんだ。

 このときの俺の心境を想像してみてくれ。思わず飛び跳ねるくらい嬉しかった。

 でもこれ、勝手に俺の物にしてもいいんだろうか。俺の部屋にあったものだけど、窃盗になったりするのかなって不安になったんだ。あと、俺の財布には保険証とクレカが入ってたから、この財布にだってそういう大事な物が入ってるかもしれないだろ?

 だから、財布に何か個人が特定できるものがないか見てみたんだ。


 正直、驚いたなんてもんじゃなかった。

 運転免許証。俺の名前なんだよ。生年月日も一致してる。写真は、俺に似てるけど、俺よりもピシッとしてて頭良さそうな感じ。でも、俺なんだ。

 あと、クレカとキャッシュカード。どっちも俺が使ってるのとは違う。でも表示されている名前はやっぱり俺と一緒。

 俺はなんだか、この財布はもともと俺の財布だったんじゃないかって思えてきたよ。

 だって、もしこの財布を俺が「落ちてました」って交番に届けたとしたら、中を確認した警官に「これは君の財布じゃないか」って言われるだろ? 名前も、写真も、俺自身なんだから。


 財布をよく見てみたら、写真が1枚入ってた。

 俺が幸せそうに笑ってて、その腕にはまだ幼稚園にも上がってないような小さな可愛い女の子を抱いてるんだ。女の子の目元は、俺の目元にどことなく似てた。

 その瞬間、俺は気付いちゃったんだ。

 別世界、パラレルワールドっての? この世界とは違う世界に、もっと成功した俺がいて、この財布も、万年筆も、ハンカチも、靴下も、その他のものも、その成功した俺の持ち物なんじゃないかって。

 この世界ではひとりぼっちで低収入で惨めに生きてる俺だけど、別の世界ではブランド物も買えて、結婚もしてて、娘もいる。

 俺は情けない気持ちになってボロボロ涙が出てきてさ。「これになりたい、俺、俺になりたい」って繰り返し呟いてたよね。

 そこから数日は、目覚めたら向こうの世界の俺と入れ替わってるんじゃないかって期待してたけど、そんなことはなかったよ。俺が気付いちゃったからか、それ以降はものが入れ替わるってこともなくなった。

 革の財布は今でも使ってるよ。中身はとっくに使っちゃったけどね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ