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アラサーが転生しちゃった!? ~タルトミアの妖精~  作者: 綾代よしの
第四章 変わりゆく日々と未来への約束
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第三十六話 炎を越えて

前回からちょっと更新が遅くなってしまいました!

また見てくださいね!

水属性の結界石を起動し、巨大な魔物を退けたミリアたちは、再び地図を広げていた。


 先ほどまでの戦闘で乱れていた呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻している。


 レオナードが地図へ視線を落とした。


「次の結界石は、この先だね」


 指先が示したのは、演習場の中央から少し離れた場所。


 森を抜けた先にある、岩場だった。


「次は……」


 ミリアが地図を覗き込む。


「火属性ですね」


「ああ」


 レオナードが頷いた。


「水属性の結界石とは、少し環境も違うようだ」


「環境?」


 エレノアが尋ねる。


「地図を見る限り、火属性の結界石の周囲には、いくつかの障害物が配置されている」


 レオナードが指で地図をなぞる。


「おそらく、単純に魔物を倒して終わり……という演習ではないと思う」


「なるほど」


 リンタスクが腕を組む。


「じゃあ、周囲にも気をつけたほうがいいな」


「そうだね」


 レオナードが頷いた。


「さっきの戦闘で分かったことも多い。今度は、もっと互いの動きを意識しよう」


「はい!」


 ミリアが元気よく返事をする。


 その横で、ロナルドも地図を見つめていた。


 先ほどの戦いでは、闇魔法を使った。


 以前よりも、魔力を狭い範囲へ集中させることができるようになっている。


 けれど――。


「……」


 ロナルドは自分の手を見つめた。


 闇だけではない。


 自分には、もう一つの属性がある。


 風属性。


 これまで何度も使ってきた、馴染みのある魔法だ。


 闇と風。


 二つを混ぜるつもりはない。


 ただ、それぞれを別々に操りながら、同時に使うことができれば――。


 ロナルドは小さく息を吐いた。


 二属性同時運用。


 理屈としては分かっていても、実際にやるとなれば簡単ではない。


 異なる二つの魔力を、それぞれ別の流れとして維持しなければならないからだ。


「……一度、試してみたいな」


「ロナルド殿下?」


 サーラの声に、ロナルドは顔を上げた。


「何か考え事ですか?」


「……ああ」


 ロナルドは一度言葉を切る。


「少し、試してみたいことがある」


「試してみたいこと?」


「ああ」


 サーラが興味深そうに首を傾げる。


「もしかして、闇魔法のことですか?」


「それもある」


 ロナルドは自分の手へ視線を落とした。


「だが……もう一つの属性も、同時に使えないかと思っている」


「もう一つ……」


 サーラが目を瞬く。


 その意味を察したのか、少しだけ驚いた表情を浮かべた。


「風属性ですか?」


「ああ」


「なるほど……」


 サーラは少し考える。


「二属性を同時に運用する、ということですね」


「そうだ」


「面白そうですね」


「まだ、できるか分からないけどな」


「それなら、演習の中で無理のない範囲で試してみるのもいいかもしれません」


「そうだな」


 その会話を聞きながら、ミリアもちらりと振り返った。


「何のお話ですか?」


 サーラが微笑む。


「ロナルド殿下が、魔法を少し試してみたいそうです」


「試したいこと?」


 ミリアの目が輝いた。


「何をするんですか?」


「まだ確かなことは言えない」


「えー」


 ミリアが頬を膨らませる。


 ロナルドは思わず笑った。


「成功したら教える」


「本当ですか?」


「ああ」


「じゃあ、楽しみにしています!」


 ミリアが嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見て、ロナルドの表情も自然と和らいだ。


「……よし」


 レオナードが地図を畳む。


「そろそろ行こう」


「はい!」


 六人は再び歩き始めた。


 今度は、先ほどよりも少しだけ隊列が整っている。


 リンタスクが前方。


 その少し後ろにミリアとエレノア。


 サーラとロナルドが中央。


 最後尾をレオナードが担当する。


 互いの位置を確認しながら進む。


 しばらくすると――。


「……暑くなってきたな」


 リンタスクが額の汗を拭った。


「本当ですね」


 エレノアも周囲を見渡す。


 森を抜けるにつれ、空気が明らかに変わっていた。


 風が熱い。


 足元の草も少なくなり、代わりに黒っぽい岩が増えている。


「火属性の影響でしょうか?」


 ミリアが尋ねる。


「おそらくね」


 レオナードが答えた。


「結界石が近いのかもしれない」


 ミリアは周囲へ意識を広げる。


 魔力感知。


 水属性の魔物を探したときとは違う。


 周囲の空気そのものに、熱を帯びた魔力が混ざっている。


「……あります」


「何が?」


 ロナルドが尋ねる。


「火属性の魔力です」


 ミリアは目を細める。


「かなり強いです」


「結界石?」


「……分かりません」


 ミリアはさらに感知を広げる。


 その瞬間――。


「……!」


 足を止めた。


「どうした?」


 レオナードが振り返る。


「前方に魔力があります」


「魔物か?」


「はい」


 ミリアは頷いた。


「……一体です」


 リンタスクが構える。


「今度は一体か」


「でも……」


 ミリアの表情が曇る。


「魔力が、すごく大きいです」


 六人の表情が変わった。


 森の向こう。


 岩場の奥から――。


 ゴゴゴゴ……。


 地面が低く震え始める。


「来るぞ」


 レオナードが静かに告げる。


 次の瞬間。


 岩陰から、巨大な影が姿を現した。


 赤黒い身体。


 四本の脚。


 背中には、燃え上がるような鬣。


 口から漏れる息さえ、熱を帯びている。


「グルルル……」


 低い唸り声。


 その周囲には、炎のような魔力が渦巻いていた。


「……大きい」


 エレノアが息を呑む。


 リンタスクが一歩前へ出る。


「今度は、俺が――」


「待って」


 レオナードが手を上げた。


「先にミリアの感知を聞こう」


 リンタスクが止まる。


 ミリアは魔物を見つめた。


 身体の周囲を巡る火属性の魔力。


 そして、その奥にある――。


「……普通の魔物じゃありません」


「どういう意味だ?」


 ロナルドが尋ねる。


「火属性の魔力が、身体の中だけじゃなくて……周囲の岩や地面にも流れています」


「地面にも?」


 エレノアが驚く。


「はい」


 ミリアは頷いた。


「この場所全体が、この魔物の魔力で熱くなっているみたいです」


 レオナードが周囲を見渡した。


「つまり、ここでは魔物自身だけじゃなく、地形も利用してくる可能性がある」


「そういうことだと思います」


 レオナードは頷いた。


「分かった」


 そして、五人を見る。


「焦らずいこう」


 全員が頷いた。


「リンタスク」


「ああ」


「まずは魔物の動きを確認してくれ。無理に倒そうとしなくていい」


「分かった」


「エレノアはリンタスクの援護」


「はい」


「サーラとロナルドは中央から隙を狙う」


「分かりました」


「任せてください」


「ミリアは――」


 レオナードがミリアを見る。


「魔力の流れを見ていてほしい」


「はい!」


 ミリアは力強く頷いた。


 六人が、それぞれの位置につく。


 魔物が大きく身体を沈めた。


「来る!」


 ミリアが叫ぶ。


 直後――。


 ゴォォォッ!


 巨大な炎が、岩場を駆け抜けた。


「水よ!」


 リンタスクが両手を前へ出す。


 大量の水が噴き上がり、炎を正面から受け止める。


「ぐっ……!」


 水蒸気が一気に周囲へ広がった。


「リンタスク!」


 エレノアがすぐに魔力を重ねる。


「合わせます!」


「頼む!」


 二人の水魔法が重なった。


 リンタスクの水流がさらに厚みを増し、エレノアの水が炎の弱い部分へ正確に入り込んでいく。


 ゴォォォ……。


 炎が少しずつ押し返される。


「今です!」


 エレノアが叫んだ。


「水の流れを右へ!」


「分かった!」


 リンタスクが水流の向きを変える。


 炎が大きく逸れた。


「よし!」


 レオナードが叫ぶ。


「そのまま維持して!」


 だが――。


 魔物が地面を踏み鳴らした。


 ドンッ!


「……っ!」


 岩場の隙間から、突然炎が噴き上がる。


「下から!?」


 エレノアが目を見開く。


 ミリアは咄嗟に周囲を探った。


「右です!」


 叫びながら、手を前へ伸ばす。


「水よ!」


 ミリアの足元から水が生まれ、迫ってきた炎の勢いを弱める。


「ミリア!」


 ロナルドが驚く。


「水魔法……使えるようになったんだな」


「はい!」


 ミリアは炎を見据えた。


「まだ、少しだけですけど!」


 レオナードが頷く。


「十分だよ!」


 ミリアの水魔法によって、足元から噴き上がった炎が勢いを失う。


 だが、魔物は止まらない。


「グォォォッ!」


 咆哮とともに、赤黒い身体が大地を蹴った。


「来ます!」


 ミリアが叫ぶ。


「散開!」


 レオナードの指示が飛ぶ。


 六人が左右へ分かれる。


 直後――。


 ドォンッ!


 魔物の巨体が、先ほどまで六人がいた場所へ突っ込んだ。


 地面が大きく揺れる。


「速い……!」


 エレノアが息を呑む。


 巨体からは想像できないほどの速度だった。


「リンタスク、エレノア!」


「分かってる!」


 リンタスクが水魔法を放つ。


「水よ!」


 地面を走った水が、魔物の脚へ絡みつく。


 そこへエレノアが魔力を重ねた。


「もう少し、強く!」


「任せろ!」


 二人の水が魔物の脚を包み込む。


「今だ!」


 リンタスクが力を込める。


 だが――。


 魔物の身体から炎が一気に噴き出した。


「っ!」


 水が一瞬で蒸気へ変わる。


「そんな……!」


 エレノアが後ろへ下がる。


「水が効かないんじゃない!」


 ミリアが叫んだ。


「魔物の魔力が、水を押し返しています!」


 ミリアには見えていた。


 魔物の脚へ絡みついた水。


 その内側から、火属性の魔力が激しく流れている。


 まるで水そのものを焼き払うように。


「だったら、一度に全部止めようとしない!」


 レオナードが叫ぶ。


「リンタスク、足元を狙って!」


「分かった!」


「エレノアはその後を!」


「はい!」


 二人が同時に動いた。


 リンタスクが魔物の右脚へ水を集中させる。


 エレノアは反対側へ回り、左脚へ水を絡ませた。


「せーのっ!」


 二人の魔法が同時に弾ける。


「グォッ!」


 魔物の身体が大きく傾いた。


「今!」


 サーラが手をかざす。


「闇よ!」


 黒い魔力が魔物の影へ入り込み、動きを鈍らせる。


「ロナルド殿下!」


「分かっている!」


 ロナルドも続けて闇魔法を放つ。


 サーラが作った隙間へ、自分の魔力を集中させていく。


 魔物の脚が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……今なら!」


 ミリアが魔力感知を強める。


 魔物の身体を巡る火属性の魔力。


 頭。


 胴体。


 脚。


 そして――。


「……あれ?」


 ミリアは眉を寄せた。


「どうした?」


 レオナードが尋ねる。


「魔力の流れが……さっきと違います」


 ミリアは目を閉じる。


 集中する。


 魔物の周囲。


 地面。


 岩。


 そして魔物自身。


「魔物が魔力を吸い上げています」


「吸い上げている?」


「はい」


 ミリアは頷いた。


「周りの岩や地面にある火属性の魔力を、自分の身体へ集めているみたいです」


 レオナードが周囲を見渡した。


「だから、この場所にいる限り魔力が尽きないのか……」


「たぶん!」


 ミリアが答える。


「だったら――」


 レオナードがすぐに判断する。


「この場所から引き離そう」


「どうやって?」


 エレノアが尋ねる。


「水で周囲の熱を抑えて、移動できる場所を作る」


 レオナードはリンタスクとエレノアを見る。


「二人ならできるかい?」


「やります!」


 エレノアが即答する。


「俺もやる!」


 リンタスクも頷いた。


「ミリアは?」


「はい!」


「魔物がどこへ動くか、感知してくれ」


「分かりました!」


 六人が再び動き出した。


「リンタスク!」


「おう!」


 リンタスクが大地へ両手をつく。


「水よ――!」


 大量の水が地面を走る。


 熱せられていた岩場を覆い、炎の勢いを少しずつ弱めていく。


「エレノア!」


「はい!」


 エレノアが水の流れを細かく分ける。


 リンタスクの大きな水流を、岩の隙間へ送り込む。


「こっちです!」


 熱を帯びた地面が、次々と冷えていく。


 魔物の身体を巡っていた火属性の魔力が、わずかに弱まった。


「今です!」


 ミリアが叫ぶ。


「魔物が右へ動きます!」


「分かった!」


 レオナードが指示を飛ばす。


「ロナルド、サーラ!」


「はい!」


「任せてください!」


 二人が魔物の進路へ回り込む。


「闇よ!」


 サーラの闇魔法が魔物の足元へ広がる。


 ロナルドも、その隣から闇魔法を放った。


 魔物の動きが、わずかに鈍る。


「……っ」


 ロナルドの眉がわずかに寄る。


 闇魔法を一点へ集中させる。


 その瞬間――。


 魔物が大きく身体を振った。


「危ない!」


 ミリアが叫ぶ。


 炎をまとった尾が、ロナルドとサーラへ迫る。


「サーラ!」


「はい!」


 二人が同時に後ろへ飛ぶ。


 炎が地面を薙ぎ払った。


「大丈夫か!」


 レオナードが叫ぶ。


「大丈夫です!」


 サーラが答える。


 ロナルドも頷いた。


「問題ない!」


 そのとき、ミリアが魔物を見つめた。


「……今です」


「どうした?」


 レオナードが振り返る。


「魔物の魔力が、一瞬だけ乱れました」


「どこだ?」


「胸です」


 ミリアが指を向ける。


「胸の奥に、火属性の魔力が集まっています」


「核か?」


「まだ分かりません。でも……」


 ミリアは目を細める。


「さっきより、はっきり見えます」


 ロナルドが魔物を見据えた。


「なら、そこを狙えばいい」


「待ってください」


 サーラが口を挟む。


「まだ魔物の周囲に炎が残っています。正面から攻撃すれば、こちらの魔法も燃やされます」


「確かに」


 レオナードが頷く。


「なら、もう一度だけ動きを止めよう」


 六人が互いに顔を見合わせる。


 今度は誰も先走らない。


 リンタスクが前へ。


 エレノアがその隣。


 ミリアは少し後ろ。


 サーラとロナルドは中央。


 レオナードが全員を見渡す。


「いくよ」


 その声に、五人が頷いた。


「はい!」


 リンタスクとエレノアが、同時に水魔法を放つ。


 大量の水が魔物の左右から迫る。


 魔物が炎を噴き上げる。


 だが――。


「今度は負けない!」


 リンタスクが叫ぶ。


 エレノアが魔力を細く、鋭く集中させる。


「水の流れを、ここへ!」


 二人の水魔法が重なった。


 炎が押し返される。


 魔物の動きが鈍った。


「サーラ!」


「はい!」


 闇が地面を覆う。


「ロナルド!」


「ああ!」


 ロナルドも闇魔法を放つ。


 魔物の四本の脚が、再び地面へ縫い留められた。


「今です!」


 ミリアが叫ぶ。


「胸の中央!」


 レオナードが頷く。


「ロナルド、狙えるか?」


「……」


 ロナルドは魔物を見つめた。


 闇だけでは足りない。


 もっと速く。


 もっと強く。


 自分の風を――。


 ロナルドは右手を前へ向ける。


 そこに闇の魔力が集まった。


 同時に、左手へ風の魔力を集める。


 二つの魔力は混ざらない。


 それぞれ別々の流れを保ったまま、ロナルドの意思によって同時に動き始める。


「……これなら」


 ロナルドが呟く。


 闇が魔物の足元へ伸びる。


 そのすぐ脇を、風が駆け抜ける。


 異なる二つの魔法が、互いに干渉することなく同時に進んでいく。


「ロナルド殿下……?」


 サーラが目を見開く。


 これまでとは違う。


 闇に風が混ざっているわけではない。


 闇は闇として。


 風は風として。


 それぞれが独立したまま、一つの意思によって操られている。


 二属性同時運用。


 ロナルドが、初めて形にしようとしていた。


「ロナルド!」


 レオナードの声が響いた。


「今だ!」


 ロナルドは顔を上げる。


「分かりました!」


 右手の闇が魔物の動きを抑える。


 左手の風が、炎の流れを押し分ける。


 二つの魔法が別々に動きながら、同じ標的へ向かっていく。


 風が炎を左右へ押し流す。


 その開いた隙間を――。


 闇が一直線に突き進む。


「……っ!」


 ミリアの魔力感知が、一気に強くなる。


「見えました!」


 ミリアが叫ぶ。


「胸の中央です!」


 ロナルドの目が鋭くなる。


「分かった!」


 風がさらに勢いを増す。


 闇は細く、鋭く収束していく。


 二つの属性は決して一つにはならない。


 それでも――。


 同じ瞬間に。


 同じ敵へ。


 それぞれの力が向かっていく。


「これで――!」


 風が炎を押し流す。


 その隙間を縫うように、闇が魔物の胸元へ迫った。


「グォォォッ!」


 魔物が大きく身体をよじる。


 だが、リンタスクとエレノアの水魔法が四本の脚を押さえている。


 サーラの闇魔法もまた、魔物の動きを鈍らせていた。


「今です!」


 ミリアの声が響く。


「胸の中央!」


「分かっている!」


 ロナルドが叫ぶ。


 右手の闇。


 左手の風。


 二つの魔力を、それぞれ別の流れとして維持する。


 風は炎を押し退ける。


 闇はその隙間を進む。


 どちらも混ざらない。


 それでも、ロナルドの意思によって同じ場所へ向かっていく。


「……っ!」


 ロナルドの額に汗が浮かぶ。


 二つの魔法を同時に操る。


 思っていた以上に、集中力を使う。


 片方へ意識を向ければ、もう片方が乱れる。


 けれど――。


「まだ……!」


 ロナルドは歯を食いしばった。


 風が一段強くなる。


 ゴォォォッ!


 炎が左右へ押し分けられる。


 その中央を、闇が一直線に進んだ。


「見えます!」


 ミリアが叫ぶ。


「核が……!」


 魔物の胸の奥。


 火属性の魔力が凝縮した一点が、はっきりと浮かび上がる。


「そこです!」


「――そこか!」


 ロナルドの目が鋭くなる。


 風が魔物の身体を包み込む。


 けれど、その風は闇を巻き込まない。


 風は炎を押し流すため。


 闇は核へ届かせるため。


 それぞれの役割を果たしている。


「ロナルド殿下!」


 サーラが叫ぶ。


「そのままです!」


「ああ!」


 ロナルドがさらに魔力を込める。


 右手の闇が鋭く伸びた。


 左手の風が、炎の壁を大きく押し広げる。


 そして――。


 闇が、核へ触れた。


 ――ドンッ!


 大きな衝撃が岩場を揺らした。


「グォォォォッ!」


 魔物が咆哮する。


 だが、まだ倒れない。


「……っ!」


 ロナルドが目を見開く。


「まだだ!」


 ミリアが叫んだ。


「核が……動いています!」


「動く?」


 レオナードが尋ねる。


「はい!」


 ミリアは魔力感知をさらに強める。


「核が胸の中央から……少し下へ移動しています!」


「逃げようとしているのか?」


「分かりません!」


 ミリアは首を振る。


「でも、このままだと……!」


「分かった」


 レオナードが即座に判断する。


「ロナルド、追えるか?」


「……やる!」


 ロナルドが答える。


 魔物の胸の中。


 ミリアが示した核の位置を追う。


 右手の闇を細くする。


 左手の風はそのまま維持する。


「もっと……集中……!」


 ロナルドの呼吸が荒くなる。


 サーラが心配そうに見つめる。


「ロナルド殿下、無理は――」


「大丈夫だ!」


 ロナルドは視線を逸らさない。


「ここまで来たんだ……!」


 ミリアが核を捉える。


「右です!」


 ロナルドが闇の軌道をわずかに変える。


「もう少し!」


「下です!」


 風が炎を押し退ける。


「今!」


 ミリアが叫んだ。


「そこです!」


 ロナルドが魔力を一気に収束させた。


 闇が核へ届く。


 ――パキンッ。


 何かが割れるような音が響いた。


「……!」


 魔物の動きが止まった。


 その瞬間。


 周囲を覆っていた炎が、一斉に消えた。


「……え?」


 エレノアが目を見開く。


 赤黒い身体から、少しずつ火属性の魔力が抜けていく。


「グ……」


 魔物が小さく唸る。


 そして――。


 ドォン……。


 巨大な身体が、ゆっくりと地面へ崩れ落ちた。


 岩場に静寂が戻る。


「……終わった?」


 リンタスクが息を切らしながら呟く。


「まだ待って」


 ミリアが手を上げた。


 目を閉じる。


 魔力感知。


 魔物。


 地面。


 岩。


 周囲を丁寧に探っていく。


 先ほどまで感じていた強烈な火属性の魔力は、急速に薄れていた。


「……大丈夫です」


 ミリアが目を開く。


「もう、魔物の魔力はほとんど残っていません」


「よし……」


 リンタスクが大きく息を吐いた。


「疲れた……」


「ふふ」


 エレノアが小さく笑った。


「でも、今回は前よりうまくいきましたね」


「ああ」


 リンタスクも笑う。


「みんなで動けたからな」


 レオナードが頷く。


「うん。誰か一人で倒したわけじゃない」


 レオナードは周囲を見渡した。


「リンタスクとエレノアが魔物の動きを止めて、サーラが闇で拘束する。ミリアが魔力の流れを見つけてくれた」


 そして、ロナルドを見る。


「そしてロナルドが、最後を決めた」


「……俺だけじゃない」


 ロナルドは小さく首を振った。


「みんなが作ってくれた隙があったからできた」


「そうだね」


 レオナードが微笑む。


「それも今回の演習で大切なことだ」


 サーラがロナルドへ近づく。


「ロナルド殿下」


「ああ」


「先ほどの魔法……」


 サーラが少し考える。


「やはり、二属性同時運用ですか?」


「……そうだと思う」


 ロナルドは自分の両手を見る。


「闇と風を一緒にしたわけじゃない」


 右手を見る。


「闇は闇のまま」


 次に左手を見る。


「風は風のまま」


 そして、二つの手を見比べる。


「それぞれを別々に動かして、同じタイミングで使った」


「なるほど……」


 サーラが納得したように頷く。


「だから、見た目は黒い風のように見えても、魔法そのものは混ざっていないんですね」


「ああ」


 ロナルドも頷いた。


「まだ完璧じゃないけどな」


「でも、初めてとは思えないくらい綺麗でした」


「……ありがとう」


 ロナルドが少し照れたように笑う。


 ミリアも嬉しそうに二人の会話を聞いていた。


「すごかったです!」


 ロナルドが振り返る。


「ミリア?」


「ロナルド様の魔法!」


 ミリアは目を輝かせる。


「風が炎をどかして、その間を闇が進んでいくの!」


 両手を使って、先ほどの動きを真似する。


「まるで二人で一緒に戦ってるみたいでした!」


「……二人で?」


「はい!」


 ミリアが元気よく頷く。


「風と闇が、それぞれ頑張ってる感じ!」


「……そうか」


 ロナルドは少しだけ目を細めた。


「そういう見方もあるんだな」


 その肩の上で、ライトが楽しそうに笑う。


『ミリア、ロナルド様の魔法、気に入ったんですねー』


「うん!」


『ふふーん』


「なに?」


『なんでもないですよー』


「もう……」


 ミリアが頬を膨らませる。


 その様子に、エレノアがくすりと笑った。


「それにしても、ロナルド様」


 エレノアがロナルドを見る。


「二つの属性を同時に扱うなんて、本当にすごいですね」


「まだ練習中だ」


「それでもです」


 リンタスクも頷く。


「俺なんて水だけで精一杯だからな」


「リンタスクだって、さっきすごかったですよ」


 ミリアが言う。


「エレノアと一緒に魔物の脚を止めてたじゃないですか!」


「そうか?」


「はい!」


 ミリアが大きく頷く。


「みんな違う魔法だから、できることも違うんですよ!」


「……確かに」


 レオナードが微笑んだ。


「それこそ、今回の演習の目的かもしれないね」


 六人が顔を見合わせる。


 そのとき――。


 岩場の奥から、淡い光が漏れ始めた。


「……あれ?」


 ミリアが振り返る。


 倒れた魔物の向こう。


 岩陰に隠れていた何かが、ゆっくりと光を放っている。


「結界石だ!」


 リンタスクが声を上げた。


 六人が一斉にそちらへ向かう。


 そこには、水属性の結界石と同じ形をした石があった。


 ただし――。


 表面に刻まれている紋章は、炎を思わせる形をしている。


「火属性の結界石ですね」


 ミリアが嬉しそうに言う。


「うん」


 レオナードが頷いた。


「これを起動すれば、二つ目だ」


 六人が結界石を囲む。


「それじゃあ、いこう」


 レオナードの声に、全員が頷いた。


 それぞれが手をかざす。


 六人それぞれの魔力が、ゆっくりと結界石へ流れ込んでいく。


 無色だった石に、少しずつ赤い光が宿る。


「……!」


 ミリアが息を呑む。


 パァァァッ――。


 結界石全体へ光が広がった。


 そして――。


 鮮やかな赤色に染まる。


「二つ目、成功!」


 リンタスクが拳を握る。


「やった!」


 ミリアも嬉しそうに声を上げた。


 レオナードが頷く。


「順調だね」


 だが――。


 その瞬間。


 遠くから、また鐘の音が響いた。


 カーン――。


 六人が一斉に顔を上げる。


「次の合図かな?」


 エレノアが尋ねる。


 レオナードが懐中時計を確認する。


「まだ演習終了ではない」


 そして、地図を開いた。


「次の結界石は――風属性だ」


 レオナードが森の向こうを指す。


「ここから少し距離がある」


「じゃあ、行きましょう!」


 ミリアが元気よく答える。


「うん」


 レオナードが地図を畳む。


 六人は再び歩き始めた。


 水。


 そして火。


 二つの結界石を起動した。


 次に待っているのは――風。


 けれど、ミリアたちはもう、最初の頃とは違っていた。


 互いの魔力を感じ。


 互いの動きを読み。


 それぞれが自分の役割を果たす。


 そして、足りないところを仲間が補う。


 少しずつ。


 確実に。


 六人の連携は形になり始めていた。


 その中で――。


 ロナルドは歩きながら、もう一度だけ自分の両手を見た。


 闇と風。


 二つの属性。


 混ぜるのではなく、別々に。


 同時に。


「……二属性同時運用、か」


 小さく呟く。


 まだ始まったばかりだ。


 けれど――。


 今まで知らなかった可能性が、少しだけ見えた気がした。


「ロナルド様?」


 前を歩いていたミリアが振り返る。


「どうしたんですか?」


「……なんでもない」


 ロナルドは微笑む。


「行こう」


「はい!」


 ミリアが笑う。


 六人は、次の結界石へ向かって歩き出した。


 その背中には、先ほどまでとは違う自信が宿っていた。


 そして――。


 演習は、まだ終わらない。


 次に待つのは、風の結界石だった。

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