第二十八話 白銀の国への招待
――冬休み。
中等部一年生課程を終えた王立学院は、静かな冬の装いに包まれていた。
朝晩の冷え込みは日に日に厳しくなり、学院の庭園には薄く雪が積もっている。
つい先日まで生徒たちの声で賑わっていた校舎も、今ではどこか寂しげだ。
冬季休暇に入り、生徒たちはそれぞれの故郷へ帰っていった。
ミリアもまた、テルファメート侯爵家へ戻っていた。
「はぁ~~……」
暖炉の前のソファへ身体を預け、ミリアは大きく伸びをする。
「冬休みって最高……」
『ねえ、ミリア』
「ん?」
頭上から声が降ってくる。
見上げると、黄金色の髪を揺らしながらライトがふわふわと飛んでいた。
『冬休みって、毎日お休みなの?』
「そうだよ」
『ずーっと?』
「ずーっと」
『最高じゃん!』
「ライト、学院にいる時だって、授業中よく寝てたじゃん」
『だって眠いんだもん』
「威張ることじゃないでしょ」
『でも冬休みなら、もっと寝られるよ?』
「……まあ、それはそうだけど」
『でしょ?』
「認めちゃった……」
ミリアは苦笑する。
ライトと契約してから、随分と時間が経った。
最初の頃は、妖精と一緒に過ごすことにも戸惑っていた。
けれど今では、ライトが傍にいることが当たり前になっている。
嬉しい時も。
楽しい時も。
ちょっと落ち込んだ時も。
いつだってライトは一緒だった。
だからこそ、こうした何気ない会話さえ、ミリアにとっては大切な日常になっている。
『ねえねえ、冬休みは何するの?』
「うーん……」
ミリアは少し考える。
「本を読んだり、お菓子作ったり。あとは家族とゆっくりしたりかな」
『それだけ?』
「それだけって……」
『せっかくのお休みなのに』
「じゃあ、ライトは何したいの?」
『雪!』
「……即答だね」
『雪で遊びたい!』
「まだそんなに積もってないよ?」
『じゃあ、積もるまで待つ!』
「気が長いなぁ」
『雪だるま作りたい!』
「はいはい」
『雪合戦もしたい!』
「はいはい」
『雪の中に寝転がりたい!』
「それはダメ」
『なんで!?』
「風邪ひくから」
『ミリアも一緒なら?』
「もっとダメ」
『えー……』
ライトが頬を膨らませる。
ミリアは思わず笑った。
「雪遊びは、ちゃんと積もってからね」
『約束?』
「うん、約束」
『やったー!』
ライトが嬉しそうに宙をくるくる回る。
「そんなに雪が楽しみなんだ?」
『だって、雪って特別じゃん!』
「……うん。そうだね」
ミリアは窓の外へ視線を向けた。
まだ雪は積もっていない。
けれど、白い景色を想像すると、ふと前世の記憶が蘇った。
――子どもの頃。
雪が積もった朝、家族と一緒に外へ飛び出したことがあった。
父と雪だるまを作って、母と雪合戦をして。
寒くて手が真っ赤になっているのに、夢中になって遊んでいた。
家に戻れば、母が温かい飲み物を用意してくれていて。
冷えた手を温めながら、家族みんなで笑った。
そんな、何気ない冬の日。
今となっては遠い昔の記憶だった。
「……懐かしいな」
『ミリア?』
「ん?」
『どうしたの?』
「ううん。ちょっと昔のこと思い出してた」
『昔?』
「うん。前に住んでたところでも、雪が降ると家族で遊んだんだ」
『へぇ! ミリアも雪だるま作ったの?』
「作ったよ。結構大きなの」
『じゃあ、今度はもっと大きいの作ろう!』
「え?」
『前より大きいやつ!』
「ふふっ。ライト、張り合うところそこ?」
『だって負けたくないもん!』
「雪だるまに勝ち負けあるの?」
『ある!』
「ないよ(笑)」
『あるの!』
「はいはい(笑)」
ミリアは笑いながら、窓の外を見つめた。
前世で過ごした冬。
違う場所で、違う家族と。
けれど――。
こうしてまた、雪を楽しみに思えることが、少し嬉しかった。
ミリアが窓の外を見る。
ライトが楽しみにしている気持ちも、少し分かる気がした。
その時――。
コンコン。
扉を叩く音が響いた。
「ミリア、入ってもいいかしら?」
母ミルティアの声だった。
「うん、どうぞ」
扉が開き、ミルティアが一通の封書を手にして入ってくる。
「あなたにお手紙が届いているわ」
「私に?」
「ええ」
ミリアは首を傾げながら封書を受け取った。
上質な白い封筒。
そして、その封蝋に刻まれた紋章を見た瞬間――。
「……あれ?」
『どうしたの?』
ライトがミリアの肩越しに覗き込む。
「この紋章……」
見覚えがある。
「ダーガトーク王家?」
「そうみたいね」
ミルティアが頷く。
「お父様のところにも、正式な書状が届いているそうよ」
「父様にも?」
「ええ」
ミリアは封筒を見つめる。
いったい、何の用だろう。
ふと、ロナルドの顔が頭に浮かんだ。
『ロナルドかな?』
「え?」
『だってダーガトークからでしょ?』
「まだ分かんないよ」
『でも、ロナルドだったらいいね』
「……」
ミリアは少しだけ頬を緩める。
「そうだね」
『ふふっ』
「何?」
『別にー』
「その顔、絶対なんか考えてるでしょ」
『考えてないよ?』
「怪しいなぁ……」
ミリアは苦笑しながら封を切った。
中から、上質な便箋を取り出す。
そこには、丁寧な文字で招待の内容が記されていた。
読み進めるにつれて、ミリアの目が大きくなっていく。
「……え?」
「どうしたの?」
ミルティアが尋ねる。
「これ……」
ミリアは便箋を見つめた。
冬季休暇中、ダーガトーク王国王都にて開催される小規模な歓迎会への招待。
冬のダーガトークは雪が深く、遠方の貴族に無理に出席を求めることはない。
今回招待されるのも、主に王都周辺に領地を持つ貴族や、王家と親交の深い家々。
そして――。
「……タルトミアからは、私だけ?」
「そういうことみたいね」
ミルティアが微笑む。
ミリアはもう一度、手紙へ目を落とした。
その最後には、はっきりと記されている。
『なお、本招待は第二王子ロナルド・ユーア・ダーガトーク殿下たってのご希望によるものです』
「…………」
ミリアは固まった。
『ほら!』
「ライト……」
『やっぱりロナルドじゃん!』
「うん……」
『ミリア、会いたかったんじゃない?』
「え?」
『ロナルドに』
「……」
ミリアは少しだけ考える。
学院が冬休みに入って、まだ数日。
それなのに、毎日のように顔を合わせていた仲間たちと会えなくなったことが、思った以上に寂しかった。
「……うん」
『ふふっ』
「なに?」
『ううん。よかったね』
「……うん」
ミリアは手紙を胸元へ抱えた。
「私も、会いたいな」
自然と笑みが浮かぶ。
『じゃあ、行こう!』
「そう簡単には決められないよ」
『でも行きたいんでしょ?』
「……それは、そうだけど」
『じゃあ決まり!』
「ライトが決めないの」
『えー』
「ふふっ」
ミリアは笑った。
そして、もう一度手紙へ視線を落とす。
ロナルドが、自分を招待してくれた。
それだけで、胸の奥が少し温かくなる。
「……ロナルドの故郷、見てみたいな」
『雪もいっぱいあるよ!』
「そっちが本命じゃない?」
『もちろん!』
「やっぱり……」
ミリアは呆れながらも、楽しそうに笑った。
◇◇◇
その日の夕刻。
ミリアは父リンフォルの執務室を訪れていた。
「父様」
「入れ」
扉を開けると、リンフォルは机の上に広げたダーガトーク王家からの書状へ目を通していた。
「座りなさい」
「うん」
ミリアは父の向かいへ腰を下ろす。
「招待状の件だが」
「うん」
「内容は確認した」
リンフォルは書状を閉じる。
「冬季のダーガトークは、例年かなりの積雪がある」
「そんなに?」
「ああ。タルトミアとは比べものにならない地域もあるそうだ」
「へぇ……」
『雪、いっぱい!?』
「ライト、まだ分かんないよ」
『でも多いって!』
「聞こえてるってば」
「……?」
リンフォルが首を傾げる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
ミリアは慌てて笑う。
リンフォルは少し不思議そうにしながらも、話を続けた。
「道中については王家が責任を持つそうだ。往復の護衛も手配される」
「うん」
「滞在中は王城で過ごすことになる」
「王城……」
ミリアの背筋が少し伸びる。
『王城だって!』
「ライト、ちょっと静かに」
『だって王城だよ!?』
「分かってるから」
『どんなお菓子あるかな』
「そこなの?」
『大事でしょ』
「まあ……ライトらしいけど」
ミリアは小さく笑った。
リンフォルがミリアを見る。
「それで、ミリア」
「うん」
「お前自身はどうしたい?」
ミリアは迷わなかった。
「行きたい」
リンフォルが目を細める。
「理由は?」
「ロナルドの故郷を見てみたい」
ミリアはまっすぐ父を見る。
「それに、ロナルドにも会えるから」
「……そうか」
「うん」
ミリアは少しだけ笑った。
「冬休みになって、みんなに会えないのはちょっと寂しいし。でも、ロナルドには会えるから」
リンフォルはしばらく娘を見つめた。
やがて――。
「分かった」
「え?」
「行ってきなさい」
「本当!?」
「ああ」
「やった!」
『やったーーー!』
ミリアとライトの声が重なる。
「雪遊びできる!」
「そこ?」
「……あ」
ミリアは慌てて口を押さえる。
リンフォルは苦笑した。
「随分と楽しみにしているようだな」
「う、うん!」
『雪だるま!』
「うん、雪だるまも作ろう」
『雪合戦!』
「それも!」
『やったー!』
「ふふっ」
ミリアは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
数日後。
ダーガトーク王国へ向かう日がやってきた。
屋敷の前には、王家から手配された馬車が停まっている。
護衛の騎士たちも準備を整え、出発を待っていた。
「忘れ物はない?」
ミルティアがミリアの外套を整える。
「大丈夫だよ」
『お菓子は?』
「持ったよ」
『ほんと!?』
「ライトの分もある」
『やったー!』
「そんなに喜ぶ?」
『だって大事だもん!』
「はいはい」
ミリアは笑う。
ミルティアには、ミリアが一人で楽しそうに笑っているように見える。
「ふふっ。そんなに楽しみなのね」
「うん!」
「向こうはかなり寒いそうだから、気をつけるのよ」
「分かってる」
『雪の中に寝転がるのは?』
「それは禁止」
『えー!』
「風邪ひくって言ったでしょ」
『ちょっとだけなら?』
「ダメ」
『けちー』
「誰がけちですって?」
ミリアは笑いながらライトを睨む。
「何でもないよ!」
リンタスクも見送りに来ていた。
「ダーガトークは本当に寒いらしいぞ」
「お兄様、行ったことあるの?」
「ない」
「ないんだ……」
「話には聞いてる」
「それなら、あんまり偉そうに言えないんじゃ……」
「細かいことは気にするな」
リンタスクは笑いながら、ミリアの頭を軽く撫でた。
「風邪ひくなよ」
「うん」
「それと、王族の方々に迷惑をかけるな」
「分かってるよ」
『雪ではしゃぎすぎないようにね』
「……ライトまで」
「え?」
リンタスクが首を傾げる。
「何でもない!」
ミリアは慌てて笑った。
やがて、出発の時間が近づく。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね」
「うん!」
ミリアが馬車へ乗り込む。
扉が閉じる。
ゆっくりと馬車が動き始めた。
窓から外を見る。
家族が手を振っている。
ミリアも笑顔で手を振り返した。
「行ってきます!」
やがて屋敷が遠ざかっていく。
『ミリア!』
「なに?」
『ダーガトークに着いたら、雪で遊ぼうね!』
「うん」
『雪だるま作ろう!』
「作ろう」
『雪合戦も!』
「それは……」
『やろうよ!』
「……ロナルドにもお願いしてみようか」
『やった!』
ライトが嬉しそうに飛び跳ねる。
ミリアも笑った。
馬車はタルトミアの街を抜け、北へ向かって進んでいく。
少しずつ景色が変わっていく。
そして――。
窓の外に、白いものが舞い始めた。
「……あ」
ミリアは窓へ顔を近づける。
一片。
また一片。
小さな雪が、空から静かに舞い落ちてくる。
『雪!!』
「ふふっ」
『雪だよ、ミリア!』
「分かってるって」
『いっぱい降ってきた!』
「本当だね」
『もっと降るかな?』
「どうだろう」
『もっと降ってほしい!』
「そんなに?」
『だって雪だるま作るんだもん!』
「ふふっ」
ミリアは笑った。
やがて雪は少しずつ増えていく。
街道も。
木々も。
遠くの山々も。
白く染まっていった。
「綺麗……」
『ねえ、ミリア』
「ん?」
『ロナルド、喜ぶかな?』
「何が?」
『ミリアが来ること』
「……」
ミリアは少しだけ考えた。
「どうかな」
『喜ぶと思う』
「ふふっ。そうだったら嬉しいね」
『ミリアは?』
「私?」
『会えるの、嬉しい?』
「……うん」
ミリアは素直に頷いた。
「楽しみ」
『ふふーん』
「なに、その顔」
『別にー』
「絶対何か考えてる……」
『考えてないよー』
「怪しいなぁ」
二人の声が馬車の中に響く。
やがて――。
「お嬢様」
御者の声が聞こえた。
「まもなく王都へ入ります」
「はい!」
ミリアは窓の外を見る。
雪の向こう。
白銀に包まれた巨大な城壁が、ゆっくりと姿を現していた。
その中央に掲げられているのは、ダーガトーク王家の紋章。
「……すごい」
『わぁ……!』
ライトまで思わず声を上げる。
「これが……ダーガトーク王国」
ミリアは目を輝かせた。
門がゆっくりと開いていく。
その先には、雪に覆われた街並みが広がっていた。
白い屋根。
雪の積もった街路樹。
暖かな明かりが灯る店々。
白い息を吐きながら歩く人々。
タルトミアとは、まるで違う景色。
ミリアは窓から離れられなかった。
『ミリア』
「なに?」
『すごいね』
「……うん」
『ここがロナルドの国なんだ』
「そうだね」
ミリアは静かに微笑んだ。
やがて馬車は白銀の王都を抜け、その先にそびえる王城へ向かっていく。
まだ見たことのない国。
まだ知らない景色。
そして――。
この国で待っている、ロナルドとの再会。
ミリアは胸を弾ませながら、白銀の王城を見つめた。
隣ではライトが、窓の外の雪を飽きることなく眺めている。
『ねえミリア』
「ん?」
『早く雪で遊びたい!』
「ふふっ」
ミリアは笑った。
白銀に染まった街並みの向こうに、巨大な城が姿を現していた。
高くそびえる尖塔。
雪をまとった城壁。
その一つひとつが、タルトミアの王城とはまた違った重厚さを感じさせる。
「すごい……」
ミリアは窓から外を眺めながら、思わず呟いた。
『大きいね!』
「うん」
『ロナルド、こんなところに住んでるんだ』
「そうなんだよね……」
学院では、いつも同じ教室で過ごしていた。
授業を受けて。
一緒に訓練して。
昼食を食べて。
何気ない話をして。
そんな日常が当たり前になっていた。
けれど今、目の前に広がっているのは、そのロナルドが生まれ育った国だ。
そう思うと、不思議な気持ちになる。
「どんなところなんだろう……」
『楽しみだね!』
「うん」
やがて馬車が城門をくぐった。
雪を踏みしめる車輪の音が、静かな中庭へ響く。
馬車が止まる。
「お嬢様、到着いたしました」
「ありがとうございます」
扉が開く。
冷たい風が、一気に吹き込んできた。
「さむっ!」
『さむい!!』
「ライト、雪遊びするんじゃなかったの?」
『する! するけど寒い!』
「ふふっ」
ミリアは外套をしっかりと身体に巻きつけ、馬車から降りた。
足元には、ふかふかの雪。
一歩踏み出すと――。
ぎゅっ。
「わ……」
靴が雪へ沈み込む。
『すごーい!』
ライトがミリアの頭上を飛び回る。
『ふかふか!』
「本当だね」
ミリアが雪を少し掬い上げる。
冷たい。
けれど、不思議と懐かしい。
前世で家族と遊んだ雪景色とは違う。
けれど、雪を踏んだ時の感触だけは、どこか似ていた。
その時だった。
「ミリア!」
聞き慣れた声が響いた。
「……え?」
ミリアが顔を上げる。
城の入り口。
そこに、一人の少年が立っていた。
濃紺の髪。
エメラルドの瞳。
見慣れた顔。
「ロナルド様……!」
ミリアの顔がぱっと明るくなる。
ロナルドも、普段より少しだけ柔らかな表情を浮かべていた。
「久しぶりだな」
「はい! お久しぶりです!」
ミリアは嬉しそうに駆け寄る。
「本当に来てくれたんだな」
「はい」
「寒くないか?」
「大丈夫です」
「そうか」
ロナルドは小さく頷いた。
その横から、別の少年が姿を現した。
ミリアより少し年上に見える少年。
ロナルドとよく似た濃紺の髪と、エメラルドの瞳を持っている。
ただし、ロナルドよりもどこか人懐っこく、いたずら好きそうな笑みを浮かべていた。
「へぇ……」
少年は、興味深そうにミリアを見つめる。
「君がミリア嬢?」
「はい」
ミリアが礼儀正しく頭を下げる。
「初めまして。ミリア・テルファメートと申します」
「うん。知ってるよ」
少年は楽しそうに笑った。
「僕は――」
「兄上」
ロナルドがすかさず遮る。
「そこまでにしてください」
「まだ名前も言ってないんだけど?」
「どうせ余計なことを言うでしょう」
「ひどいなぁ」
少年は肩をすくめ、それから改めてミリアへ向き直った。
「僕は、ジーク・ユーア・ダーガトーク。ダーガトーク王国第一王子だよ」
「第一王子……!」
ミリアは慌てて、もう一度頭を下げる。
「よろしくね、ミリア嬢」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ジークはにこりと笑った。
その時、ロナルドが小さく息を吐く。
「……そういえば、エルディオ叔父上は?」
ジークが「ああ」と頷く。
「叔父上なら、今は外交で隣国へ出ているよ」
「そうですか」
「しばらく帰ってこないんじゃないかな。今回の歓迎会に顔を出せないのは残念がってたけどね」
「そうなんですね」
ミリアは頷いた。
ジークはふっと笑った。
「まあ、叔父上がいたら、僕より先にミリア嬢へいろいろ聞いていたかもしれないけど」
「……それは困ります」
ロナルドが即答する。
「ふふっ」
ミリアは思わず笑った。
「何がおかしいんだ?」
「いえ……ロナルド様、お兄様や叔父様のことをよく分かっていらっしゃるんだなって」
「……まあ、長い付き合いだからな」
「当たり前じゃない?」
ジークが笑う。
「兄弟なんだから」
ロナルドは少しだけ呆れたように兄を見る。
「兄上は、本当に……」
「はいはい。僕は黙ってるよ」
そう言いながらも、ジークの口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
すると兄は、ちらりとロナルドを見る。
「……なるほどね」
「何ですか」
「いや?」
ニヤニヤ。
「わざわざ遠いタルトミアから招待した理由が、ちょっと分かった気がして。」
ロナルドがわずかに眉を寄せる。
ミリアは意味が分からず首を傾げた。
「?」
「何でもありません」
ロナルドがすぐに話を切り上げる。
その様子を見て、兄はますます楽しそうに笑っていた。
「じゃあ、歓迎会まで少し時間があるから、城の中を案内してあげるよ」
「ありがとうございます」
「それから――」
兄は庭園の方を指差した。
「せっかく雪が積もってるんだ。ロナルドが朝からずっと、外を気にしてたし」
「兄上!」
「おっと」
ロナルドの顔が少し赤くなる。
「それは言わない約束では?」
「そんな約束してないけど?」
「……」
ミリアは思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「ミリア?」
「すみません」
「いや……」
ロナルドは少し困ったように目を逸らした。
そんな二人を見て、兄は口元を押さえる。
「……これは面白いな」
「兄上?」
「何でもないよ」
そう言うと、兄は先に城の中へ戻っていった。
ロナルドは小さく息を吐く。
「……すまない」
「え?」
「兄が、少し騒がしくて」
「そんなことないですよ」
ミリアは笑う。
「楽しそうなお兄様ですね」
「……まあ、そうだな」
「仲がいいんですね」
「……そう見えるか?」
「はい」
「なら、いい」
ロナルドは小さく笑った。
◇◇◇
そして――。
歓迎会まで少し時間があるということで、ミリアたちは城の庭園へ出ることになった。
白銀の庭。
木々には雪が積もり、花壇もすっかり雪に覆われている。
「わぁ……」
ミリアの目が輝く。
「すごい……!」
『雪いっぱい!』
ライトが嬉しそうに飛び回る。
「こんなに積もるんですね」
「ダーガトークでは、このくらい普通だ」
ロナルドが答える。
「タルトミアでは、ここまで積もることは少ないのか?」
「うん。私のところでは、ここまでの雪はあまり見ないかな」
「そうか」
ロナルドは少し考える。
「なら……」
「?」
「せっかくだ」
ロナルドが雪を一掴みする。
そして――。
「こういうのも、やってみるか?」
「……?」
ミリアが首を傾げる。
ロナルドが手の中の雪を丸めた。
「雪玉?」
「ああ」
「もしかして……」
ミリアの目が輝く。
「雪合戦?」
「そう」
「やりたい!」
即答だった。
ロナルドが少し驚いた顔をする。
「……そんなに?」
「だって、雪遊びなんて久しぶりだもん!」
ミリアは雪を両手で掬う。
「ライトもやる?」
『もちろん!』
ただし――。
妖精のライトは雪玉を作れない。
「ライトはどうするの?」
『応援係!』
「……それでいいの?」
『いいの!』
「ふふっ」
ミリアは笑いながら雪を丸める。
ロナルドも雪玉を作る。
「準備はいいか?」
「はい!」
「じゃあ――」
ロナルドが雪玉を構える。
「始めるぞ」
「はい!」
次の瞬間。
ぽすっ。
「……え?」
ミリアの肩に雪玉が当たった。
「ロナルド様!」
「先手必勝だ」
「もう!」
ミリアも雪玉を作る。
「それなら――!」
ぽすっ。
「……!」
今度はロナルドの肩へ命中した。
「やった!」
「……」
「ふふっ!」
ロナルドが雪玉を作り始める。
「ミリア」
「はい?」
「覚悟しておけ」
「えっ?」
次々と雪玉が飛んでくる。
「きゃっ!」
「待ってください!」
ミリアも負けじと雪玉を投げ返す。
白い雪が舞う。
笑い声が庭園へ響く。
『ミリア、右! 右!』
「えっ?」
ぽすっ。
「きゃー!」
『当たったー!』
「ライト、応援になってない!」
『だって面白いんだもん!』
「もう!」
ミリアは笑いながら雪玉を作る。
気づけば、ロナルドも笑っていた。
学院では見たことのない、子どもらしい笑顔。
ミリアはそれを見て、少しだけ嬉しくなった。
「ロナルド様、楽しそうですね」
「……ミリアもだろう」
「はい!」
雪が降り続く。
白い世界の中で、二人の笑い声が響いていた。
しばらくして――。
「はぁ……」
ミリアは雪の上へ座り込んだ。
「疲れた……」
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「そうか」
ロナルドも隣へ腰を下ろす。
しばらく二人で、静かな雪景色を眺めた。
「……来てくれて、ありがとう」
ロナルドがぽつりと呟く。
「え?」
「招待したのは俺だが……遠かっただろう」
「はい。でも……」
ミリアは笑う。
「来てよかったです」
「……そうか」
「ロナルド様の国も見てみたかったですし」
「なら、まだまだ見せたい場所がある」
「本当ですか?」
「ああ」
ロナルドは雪に覆われた庭園を見渡した。
「ここだけじゃない」
「城下町にも、見せたい場所がある」
「それに――」
一瞬だけ言葉を止める。
「冬だけじゃない」
「え?」
「春になれば花が咲く場所もある」
「夏なら湖が綺麗だ」
「秋には山が紅く染まる」
ロナルドはミリアを見る。
「……まだ、たくさんある」
ミリアは目を丸くした。
「じゃあ……」
嬉しそうに笑う。
「また来てもいいですか?」
「ああ」
ロナルドも笑った。
「卒業したら――」
ミリアが続ける。
「今度は、別の季節にダーガトークへ来てみたいです」
「……約束だ」
「はい!」
二人は雪の中で、小さく笑い合った。
遠くから、その様子を見ている人物がいた。
ロナルドの兄である。
「……なるほど」
口元に浮かぶ笑みは、明らかに楽しそうだった。
「これは……しばらく楽しめそうだな」
そんな兄の視線など知らず。
ミリアとロナルドは、降り続く雪を眺めていた。
冬のダーガトーク。
それは、二人にとって新しい思い出の始まりだった。




