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第二十八話 白銀の国への招待

 ――冬休み。


 中等部一年生課程を終えた王立学院は、静かな冬の装いに包まれていた。


 朝晩の冷え込みは日に日に厳しくなり、学院の庭園には薄く雪が積もっている。


 つい先日まで生徒たちの声で賑わっていた校舎も、今ではどこか寂しげだ。


 冬季休暇に入り、生徒たちはそれぞれの故郷へ帰っていった。


 ミリアもまた、テルファメート侯爵家へ戻っていた。


「はぁ~~……」


 暖炉の前のソファへ身体を預け、ミリアは大きく伸びをする。


「冬休みって最高……」


『ねえ、ミリア』


「ん?」


 頭上から声が降ってくる。


 見上げると、黄金色の髪を揺らしながらライトがふわふわと飛んでいた。


『冬休みって、毎日お休みなの?』


「そうだよ」


『ずーっと?』


「ずーっと」


『最高じゃん!』


「ライト、学院にいる時だって、授業中よく寝てたじゃん」


『だって眠いんだもん』


「威張ることじゃないでしょ」


『でも冬休みなら、もっと寝られるよ?』


「……まあ、それはそうだけど」


『でしょ?』


「認めちゃった……」


 ミリアは苦笑する。


 ライトと契約してから、随分と時間が経った。


 最初の頃は、妖精と一緒に過ごすことにも戸惑っていた。


 けれど今では、ライトが傍にいることが当たり前になっている。


 嬉しい時も。


 楽しい時も。


 ちょっと落ち込んだ時も。


 いつだってライトは一緒だった。


 だからこそ、こうした何気ない会話さえ、ミリアにとっては大切な日常になっている。


『ねえねえ、冬休みは何するの?』


「うーん……」


 ミリアは少し考える。


「本を読んだり、お菓子作ったり。あとは家族とゆっくりしたりかな」


『それだけ?』


「それだけって……」


『せっかくのお休みなのに』


「じゃあ、ライトは何したいの?」


『雪!』


「……即答だね」


『雪で遊びたい!』


「まだそんなに積もってないよ?」


『じゃあ、積もるまで待つ!』


「気が長いなぁ」


『雪だるま作りたい!』


「はいはい」


『雪合戦もしたい!』


「はいはい」


『雪の中に寝転がりたい!』


「それはダメ」


『なんで!?』


「風邪ひくから」


『ミリアも一緒なら?』


「もっとダメ」


『えー……』


 ライトが頬を膨らませる。


 ミリアは思わず笑った。


「雪遊びは、ちゃんと積もってからね」


『約束?』


「うん、約束」


『やったー!』


 ライトが嬉しそうに宙をくるくる回る。


「そんなに雪が楽しみなんだ?」


『だって、雪って特別じゃん!』


「……うん。そうだね」


 ミリアは窓の外へ視線を向けた。


 まだ雪は積もっていない。


 けれど、白い景色を想像すると、ふと前世の記憶が蘇った。


 ――子どもの頃。


 雪が積もった朝、家族と一緒に外へ飛び出したことがあった。


 父と雪だるまを作って、母と雪合戦をして。


 寒くて手が真っ赤になっているのに、夢中になって遊んでいた。


 家に戻れば、母が温かい飲み物を用意してくれていて。


 冷えた手を温めながら、家族みんなで笑った。


 そんな、何気ない冬の日。


 今となっては遠い昔の記憶だった。


「……懐かしいな」


『ミリア?』


「ん?」


『どうしたの?』


「ううん。ちょっと昔のこと思い出してた」


『昔?』


「うん。前に住んでたところでも、雪が降ると家族で遊んだんだ」


『へぇ! ミリアも雪だるま作ったの?』


「作ったよ。結構大きなの」


『じゃあ、今度はもっと大きいの作ろう!』


「え?」


『前より大きいやつ!』


「ふふっ。ライト、張り合うところそこ?」


『だって負けたくないもん!』


「雪だるまに勝ち負けあるの?」


『ある!』


「ないよ(笑)」


『あるの!』


「はいはい(笑)」


 ミリアは笑いながら、窓の外を見つめた。


 前世で過ごした冬。


 違う場所で、違う家族と。


 けれど――。


 こうしてまた、雪を楽しみに思えることが、少し嬉しかった。


 ミリアが窓の外を見る。


 ライトが楽しみにしている気持ちも、少し分かる気がした。


 その時――。


 コンコン。


 扉を叩く音が響いた。


「ミリア、入ってもいいかしら?」


 母ミルティアの声だった。


「うん、どうぞ」


 扉が開き、ミルティアが一通の封書を手にして入ってくる。


「あなたにお手紙が届いているわ」


「私に?」


「ええ」


 ミリアは首を傾げながら封書を受け取った。


 上質な白い封筒。


 そして、その封蝋に刻まれた紋章を見た瞬間――。


「……あれ?」


『どうしたの?』


 ライトがミリアの肩越しに覗き込む。


「この紋章……」


 見覚えがある。


「ダーガトーク王家?」


「そうみたいね」


 ミルティアが頷く。


「お父様のところにも、正式な書状が届いているそうよ」


「父様にも?」


「ええ」


 ミリアは封筒を見つめる。


 いったい、何の用だろう。


 ふと、ロナルドの顔が頭に浮かんだ。


『ロナルドかな?』


「え?」


『だってダーガトークからでしょ?』


「まだ分かんないよ」


『でも、ロナルドだったらいいね』


「……」


 ミリアは少しだけ頬を緩める。


「そうだね」


『ふふっ』


「何?」


『別にー』


「その顔、絶対なんか考えてるでしょ」


『考えてないよ?』


「怪しいなぁ……」


 ミリアは苦笑しながら封を切った。


 中から、上質な便箋を取り出す。


 そこには、丁寧な文字で招待の内容が記されていた。


 読み進めるにつれて、ミリアの目が大きくなっていく。


「……え?」


「どうしたの?」


 ミルティアが尋ねる。


「これ……」


 ミリアは便箋を見つめた。


 冬季休暇中、ダーガトーク王国王都にて開催される小規模な歓迎会への招待。


 冬のダーガトークは雪が深く、遠方の貴族に無理に出席を求めることはない。


 今回招待されるのも、主に王都周辺に領地を持つ貴族や、王家と親交の深い家々。


 そして――。


「……タルトミアからは、私だけ?」


「そういうことみたいね」


 ミルティアが微笑む。


 ミリアはもう一度、手紙へ目を落とした。


 その最後には、はっきりと記されている。


『なお、本招待は第二王子ロナルド・ユーア・ダーガトーク殿下たってのご希望によるものです』


「…………」


 ミリアは固まった。


『ほら!』


「ライト……」


『やっぱりロナルドじゃん!』


「うん……」


『ミリア、会いたかったんじゃない?』


「え?」


『ロナルドに』


「……」


 ミリアは少しだけ考える。


 学院が冬休みに入って、まだ数日。


 それなのに、毎日のように顔を合わせていた仲間たちと会えなくなったことが、思った以上に寂しかった。


「……うん」


『ふふっ』


「なに?」


『ううん。よかったね』


「……うん」


 ミリアは手紙を胸元へ抱えた。


「私も、会いたいな」


 自然と笑みが浮かぶ。


『じゃあ、行こう!』


「そう簡単には決められないよ」


『でも行きたいんでしょ?』


「……それは、そうだけど」


『じゃあ決まり!』


「ライトが決めないの」


『えー』


「ふふっ」


 ミリアは笑った。


 そして、もう一度手紙へ視線を落とす。


 ロナルドが、自分を招待してくれた。


 それだけで、胸の奥が少し温かくなる。


「……ロナルドの故郷、見てみたいな」


『雪もいっぱいあるよ!』


「そっちが本命じゃない?」


『もちろん!』


「やっぱり……」


 ミリアは呆れながらも、楽しそうに笑った。


     ◇◇◇


 その日の夕刻。


 ミリアは父リンフォルの執務室を訪れていた。


「父様」


「入れ」


 扉を開けると、リンフォルは机の上に広げたダーガトーク王家からの書状へ目を通していた。


「座りなさい」


「うん」


 ミリアは父の向かいへ腰を下ろす。


「招待状の件だが」


「うん」


「内容は確認した」


 リンフォルは書状を閉じる。


「冬季のダーガトークは、例年かなりの積雪がある」


「そんなに?」


「ああ。タルトミアとは比べものにならない地域もあるそうだ」


「へぇ……」


『雪、いっぱい!?』


「ライト、まだ分かんないよ」


『でも多いって!』


「聞こえてるってば」


「……?」


 リンフォルが首を傾げる。


「どうした?」


「ううん、なんでもない」


 ミリアは慌てて笑う。


 リンフォルは少し不思議そうにしながらも、話を続けた。


「道中については王家が責任を持つそうだ。往復の護衛も手配される」


「うん」


「滞在中は王城で過ごすことになる」


「王城……」


 ミリアの背筋が少し伸びる。


『王城だって!』


「ライト、ちょっと静かに」


『だって王城だよ!?』


「分かってるから」


『どんなお菓子あるかな』


「そこなの?」


『大事でしょ』


「まあ……ライトらしいけど」


 ミリアは小さく笑った。


 リンフォルがミリアを見る。


「それで、ミリア」


「うん」


「お前自身はどうしたい?」


 ミリアは迷わなかった。


「行きたい」


 リンフォルが目を細める。


「理由は?」


「ロナルドの故郷を見てみたい」


 ミリアはまっすぐ父を見る。


「それに、ロナルドにも会えるから」


「……そうか」


「うん」


 ミリアは少しだけ笑った。


「冬休みになって、みんなに会えないのはちょっと寂しいし。でも、ロナルドには会えるから」


 リンフォルはしばらく娘を見つめた。


 やがて――。


「分かった」


「え?」


「行ってきなさい」


「本当!?」


「ああ」


「やった!」


『やったーーー!』


 ミリアとライトの声が重なる。


「雪遊びできる!」


「そこ?」


「……あ」


 ミリアは慌てて口を押さえる。


 リンフォルは苦笑した。


「随分と楽しみにしているようだな」


「う、うん!」


『雪だるま!』


「うん、雪だるまも作ろう」


『雪合戦!』


「それも!」


『やったー!』


「ふふっ」


 ミリアは嬉しそうに笑った。


     ◇◇◇


 数日後。


 ダーガトーク王国へ向かう日がやってきた。


 屋敷の前には、王家から手配された馬車が停まっている。


 護衛の騎士たちも準備を整え、出発を待っていた。


「忘れ物はない?」


 ミルティアがミリアの外套を整える。


「大丈夫だよ」


『お菓子は?』


「持ったよ」


『ほんと!?』


「ライトの分もある」


『やったー!』


「そんなに喜ぶ?」


『だって大事だもん!』


「はいはい」


 ミリアは笑う。


 ミルティアには、ミリアが一人で楽しそうに笑っているように見える。


「ふふっ。そんなに楽しみなのね」


「うん!」


「向こうはかなり寒いそうだから、気をつけるのよ」


「分かってる」


『雪の中に寝転がるのは?』


「それは禁止」


『えー!』


「風邪ひくって言ったでしょ」


『ちょっとだけなら?』


「ダメ」


『けちー』


「誰がけちですって?」


 ミリアは笑いながらライトを睨む。


「何でもないよ!」


 リンタスクも見送りに来ていた。


「ダーガトークは本当に寒いらしいぞ」


「お兄様、行ったことあるの?」


「ない」


「ないんだ……」


「話には聞いてる」


「それなら、あんまり偉そうに言えないんじゃ……」


「細かいことは気にするな」


 リンタスクは笑いながら、ミリアの頭を軽く撫でた。


「風邪ひくなよ」


「うん」


「それと、王族の方々に迷惑をかけるな」


「分かってるよ」


『雪ではしゃぎすぎないようにね』


「……ライトまで」


「え?」


 リンタスクが首を傾げる。


「何でもない!」


 ミリアは慌てて笑った。


 やがて、出発の時間が近づく。


「それじゃあ、行ってきます!」


「気をつけてね」


「うん!」


 ミリアが馬車へ乗り込む。


 扉が閉じる。


 ゆっくりと馬車が動き始めた。


 窓から外を見る。


 家族が手を振っている。


 ミリアも笑顔で手を振り返した。


「行ってきます!」


 やがて屋敷が遠ざかっていく。


『ミリア!』


「なに?」


『ダーガトークに着いたら、雪で遊ぼうね!』


「うん」


『雪だるま作ろう!』


「作ろう」


『雪合戦も!』


「それは……」


『やろうよ!』


「……ロナルドにもお願いしてみようか」


『やった!』


 ライトが嬉しそうに飛び跳ねる。


 ミリアも笑った。


 馬車はタルトミアの街を抜け、北へ向かって進んでいく。


 少しずつ景色が変わっていく。


 そして――。


 窓の外に、白いものが舞い始めた。


「……あ」


 ミリアは窓へ顔を近づける。


 一片。


 また一片。


 小さな雪が、空から静かに舞い落ちてくる。


『雪!!』


「ふふっ」


『雪だよ、ミリア!』


「分かってるって」


『いっぱい降ってきた!』


「本当だね」


『もっと降るかな?』


「どうだろう」


『もっと降ってほしい!』


「そんなに?」


『だって雪だるま作るんだもん!』


「ふふっ」


 ミリアは笑った。


 やがて雪は少しずつ増えていく。


 街道も。


 木々も。


 遠くの山々も。


 白く染まっていった。


「綺麗……」


『ねえ、ミリア』


「ん?」


『ロナルド、喜ぶかな?』


「何が?」


『ミリアが来ること』


「……」


 ミリアは少しだけ考えた。


「どうかな」


『喜ぶと思う』


「ふふっ。そうだったら嬉しいね」


『ミリアは?』


「私?」


『会えるの、嬉しい?』


「……うん」


 ミリアは素直に頷いた。


「楽しみ」


『ふふーん』


「なに、その顔」


『別にー』


「絶対何か考えてる……」


『考えてないよー』


「怪しいなぁ」


 二人の声が馬車の中に響く。


 やがて――。


「お嬢様」


 御者の声が聞こえた。


「まもなく王都へ入ります」


「はい!」


 ミリアは窓の外を見る。


 雪の向こう。


 白銀に包まれた巨大な城壁が、ゆっくりと姿を現していた。


 その中央に掲げられているのは、ダーガトーク王家の紋章。


「……すごい」


『わぁ……!』


 ライトまで思わず声を上げる。


「これが……ダーガトーク王国」


 ミリアは目を輝かせた。


 門がゆっくりと開いていく。


 その先には、雪に覆われた街並みが広がっていた。


 白い屋根。


 雪の積もった街路樹。


 暖かな明かりが灯る店々。


 白い息を吐きながら歩く人々。


 タルトミアとは、まるで違う景色。


 ミリアは窓から離れられなかった。


『ミリア』


「なに?」


『すごいね』


「……うん」


『ここがロナルドの国なんだ』


「そうだね」


 ミリアは静かに微笑んだ。


 やがて馬車は白銀の王都を抜け、その先にそびえる王城へ向かっていく。


 まだ見たことのない国。


 まだ知らない景色。


 そして――。


 この国で待っている、ロナルドとの再会。


 ミリアは胸を弾ませながら、白銀の王城を見つめた。


 隣ではライトが、窓の外の雪を飽きることなく眺めている。


『ねえミリア』


「ん?」


『早く雪で遊びたい!』


「ふふっ」


 ミリアは笑った。


 白銀に染まった街並みの向こうに、巨大な城が姿を現していた。


 高くそびえる尖塔。


 雪をまとった城壁。


 その一つひとつが、タルトミアの王城とはまた違った重厚さを感じさせる。


「すごい……」


 ミリアは窓から外を眺めながら、思わず呟いた。


『大きいね!』


「うん」


『ロナルド、こんなところに住んでるんだ』


「そうなんだよね……」


 学院では、いつも同じ教室で過ごしていた。


 授業を受けて。


 一緒に訓練して。


 昼食を食べて。


 何気ない話をして。


 そんな日常が当たり前になっていた。


 けれど今、目の前に広がっているのは、そのロナルドが生まれ育った国だ。


 そう思うと、不思議な気持ちになる。


「どんなところなんだろう……」


『楽しみだね!』


「うん」


 やがて馬車が城門をくぐった。


 雪を踏みしめる車輪の音が、静かな中庭へ響く。


 馬車が止まる。


「お嬢様、到着いたしました」


「ありがとうございます」


 扉が開く。


 冷たい風が、一気に吹き込んできた。


「さむっ!」


『さむい!!』


「ライト、雪遊びするんじゃなかったの?」


『する! するけど寒い!』


「ふふっ」


 ミリアは外套をしっかりと身体に巻きつけ、馬車から降りた。


 足元には、ふかふかの雪。


 一歩踏み出すと――。


 ぎゅっ。


「わ……」


 靴が雪へ沈み込む。


『すごーい!』


 ライトがミリアの頭上を飛び回る。


『ふかふか!』


「本当だね」


 ミリアが雪を少し掬い上げる。


 冷たい。


 けれど、不思議と懐かしい。


 前世で家族と遊んだ雪景色とは違う。


 けれど、雪を踏んだ時の感触だけは、どこか似ていた。


 その時だった。


「ミリア!」


 聞き慣れた声が響いた。


「……え?」


 ミリアが顔を上げる。


 城の入り口。


 そこに、一人の少年が立っていた。


 濃紺の髪。


 エメラルドの瞳。


 見慣れた顔。


「ロナルド様……!」


 ミリアの顔がぱっと明るくなる。


 ロナルドも、普段より少しだけ柔らかな表情を浮かべていた。


「久しぶりだな」


「はい! お久しぶりです!」


 ミリアは嬉しそうに駆け寄る。


「本当に来てくれたんだな」


「はい」


「寒くないか?」


「大丈夫です」


「そうか」


 ロナルドは小さく頷いた。


 その横から、別の少年が姿を現した。


 ミリアより少し年上に見える少年。


 ロナルドとよく似た濃紺の髪と、エメラルドの瞳を持っている。


 ただし、ロナルドよりもどこか人懐っこく、いたずら好きそうな笑みを浮かべていた。


「へぇ……」


 少年は、興味深そうにミリアを見つめる。


「君がミリア嬢?」


「はい」


 ミリアが礼儀正しく頭を下げる。


「初めまして。ミリア・テルファメートと申します」


「うん。知ってるよ」


 少年は楽しそうに笑った。


「僕は――」


「兄上」


 ロナルドがすかさず遮る。


「そこまでにしてください」


「まだ名前も言ってないんだけど?」


「どうせ余計なことを言うでしょう」


「ひどいなぁ」


 少年は肩をすくめ、それから改めてミリアへ向き直った。


「僕は、ジーク・ユーア・ダーガトーク。ダーガトーク王国第一王子だよ」


「第一王子……!」


 ミリアは慌てて、もう一度頭を下げる。


「よろしくね、ミリア嬢」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ジークはにこりと笑った。


 その時、ロナルドが小さく息を吐く。


「……そういえば、エルディオ叔父上は?」


 ジークが「ああ」と頷く。


「叔父上なら、今は外交で隣国へ出ているよ」


「そうですか」


「しばらく帰ってこないんじゃないかな。今回の歓迎会に顔を出せないのは残念がってたけどね」


「そうなんですね」

 

 ミリアは頷いた。


 ジークはふっと笑った。


「まあ、叔父上がいたら、僕より先にミリア嬢へいろいろ聞いていたかもしれないけど」


「……それは困ります」


 ロナルドが即答する。


「ふふっ」


 ミリアは思わず笑った。


「何がおかしいんだ?」


「いえ……ロナルド様、お兄様や叔父様のことをよく分かっていらっしゃるんだなって」


「……まあ、長い付き合いだからな」


「当たり前じゃない?」


 ジークが笑う。


「兄弟なんだから」


 ロナルドは少しだけ呆れたように兄を見る。


「兄上は、本当に……」


「はいはい。僕は黙ってるよ」

 

 そう言いながらも、ジークの口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。


 すると兄は、ちらりとロナルドを見る。


「……なるほどね」


「何ですか」


「いや?」


 ニヤニヤ。


「わざわざ遠いタルトミアから招待した理由が、ちょっと分かった気がして。」


 ロナルドがわずかに眉を寄せる。


 ミリアは意味が分からず首を傾げた。


「?」


「何でもありません」


 ロナルドがすぐに話を切り上げる。


 その様子を見て、兄はますます楽しそうに笑っていた。


「じゃあ、歓迎会まで少し時間があるから、城の中を案内してあげるよ」


「ありがとうございます」


「それから――」


 兄は庭園の方を指差した。


「せっかく雪が積もってるんだ。ロナルドが朝からずっと、外を気にしてたし」


「兄上!」


「おっと」


 ロナルドの顔が少し赤くなる。


「それは言わない約束では?」


「そんな約束してないけど?」


「……」


 ミリアは思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


「ミリア?」


「すみません」


「いや……」


 ロナルドは少し困ったように目を逸らした。


 そんな二人を見て、兄は口元を押さえる。


「……これは面白いな」


「兄上?」


「何でもないよ」


 そう言うと、兄は先に城の中へ戻っていった。


 ロナルドは小さく息を吐く。


「……すまない」


「え?」


「兄が、少し騒がしくて」


「そんなことないですよ」


 ミリアは笑う。


「楽しそうなお兄様ですね」


「……まあ、そうだな」


「仲がいいんですね」


「……そう見えるか?」


「はい」


「なら、いい」


 ロナルドは小さく笑った。


     ◇◇◇


 そして――。


 歓迎会まで少し時間があるということで、ミリアたちは城の庭園へ出ることになった。


 白銀の庭。


 木々には雪が積もり、花壇もすっかり雪に覆われている。


「わぁ……」


 ミリアの目が輝く。


「すごい……!」


『雪いっぱい!』


 ライトが嬉しそうに飛び回る。


「こんなに積もるんですね」


「ダーガトークでは、このくらい普通だ」


 ロナルドが答える。


「タルトミアでは、ここまで積もることは少ないのか?」


「うん。私のところでは、ここまでの雪はあまり見ないかな」


「そうか」


 ロナルドは少し考える。


「なら……」


「?」


「せっかくだ」


 ロナルドが雪を一掴みする。


 そして――。


「こういうのも、やってみるか?」


「……?」


 ミリアが首を傾げる。


 ロナルドが手の中の雪を丸めた。


「雪玉?」


「ああ」


「もしかして……」


 ミリアの目が輝く。


「雪合戦?」


「そう」


「やりたい!」


 即答だった。


 ロナルドが少し驚いた顔をする。


「……そんなに?」


「だって、雪遊びなんて久しぶりだもん!」


 ミリアは雪を両手で掬う。


「ライトもやる?」


『もちろん!』


 ただし――。


 妖精のライトは雪玉を作れない。


「ライトはどうするの?」


『応援係!』


「……それでいいの?」


『いいの!』


「ふふっ」


 ミリアは笑いながら雪を丸める。


 ロナルドも雪玉を作る。


「準備はいいか?」


「はい!」


「じゃあ――」


 ロナルドが雪玉を構える。


「始めるぞ」


「はい!」


 次の瞬間。


 ぽすっ。


「……え?」


 ミリアの肩に雪玉が当たった。


「ロナルド様!」


「先手必勝だ」


「もう!」


 ミリアも雪玉を作る。


「それなら――!」


 ぽすっ。


「……!」


 今度はロナルドの肩へ命中した。


「やった!」


「……」


「ふふっ!」


 ロナルドが雪玉を作り始める。


「ミリア」


「はい?」


「覚悟しておけ」


「えっ?」


 次々と雪玉が飛んでくる。


「きゃっ!」


「待ってください!」


 ミリアも負けじと雪玉を投げ返す。


 白い雪が舞う。


 笑い声が庭園へ響く。


『ミリア、右! 右!』


「えっ?」


 ぽすっ。


「きゃー!」


『当たったー!』


「ライト、応援になってない!」


『だって面白いんだもん!』


「もう!」


 ミリアは笑いながら雪玉を作る。


 気づけば、ロナルドも笑っていた。


 学院では見たことのない、子どもらしい笑顔。


 ミリアはそれを見て、少しだけ嬉しくなった。


「ロナルド様、楽しそうですね」


「……ミリアもだろう」


「はい!」


 雪が降り続く。


 白い世界の中で、二人の笑い声が響いていた。


 しばらくして――。


「はぁ……」


 ミリアは雪の上へ座り込んだ。


「疲れた……」


「大丈夫か?」


「大丈夫です」


「そうか」


 ロナルドも隣へ腰を下ろす。


 しばらく二人で、静かな雪景色を眺めた。


「……来てくれて、ありがとう」


 ロナルドがぽつりと呟く。


「え?」


「招待したのは俺だが……遠かっただろう」


「はい。でも……」


 ミリアは笑う。


「来てよかったです」


「……そうか」


「ロナルド様の国も見てみたかったですし」


「なら、まだまだ見せたい場所がある」


「本当ですか?」


「ああ」


 ロナルドは雪に覆われた庭園を見渡した。


「ここだけじゃない」


「城下町にも、見せたい場所がある」


「それに――」


 一瞬だけ言葉を止める。


「冬だけじゃない」


「え?」


「春になれば花が咲く場所もある」


「夏なら湖が綺麗だ」


「秋には山が紅く染まる」


 ロナルドはミリアを見る。


「……まだ、たくさんある」


 ミリアは目を丸くした。


「じゃあ……」


 嬉しそうに笑う。


「また来てもいいですか?」


「ああ」


 ロナルドも笑った。


「卒業したら――」


 ミリアが続ける。


「今度は、別の季節にダーガトークへ来てみたいです」


「……約束だ」


「はい!」


 二人は雪の中で、小さく笑い合った。


 遠くから、その様子を見ている人物がいた。


 ロナルドの兄である。


「……なるほど」


 口元に浮かぶ笑みは、明らかに楽しそうだった。


「これは……しばらく楽しめそうだな」


 そんな兄の視線など知らず。


 ミリアとロナルドは、降り続く雪を眺めていた。


 冬のダーガトーク。


 それは、二人にとって新しい思い出の始まりだった。

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