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第二十二話 昼休み

 属性魔法の基礎訓練が始まってから、数日が過ぎた。


 王立学院では、生徒たちも少しずつ新しい生活に慣れ始めていた。


 朝のホームルームを終えた一年Aクラスでは、それぞれが教本を広げ、次の授業の準備を進めている。


 窓から吹き込む春風が教室を優しく通り抜け、木々の若葉を心地よく揺らしていた。


「皆さん、おはようございます。」


 教室へ入ってきたユーリ教師が、穏やかな笑みを浮かべる。


「本日の午前中は座学を中心に進めます。」


「午後は復習演習ですので、午前中にしっかり理解を深めておきましょう。」


「「「はい。」」」


 教室に元気な返事が響く。


 午前の授業は、魔法理論や魔力制御についての講義だった。


 属性魔法は自然と心を通わせることで力を発揮する。


 そのためには、自身の魔力を安定させることが何より重要だと、ユーリ教師は丁寧に説明していく。


 ミリアは一言一句聞き漏らさないよう、真剣にノートへ書き留めていた。


(前世では勉強って苦手だったけど……。)


(こうして新しいことを学ぶのって、すごく楽しいな。)


 ふと顔を上げると、隣の席ではエレノアも美しい字でノートをまとめている。


 前方ではロナルドが背筋を伸ばし、一切気を抜くことなく授業を聞いていた。


 フェイルは時折頷きながら、教師の話を静かに整理しているようだった。


 ライトはミリアの肩の近くをふわふわ漂いながら、小さな声で囁く。


『みんな真面目だねぇ。』


『ぼく、眠くなっちゃいそう。』


 ミリアは思わず吹き出しそうになる。


(しーっ。)


(授業中だよ。)


 ライトは慌てて口を押さえ、小さく笑った。


『はーい。』


 一方、ロナルドの肩ではシルビィが静かに授業を見守っていた。


『ライト。』


『静かに。』


『はーい……。』


 小さくなったライトに、シルビィはどこか優しげな眼差しを向ける。


 そんな二人の様子を見て、ロナルドは誰にも気付かれないほど僅かに口元を緩めた。


 その変化に気付いたのは、フェイルだけだった。


(今……ロナルド殿が笑われた?)


 ほんの一瞬だった。


 けれど、確かにいつもの凛とした表情が少しだけ柔らかくなった気がした。


 フェイルは嬉しそうに微笑む。


(少しずつ皆さんらしい表情が増えてきましたね。)


 穏やかな空気のまま授業は進み――。


 やがて、学院中に昼休みを知らせる鐘が高らかに鳴り響いた。


 カーン、コーン――。


 その音を合図に、生徒たちは一斉に立ち上がる。


「やっとお昼ですわ。」


 エレノアが小さく笑う。


「今日は食堂へ行ってみませんか?」


 その一言に、ミリアは目を輝かせた。


「学院の食堂……!」


「まだ行ったことがないので、ぜひ行ってみたいです!」


 フェイルも穏やかに頷く。


「私もご一緒してもよろしいでしょうか。」


「もちろんですわ。」


 三人の視線が自然とロナルドへ向く。


 ロナルドは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、静かに頷いた。


「……ああ。」


「俺も行こう。」


 こうして四人は初めて揃って、学院食堂へ向かった。


 窓から差し込む春の陽射しが白い床を明るく照らし、生徒たちの楽しげな笑い声があちこちから聞こえてくる。


 昼休みで賑わう廊下を歩きながら、四人は食堂へ向かう。


「食堂は初めてですの?」


 エレノアがミリアへ尋ねる。


「はい。」


 ミリアは少し照れくさそうに笑った。


「入学してからは、教室で持ってきたお昼を食べることが多かったので。」


「でしたら、きっと驚きますわ。」


 エレノアは楽しそうに微笑む。


「王立学院の食堂は、とても評判が良いのです。」


「毎日たくさんの料理が並びますのよ。」


「そんなにですか?」


 ミリアは思わず目を輝かせた。


 その様子にフェイルも優しく笑う。


「栄養のバランスもしっかり考えられています。」


「成長期の生徒には、とてもありがたい食堂ですね。」


「フェイル様は、よく利用されるのですか?」


「ええ。」


「私は寮生活ですので、毎日お世話になっています。」


 そんな話をしているうちに、一行は学院食堂へと到着した。


 大きな扉をくぐると、香ばしいパンの香りや温かなスープの匂いがふわりと漂ってくる。


「わぁ……。」


 ミリアは思わず声を漏らした。


 広々とした食堂には長いテーブルが整然と並び、多くの生徒たちが思い思いに昼食を楽しんでいる。


 厨房では料理人たちが忙しく腕を振るい、出来立ての料理が次々と運ばれていた。


「今日は何にしましょうか。」


 エレノアが献立を眺める。


「魚料理も美味しそうですし、お肉料理も捨てがたいですわ。」


「どれも美味しそうですね。」


 ミリアは目移りしてしまう。


 ロナルドは迷うことなく日替わり定食を選び、フェイルは野菜の多い献立を手に取った。


「私はこれにします。」


「えっと……私は……。」


 ミリアは少し考えた末、野菜たっぷりのシチューと焼きたてのパンを選ぶ。


「それ、とても人気がありますよ。」


 フェイルが微笑んだ。


「パンも焼きたてで美味しいんです。」


「そうなんですね!」


 エレノアも同じシチューを選び、四人は料理を受け取って窓際の席へ腰を下ろした。


 窓の外では、中庭の花々が春風に揺れている。


「それでは――。」


 エレノアが優雅に手を合わせる。


「いただきます。」


「「「いただきます。」」」


 四人は揃って食事を始めた。


 一口シチューを口にしたミリアは、思わず笑みを浮かべる。


「美味しい……。」


「優しい味ですね。」


「でしょう?」


 フェイルも嬉しそうに頷いた。


「学院の料理は評判なんですよ。」


「毎日食べても飽きません。」


 ロナルドも静かに口を開く。


「栄養も考えられている。」


「鍛錬を続ける者には、ありがたい。」


「さすがロナルド様。」


 エレノアがくすりと笑う。


「感想まで訓練目線ですのね。」


 一瞬、ロナルドは言葉に詰まる。


「……そうだろうか。」


「ふふっ。」


 その少し困ったような表情が珍しかったのか、ミリアとフェイルも思わず笑みをこぼした。


 その笑い声につられるように、ライトがくるくると飛び回る。


『みんな楽しそう!』


『ぼくも食べてみたいなぁ!』


『ライトは食いしん坊ですね。』


 シルビィが静かに微笑む。


『ですが、その気持ちは少し分かります。』


『えっ!?』


『シルビィも?』


『……興味はあります。』


 珍しい一言に、ライトは目を丸くした。


『今度、匂いだけでも楽しもうね!』


『……ええ。』


 精霊たちの微笑ましいやり取りを見ながら、ミリアたち四人も自然と笑顔になる。


 まだ出会って間もない仲間たち。


 それでも、こうして同じ食卓を囲み、何気ない会話を交わす時間は、少しずつ互いの距離を縮めていた。


 食堂には、生徒たちの賑やかな話し声が心地よく響いていた。


 窓から差し込む春の日差しが四人のテーブルを優しく照らす。


「そういえば。」


 ミリアがパンを口に運びながら首を傾げる。


「皆さんは、お休みの日って何をされているんですか?」


 何気ない一言だった。


 だが、その質問に三人は少しだけ考えるような表情を浮かべた。


「私は、お父様やお母様とお茶を楽しんだり、本を読んだりすることが多いですわ。」


 エレノアが優雅に答える。


「お庭の花を眺めながら過ごす時間も好きなんです。」


「素敵ですね。」


 ミリアは目を輝かせた。


「お花、私も好きです。」


「今度、学院のお庭も一緒に見て回りませんこと?」


「ぜひ!」


 二人は嬉しそうに笑い合う。


 その様子を見ていたフェイルも穏やかに口を開いた。


「私は風景を眺めながら散歩をすることが多いですね。」


「季節が移り変わる景色を見るのが好きなんです。」


「だから風属性と相性がいいのかもしれませんね。」


 ミリアが微笑むと、フェイルは少し照れくさそうに笑った。


「そうかもしれません。」


 視線は自然とロナルドへ向く。


「ロナルド様は?」


 ミリアが尋ねると、ロナルドは少しだけ考えてから答えた。


「鍛錬だ。」


 三人は思わず顔を見合わせる。


「やっぱり……。」


 ミリアが小さく笑う。


「休みの日もですか?」


「ああ。」


「剣術も魔法も、一日休めば感覚は鈍る。」


 真剣な表情で答えるロナルドだったが、その言葉にエレノアがくすりと笑った。


「ロナルド様らしいですわ。」


「ですが、たまには息抜きも必要ではありませんか?」


「息抜き……。」


 ロナルドはその言葉を繰り返す。


 これまで考えたこともない、というような表情だった。


「そうですよ。」


 ミリアも優しく微笑む。


「ずっと頑張り続けるだけじゃ、疲れちゃいます。」


「たまには皆さんでお話ししたり、お茶を飲んだりする時間も大切だと思います。」


 ロナルドは静かにミリアを見つめる。


 そして、小さく頷いた。


「……そういう時間も、悪くないのかもしれないな。」


 その一言に、エレノアは嬉しそうに微笑み、フェイルも穏やかな笑顔を浮かべた。


 ライトは嬉しそうに宙をくるりと回る。


『やったー!』


『みんなで遊べる日が来るかも!』


『ライトは遊ぶことしか考えていませんね。』


 シルビィは少し呆れたように言う。


『えへへ。』


『でも、楽しい時間って大事だよ!』


 その言葉に、シルビィは静かに目を細めた。


『……それは、否定しません。』


 ロナルドはそんな二人のやり取りを見て、ふっと小さく笑みを浮かべる。


 今度は誰の目にも分かるほど自然な笑顔だった。


「ロナルド様、笑いましたわ。」


 エレノアが嬉しそうに言う。


「えっ?」


 ロナルドは自分でも気付いていなかったように目を瞬かせる。


「本当ですね。」


 フェイルも穏やかに頷く。


「その笑顔、とても素敵ですよ。」


「……そうか。」


 少し照れたように視線を逸らすロナルド。


 その姿に、ミリアたちは思わず笑みをこぼした。


 四人の笑い声は、昼休みの賑やかな食堂へ優しく溶け込んでいく。


 学院で過ごす何気ない一日。


 けれど、その何気ない時間こそが、互いを知り、信頼を育む大切なひとときになっていた。


 昼休みも終わりに近づき、食堂の賑わいは少しずつ落ち着きを見せ始めていた。


「そろそろ戻りましょうか。」


 エレノアが立ち上がる。


「午後は復習演習でしたわね。」


「はい。」


 ミリアも食器を片付けながら頷いた。


「今日は午前中に教わったことを、しっかり復習したいです。」


 フェイルは優しく微笑む。


「皆さんなら、きっと上手くできますよ。」


 ロナルドも静かに席を立った。


「午前中の内容を身体に覚え込ませる良い機会だ。」


 四人は食堂を後にし、並んで教室へ戻っていく。


 歩きながら交わす何気ない会話は、不思議と心地よかった。


 入学当初はどこか遠慮がちだった空気も、今では少しずつ柔らかくなっている。


 ライトは嬉しそうにミリアの周りを飛び回る。


『みんな仲良くなってきたね!』


『毎日楽しい!』


『ええ。』


 シルビィも静かに頷く。


『皆さんの表情が、以前より柔らかくなりました。』


『やっぱり仲間っていいね!』


 ライトの言葉に、シルビィは穏やかに微笑んだ。


 午後の演習では、それぞれが午前中に学んだ内容を確認するように魔力を巡らせていく。


 光、水、風、闇。


 どの属性も派手な魔法を放つことはなく、基本を一つひとつ丁寧に積み重ねていた。


 ミリアは光球を安定して維持しながら、リュミエール教師の言葉を思い出す。


(光に頼るだけじゃない……。)


(私自身も光を導けるようにならなくちゃ。)


 その意識の変化は、少しずつ魔力の流れにも表れ始めていた。


 一方、ロナルドは静かな闇を保ちながら、その力で周囲を包み込む感覚を掴もうとしていた。


 エレノアは、水の流れをより自然に。


 フェイルは、風をより繊細に。


 それぞれが自分自身と向き合いながら、確かな一歩を積み重ねていく。


 教師たちはその姿を見守り、小さく頷いていた。


「焦らず続けなさい。」


「基礎を積み重ねた者ほど、大きく成長する。」


 その言葉を胸に、生徒たちは真剣な眼差しで魔法と向き合う。


 授業終了を告げる鐘が鳴る頃には、学院は夕日に優しく染まり始めていた。


 四人は教室へ戻る途中、自然と同じ歩幅で歩いていた。


「また明日ですね。」


 ミリアが笑顔で言う。


「ええ。」


 エレノアも優雅に微笑む。


「明日もよろしくお願いいたします。」


 フェイルは穏やかに頷き、ロナルドも短く答える。


「ああ。」


 短い返事だった。

 

 それでも、その言葉には以前にはなかった温かさがあった。


 今では、互いに言葉を交わすことが当たり前になりつつある。


 少しずつではあるが、


 四人の距離は確実に縮まっていた。


 夕暮れの王立学院。


 茜色に染まった校舎を背に、四人は校門まで並んで歩いていた。


 訓練を終えた心地よい疲労感と、仲間と過ごした充実した時間が、それぞれの表情を穏やかにしている。


「今日も一日、お疲れさまでした。」


 フェイルが柔らかな笑みを浮かべる。


「お疲れさまでした。」


 エレノアも優雅に一礼した。


「明日もよろしくお願いいたします。」


「こちらこそ。」


 ミリアも笑顔で応える。


 ロナルドは三人を見渡し、小さく頷いた。


「ああ。また明日。」


 短い言葉だったが、その声には以前よりも柔らかな響きがあった。


 ライトは嬉しそうに空をくるくると飛び回る。


『また明日ねー!』


『明日もいっぱい頑張ろう!』


『はい。』


 シルビィも静かに微笑む。


『皆さんなら、きっとさらに成長していけるでしょう。』


 それぞれが帰路につき、夕暮れの学院には静けさが戻っていく。


 それからというもの、四人は毎日のように机を並べ、昼食を囲み、互いに励まし合いながら学びを重ねていった。


 午前は魔法理論を学び。


 午後は属性ごとの訓練に励む。


 授業を終えると、それぞれその日の学びを復習し、ときには四人で魔法について意見を交わすこともあった。


 失敗しては学び。


 成功しては喜び合う。


 そんな何気ない日々の積み重ねが、少しずつ四人の実力を育て、仲間としての絆を深めていった。


 フェイルは以前よりも自然に仲間を頼れるようになり。


 ロナルドは少しずつ笑顔を見せるようになった。


 エレノアは誰よりも周囲へ気を配りながら、仲間を支え続ける。


 そしてミリアもまた、前世では知らなかった「仲間と共に成長する喜び」を、日々実感していた。


 学院の庭では若葉が青々と茂り、吹き抜ける風は春の終わりを告げ始める。


 季節はゆっくりと歩みを進め――。


 四人もまた、その歩みに合わせるように着実な成長を続けていた。


 そして、気づけば――。


 王立学院へ入学してから、数か月の月日が流れていた。


 基礎を積み重ねた彼らは、いよいよ次の段階へと歩みを進める。

 

 その先で、四人を待ち受ける新たな試練は、静かに幕を開けようとしていた。

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