第一話 転生しちゃった!?
【前書き】
はじめまして!
数ある作品の中から『アラサーが転生しちゃった!? ~タルトミアの妖精~』を読んでいただき、ありがとうございます。
初めての小説投稿なので、ドキドキしながら書いています。
ミリアと妖精たちが紡ぐ、ほのぼのファンタジーを楽しんでいただけたら嬉しいです
「ここはどこ……?」
ぼんやりと意識が浮かび上がる。
頭が重い。
身体も思うように動かない。
まるで深い眠りから無理やり引き上げられたような、不思議な感覚だった。
確か私は――。
私は高山みやこ。
本日で二十九歳になった、市役所で働くごく普通の独身女性だ。
「今日は誕生日だし、今日くらいは自分にご褒美を買ってもいいよね。」
誰もいないワンルームに、独り言がぽつりと響く。
……うん。
自分で言っていて、少しだけ寂しくなった。
学生の頃、二十九歳になった自分を想像したことがある。
結婚して。
子どもがいて。
休日には家族みんなで買い物へ出かける。
そんな未来を、どこか当たり前のように思い描いていた。
だけど現実は違う。
恋人はいない。
結婚の予定もない。
毎日、市役所へ出勤して、窓口で市民の方の相談を受ける。
帰宅したら夕食を作って、お風呂へ入り、好きな小説を少しだけ読んで眠る。
そんな毎日の繰り返しだった。
それでも、この生活は嫌いじゃない。
手続きを終えた市民の方が、
『ありがとう。助かりました。』
そう笑顔で言ってくれた日は、自分も少しだけ誰かの役に立てた気がして嬉しくなる。
仕事帰りにお気に入りの本屋へ寄る時間も好きだった。
新刊コーナーをゆっくり眺めながら、「今日はどれを読もうかな」と悩む時間は、私だけの小さな幸せだ。
休日には少し奮発してケーキを買う。
淹れたてのコーヒーを片手に、時間を忘れて物語の世界へ浸る。
そんな何気ない時間が、とても愛おしかった。
「……まあ、人生ってそんなものだよね。」
鏡に映る自分へ向かって、小さく笑う。
少し寂しい。
だけど、不幸じゃない。
今日くらいは、自分を思いきり甘やかそう。
会社から二日間の有給休暇ももらった。
ショッピングを楽しんで、本屋で新刊を買って、お気に入りのケーキ屋さんへ寄る。
夜は少しだけ贅沢をして、小さなシャンパンを開けよう。
一人きりの誕生日会。
それも悪くない。
「よし、行こう。」
バッグを肩に掛け、玄関の扉を開ける。
◇◇◇
外へ出ると、夏の風が心地よく頬を撫でた。
青く澄んだ空。
元気よく鳴く蝉の声。
時計を見ると、午前十時を少し回ったところだった。
ショッピングモールまでは徒歩十五分。
「まずは本屋かな。」
楽しみにしていた新刊のライトノベル。
可愛いマグカップも欲しい。
アクセサリーも見てみよう。
考えるだけで自然と頬が緩む。
信号が青へ変わった。
私は横断歩道へ足を踏み出す。
その瞬間――。
キィィィィィッ!!
耳をつんざくようなブレーキ音が街に響いた。
反射的に振り向く。
そこには、赤信号を無視して猛スピードで突っ込んでくる大型トラックがあった。
「えっ……?」
一瞬で理解する。
避けられない。
そう思った瞬間、身体が宙へ投げ出された。
視界が大きく回転する。
真っ青な夏空。
遠くで誰かが叫んでいる。
(嘘……。)
(まだ死にたくない。)
(今日、ケーキも食べてない。)
(買いたかった本もあるのに。)
(お父さん、お母さん……。)
(もっと会いに行けばよかった。)
(まだ……やりたいことが、いっぱいあるのに。)
ぽろり、と涙が頬を伝う。
それが涙なのか、汗なのか、自分でも分からなかった。
意識はゆっくりと遠ざかっていく。
誰かの叫び声も。
救急車のサイレンも。
すべてが少しずつ遠くなり、やがて世界は静かな暗闇に包まれた。
――それが、高山みやことして生きた、最後の日だった。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
暗闇の中を、私は静かに漂っていた。
温かくもなく、冷たくもない。
ただ、どこまでも続く静寂。
やがて、その闇に一筋の光が差し込む。
ぼんやりと浮かび上がったのは、見覚えのない景色だった。
青く澄んだ空。
色とりどりの花が咲き誇る広い庭園。
優しい風に揺れる木々。
噴水の水音が心地よく響いている。
その庭を、一人の小さな女の子が楽しそうに駆け回っていた。
コバルトブルーの長い髪を揺らしながら、満面の笑みで笑っている。
『ミリア、お転婆もほどほどにな。』
優しく笑いながら少女を抱き上げる男性。
銀色の髪に青い瞳。
威厳がありながらも、娘へ向ける眼差しはどこまでも温かい。
『もう、あなたったら。そんなに走ったら転んでしまいますよ。』
困ったように微笑みながら髪を撫でる女性。
美しいコバルトブルーの髪が陽の光を浴びてきらめいている。
『危ないから、今度は僕も一緒に行くよ。』
少し照れくさそうに笑う少年が、少女へ手を差し伸べる。
ぶっきらぼうだけれど、その優しさはすぐに伝わってきた。
(……誰?)
知らない人たち。
知らない景色。
それなのに胸が締めつけられるほど懐かしい。
景色は次々と入れ替わる。
広い屋敷。
大きな図書室。
家庭教師との勉強。
食堂で家族と囲む食卓。
使用人たちの優しい笑顔。
どれも初めて見るはずなのに、不思議なくらい「帰ってきた」という気持ちになった。
さらに景色が変わる。
小さな火の玉が、指先からふわりと浮かび上がる。
透き通る水が球となって宙を漂う。
何も触れていないティーカップが、静かにテーブルの上を滑っていく。
風もないのに花びらが舞い上がり、部屋中を柔らかな風が吹き抜けた。
「……魔法。」
自然と、その言葉が口をついて出る。
絵本の中だけの存在だと思っていた力。
けれど、この世界では誰も驚かない。
それが当たり前の日常なのだと、私は知っていた。
(違う……。)
知っているんじゃない。
覚えている。
私は、この景色を知っている。
私は――。
ミリア・テルファメート。
タルトミア王国、テルファメート侯爵家の長女。
八歳。
その名前が胸の奥から浮かび上がった瞬間、頭の中で何かが弾けた。
「っ……!」
激しい痛みが頭を貫く。
高山みやことして生きた二十九年間。
ミリア・テルファメートとして生きた八年間。
二つの記憶が、濁流のように流れ込み、激しくぶつかり合う。
(私は……。)
(高山みやこ……。)
(違う……。)
(私は……ミリア……。)
どちらも自分。
どちらも本物。
だからこそ、自分が誰なのか分からなくなる。
頭が割れそうに痛い。
息が苦しい。
身体が燃えるように熱い。
苦しさに声を上げようとしても、声にならない。
意識が薄れていく、その時――。
「お嬢様!」
女性の慌てた声が聞こえた。
「ミリア様! しっかりしてください!」
額へ冷たい布が当てられる。
誰かが私の手を強く握っていた。
「四十度を超えています!」
「すぐに先生を!」
「侯爵様と奥様へ知らせて!」
慌ただしい足音。
誰かが泣いている声。
誰かが必死に私の名前を呼んでいる。
けれど、瞼は重く、開くことができない。
熱にうなされながら、私は再び深い眠りへと沈んでいった。
チュン、チュン――。
小鳥のさえずりが耳に届く。
その穏やかな音に誘われるように、私はゆっくりと瞼を開いた。
眩しい朝日が、白い天蓋越しに差し込んでいる。
見慣れない天井。
ふわりと身体を包み込む柔らかな羽毛布団。
木の温もりを感じる家具に、淡い色合いのカーテン。
部屋には、ほのかに花の香りが漂っていた。
「ここ……。」
かすれた声が漏れる。
身体を起こそうとすると、思っていたよりも身体が軽かった。
あれほど苦しかった熱は、もう引いているようだ。
けれど、胸の奥には言葉にできない違和感が残っていた。
私はゆっくりと両手を見つめる。
小さく、白い手。
指先まで幼く、細い。
頬へ触れると、さらりと長い髪が肩から流れ落ちた。
恐る恐る部屋を見回すと、壁際に大きな姿見が置かれている。
吸い寄せられるように鏡の前へ立った。
そこに映っていたのは――。
コバルトブルーの長い髪。
透き通るような白い肌。
紫色の瞳をした、八歳の少女。
「……。」
言葉が出なかった。
頬をつねる。
「いたっ……。」
痛い。
夢じゃない。
本当に、この少女が今の私なんだ。
鏡の中の少女も、同じように驚いた顔をしている。
頭の中には、高山みやことして生きた二十九年間の記憶。
そして、ミリア・テルファメートとして過ごした八年間の記憶。
両方が確かに残っていた。
市役所の窓口。
仕事帰りに立ち寄った本屋。
誕生日に買うはずだったケーキ。
両親の笑顔。
そして、この屋敷で過ごした幼い日々。
父、リンフォル。
母、ミルティア。
兄、リンタスク。
そのすべてを、私は覚えている。
胸がぎゅっと締めつけられた。
「私……帰れないの?」
静かな部屋に、小さな声だけが響く。
返事はない。
元の世界へ戻る方法も分からない。
もう、お父さんやお母さんに会えないのだろうか。
買いたかった本も、食べたかった誕生日のケーキも、もう手には届かない。
ぽろり、と涙が頬を伝う。
一粒、また一粒と零れ落ち、静かに床へ落ちていく。
どれくらいそうしていただろう。
私は袖で涙を拭き、もう一度鏡を見つめた。
そこに映っているのは、高山みやこではない。
ミリア・テルファメートだ。
「……今の私は、ミリア。」
小さく呟く。
その言葉は、自分へ言い聞かせるようでもあり、現実を受け入れようとする一歩でもあった。
コンコン。
静かな部屋に、扉を叩く音が響く。
「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
若い女性の優しい声だった。
聞き覚えがある。
名前までは思い出せない。
けれど、その声を聞いただけで、不思議と安心する自分がいた。
私はそっと涙を拭い、小さく息を吸う。
「……はい。」
その返事とともに、止まっていた時間が静かに動き始めたのだった。
【あとがき】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
初投稿なので緊張していますが、少しでも「続きが気になる!」と思っていただけたら嬉しいです。
感想や応援、とても励みになります!
これからミリアがどんな世界で、どんな出会いをしていくのか、温かく見守っていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




