閑話 ロベルタ・ストーク
内乱の続く国の片隅で、
彼は生を受けた。
彼を産み落とした直後、
母親は亡くなり。
父親は誰か分からない。
身寄りのない彼は、
教会に引き取られた。
内乱は続く。
政府、反体制のレジスタンス。
そして、過激派宗教団体の三つ巴の内乱は、
簡単に治まることはなかった。
各陣営に大国のバックアップがついてしまい、
大戦の火種になった。
彼は頭がよかった。
同時に、顔もよかった。
それが、不幸の始まりだった。
道行く男は誰も彼も厳めしく、
銃を持ち、幼かった彼には恐ろしい存在だった。
そんな彼を、教会から違法娼館の主が買い取った。
その金は教会の孤児たちを二年生きながらえさせた。
だが、彼にとっては地獄の始まりだった。
毎日、毎日、馬小屋のような部屋で。
訪れる男たちになぶられ、
痛め付けられ、辱しめられ。
彼の尊厳も何もかもを奪っていった。
幼い彼には、毎日がただただ恐怖だった。
それを、癒してくれたのは彼女だった。
自分よりいくつか年上の女性。
お互いに名前はなかった。
朝になったら放り込まれる雑魚寝部屋で、
自分も、他の子どもたちも彼女に癒され、慰められた。
彼は一念発起し、
恐怖に身をすくめながらも、
大人たちの会話を盗み聞き、
数を覚え文字を覚え彼女と子どもたちをここから出そうとした。
捨てておけ。
ある日、彼は娼館の従業員にそう言われて、
大きめのずた袋を持たされた。
血の臭いがひどかった。
裏のゴミ捨て場へ運ぶ途中、
袋の端が破れて中身が見えた。
人間の手が出てきた。
既に彼は死体を見慣れていたが、
その手は見間違えることはなかった。
彼女の手だ。
ずた袋を開くと、
中身はもう人の形をなしていなかった。
だが、そのブラウンの瞳、赤茶の髪、
整った鼻は彼女のものだった。
彼の中で、
男が絶対の悪だと定義された瞬間だった。
思った通り、
その夜彼女は雑魚寝部屋に帰ってこなかった。
彼の明晰な頭脳に、
怒りと言うとんでもない量の燃料が注がれた。
乾いたスポンジなんて可愛いものじゃなかった。
全てを飲み込まんとするほどの勢いで、彼は学んだ。
翌年に、ある男の死体が発見される。
その死体は陰部を切れ味の悪いもので切り落とされていた。
肛門に酒瓶を深く入れられ、
中で割られて内蔵がズタズタになっていた。
身体中、よくしなる棒のようなもので
執拗に叩かれた痕があった。
死因は失血死だった。
男は過激派宗教団体の幹部で、
女性をいたぶり殺すことに興奮する最低な男だった。
男の遺言には、
娼館の男児を自分の後継者に指名すると書いてあった。
その男児は男が死ぬ前から組織内に紹介されており、
その頭脳は誰もが一目置くほどだった。
彼だ。
彼は過激派宗教団体に入り込んだ。
妖艶に育った彼は、
冷酷なその頭脳であっという間に幹部になった。
彼は男尊女卑の教えがあったその宗教の教義を曲げて、
女性に対し悪辣な行いをする男たちを粛正していく。
そんな彼が、
この戦争が全て仕組まれているものだと気付くのは必然だったのかもしれない。
そして、
彼のいた国の為政者が男性しかいなかったのも不味かった。
やはり、
男とはこの世を壊し、汚し、おとしめる。
唾棄すべき存在。
彼はそう断定した。
自分も含めて。
だから、彼は戦争ごっこを終わらせて、
本当の大戦を引き起こすことにした。
宗教団体を解体し、
レジスタンスを作り上げた。
その名は『アルファ』。始まりだ。
そして、名前が必要だった。
特別な名前だ。
ロベルタ・ストーク。
人類最後の男の名前。
世界を、全てを終わらせ、
女性だけの完璧な世界を作る。
世界を救います。
彼女はそう言った。
新たに出会った彼女は、
あのときの彼女のようだった。
小池淳子。
天才と呼ばれるほどの頭脳を持った女性だった。
絶滅しかけていた動植物のDNAを確保し、
その動植物の生体を明らかにして保存する。
記録した動植物の生体を仮想世界で再現して、
観察もできるようにした。
慈愛に溢れ、誰にも彼にも優しく。
生き物全てを慈しむその姿は、彼の理想の女性だった。
させません!
それでは人類が滅びてしまいます!
そんな彼女に言われた最後の言葉は、
彼を拒絶するものだった。
彼の目的を知った小池淳子は、反抗した。
世界が滅ぶ寸前。
もうすぐで男が死滅する。
そんな最中に、小池淳子は彼の目的に気がついた。
そして、彼女たちの集めたデータ全てをのせて、
『オメガドライブ』は飛び立ってしまった。
だが、止まらない。
止められない。
世界を正す。
そのために、男は滅ぼす。
ロベルタ・ストークは、世界を滅ぼし。
その計画を推し進めた。




