第72話 夜間飛行
「離陸。」
船体が浮き上がり、揺れる。
壁に手をついてても倒れそうになるが、
何とか踏ん張った。
俺と一緒にオメガドライブに乗り込んでいるリトスと解放軍たちは、
揺れに耐えきれず床にしゃがんでいる。
ここはオメガドライブの格納庫。
俺が乗ってきた戦車と、
解放軍の車が数十台積まれている。
当たり前だがここに席なんてないので、
揺れていても踏ん張るしかない。
積まれた車の中で待てばいい、と俺が言ったが、
何故か彼女らは頑なに格納庫で待ちたいと言った。
「おい、女神。」
「問題ありませんよ。
フルメンテのおかげで、
機体の問題もほとんど解消しました。
残る問題は、
ロベルタ・ストークだけですよ。」
心配無用、か。
解放軍たちはかなり怯えているが、
リトスが何とかなだめている。
俺は女神に釘を刺す。
「安全運転で頼むぞ。」
「もちろんです。
街の上空に到着したら雨を降らせて、
そのまま収容所まで飛行します。」
俺は情報端末を手に持って話す。
「バネロ。
そっちは?」
「壁の内外問わず、国民全員。
一人残らずいるぞ。
保護施設のそばの荒野に集めた。
でっかいクジラ、か。
クジラなんて資料でしか見たことがない。
楽しみだ。」
今のところバネロが黒幕に乗っ取られた気配はない。
他の円卓も無事なようだ。
「これは実際のクジラとは違うんだが。
まぁ、いいか。
でっけぇぞ。
ビビって漏らすなよ?」
「今から雨で濡れるんだ。
漏らしてもバレないだろ。」
笑いながらそう言うバネロ。
「バネロ、なんかテンション高い?」
「当たり前だろ?
今から憎くてたまらない相手を打ちのめすんだ。
この手で殴れないのだけが、心残りだが。
それでも、踊り出したくなるくらい嬉しいね。」
なるほど、ゴキゲンなようだ。
そこに、女神のアナウンスが流れる。
「乗組員、傾聴。
まもなく規定高度に達します。
乱気流は見当たらないので、
そこで揺れは収まります。
漏らしそうな方がいれば、
もう少しお待ちください」
「女神、重ねんなよ。」
俺がツッコむが、
切羽詰まった顔でリトスが声を上げた。
「いや、結構ピンチだから。
私も。」
「リトス、マジか。
トイレあっちだけど、便器十個しかないぞ?」
別フロアにもトイレはあるが、
ここから結構遠い。
女神が補足する。
「隣の男性用トイレには便器が五個あるので、
そちらもお使いください。」
「緊急時につき、か。
男、俺だけだしな。」
リトスの後ろの解放軍たちもピンチらしい。
なお、解放軍はここに二百十二人いる。
オメガドライブ内の総便器数は、
男女合わせると三百くらい。
ただ、当たり前かもしれないが、
トイレの場所はあちこちに分散されている。
このままだと二百人くらいここで漏らす。
「女神、後でコイツらのパンツ洗濯してやれ。」
「ロボットたちが総出で床を掃除してくれると言っているので、
そのときに着替えも用意しましょう。」
気まずそうに目をそらす解放軍たち。
ありゃ、既に何人かやったな。
って言うか、車の中で待たなかったのは、
漏らすと面倒だからか?
俺は女神が用意したタイムスケジュールを眺めて呟く。
「さてさて、黒幕さんは何を仕掛ける?
どこで待ってる?
まだ妨害がないのが、俺的に不安だなぁ。」
俺は情報端末に向かって言う。
「全員、気を抜くな。
今夜が山だ。
朝日が登るまで厳戒態勢で行くぞ。」
オメガドライブが街のそばまで来たら、
俺は戦車に乗ってここから飛び立つ。
そのまま先に収容所へ行って、
独房を開けて男を全員外へ出す。
バネロたちは雨を浴びてから合流だ。
その時にオメガドライブも着陸して、
全員をスキャンする。
体内のナノマシンが上書きできていればよし。
ダメなら、かなり不味い。
「急ごしらえですが、
これをお持ちください。」
女神がそう言うと、
ロボットたちが何かを持って来た。
揺れが収まったので、
俺はそれを受け取りに行く。
「……銃か?」
大きめの銃だ。
ショットガンのように銃身が長い。
グリップと銃身をそれぞれ持たないと構え辛い。
銃口は大きめ。
ただ、銃のグリップからチューブのようなものが伸びており、
大きめのリュックのような物につながっている。
「水鉄砲です。
中にはあの医療用ナノマシンが入った水が入れてあります。
非殺傷武器です。」
「ためし撃ちしてもいいか?」
俺は格納庫の何もない方へ向けて、
銃の引き金を引いた。
ぼっ!
すごい音がして、
直径が俺の身長くらいある水球がまっすぐ飛んでいく。
高速道路を走る車くらいの速度が出ている。
目測で二百メートルほどで水球は失速し、
床をびしゃびしゃにした。
「……これ、当たったら、
ただじゃ済まないだろ。」
「中身は医療用ナノマシンなので、怪我はしません。
勢い余って倒れて頭を強く打っても、
問題ないくらいの濃度でナノマシンを混ぜています。
タンクには三十発分の水が入っています。
今ので残りは二十九発です。
身体を乗っ取られた相手に当たれば、
即座に無力化してナノマシンを上書きいたします。
この水量と勢いなら宇宙服でも着てない限り、
必ず身体に水が触れます。
五丁用意しました。
現在増産していますので、
解放軍の皆様にも装備してもらって下さい。」
俺は今撃った銃のタンクを背負って構えた。
反動はほとんどない。
すごい量と勢いで水を打ち出すので、
薄い壁なら撃ち抜けそうだ。
相手が盾を持っていても、
これならどこかしら濡らせるだろう。
「待ってほしい。
私に一丁持たせて欲しい。」
トイレから戻ってきたリトスがそう言う。
「おう。
むしろ、俺からも頼む。
後の四丁をリトスと解放軍で持っててくれ。
オメガドライブが着陸したら、
それを持ってバネロに合流して欲しい。
怪しいヤツにはその水鉄砲で撃って構わない。
女神、例の物理的バックドアは埋めたが、
他にも残ってるかもしれん。
気を付けろ。」
リトスは銃を持って部下のもとへ向かった。
女神のアナウンスが流れる。
「まもなく街の上空です。」
俺は情報端末に向かって声を出す。
「よし。
バニラ、発車準備は?」
「御主人様、準備完了です。
いつでも発車、離陸可能です。」
俺はバニラが待つ戦車に向かって歩き出した。




