閑話 暗闇
◆バネロサイド◆
暗闇。
暗闇だ。
自分の手を見ることもできないほどの深い闇。
「だから、どうした。」
私は管制室の機材の下を手探りして、
ハンドライトを見つけて点灯した。
そう、暗闇だ。
幼いころ、電気もまともに用意されず、
獣の油で作った灯りに集まっていた。
私の両親は私を産んですぐ死んだ。
天変地異に巻き込まれて死んだ。
私は孤児たちに混ざって、暗闇の恐怖から逃れた。
その時、少し年上の男の子に食料を分けてもらった。
あの乾パンがなければ飢え死んでいたと言っても過言じゃない。
なのに、私はどうなった?
世界政府が発足された当初、
男女のいさかいなく皆一致団結して文明を再起動し。
コミュニティを、国を興した。
幼かった私は皆の役に立ちたいと、
必死に勉強をした。
この頃はよかった。
男女関係なく、皆笑っていた。
何が、誰が間違えたのだろう。
私がティーンになった頃には、
男女間に溝ができていた気がする。
私が新政府機関に秘書官として入った頃に、
男性の隔離が決まった。
私は大喜びして、
その時の仕事仲間とパーティーをした思い出がある。
このとき私が見ていた光明は、
幻だったのだろう。
そこからは、暗闇が続いた。
手探りで必死に足掻いた。もがいた。抗った。
己の全てを、心身をかけて。
この世界を、人類を護ろうと。
そこで、この世界の真実に気付いた。
その衝撃たるや、足に力が入らなくなり、
その場に跪いてしばらく動けなかったほどだった。
当時の秘書に見つけてもらい医務室に運ばれて、
しばらく入院してしまうほどだった。
私の全てをかけたもの、
それ自体が破滅の原因だった。
しかも、誰かの策略によって導かれた。
誰かの思い描いた、誰かのための箱庭のような世界。
それが私の世界だった。
暗闇だ。
真っ暗な廊下を、記憶を頼りに進む。
私の人生のようだ。
機械室にこの施設の電源があったと記憶している。
そこで電源を再起動できれば、
この施設は再起動する。
だが、同時に私は敗北する。
私が管制室から離れているからだ。
管制室か守衛室からでなければ、
エレベーターは止められない。
守衛室の看守たちはそこまで気を回してくれるか怪しい。
なので、私の手でエレベーターを止める必要がある。
しばらくして、機械室にたどり着いた。
七つある電源のレバーを一旦オフへ下ろす。
これを全て上にあげ直せば、
電源が回復してシステムが再起動する。
そして、彼がエレベーターで管制塔へ上がってくる。
何を企んでいるのかまでは想像がつかない。
ただ、彼の行動は一貫して安寧を、安全を求めている。
この世界は彼にとっては危険極まりないということだ。
私は電源のレバーに手を掛けた。
「私の世界は、間違えていたのか?」
誰に言うわけでもない。
無線があったとて、
電源がついていないので誰にも聞こえない。
でも、聞きたくてたまらなかった。
「私は、間違えていたのか?」
彼が聞いたら、何と返してくれるのだろうか。
「私が命がけで護った世界は、
君の世界の踏み台たりえるか?」
せっかく踏まれるのなら、ちゃんと踏んで欲しい。
ちゃんと踏まれて、
平和で安全、安寧のある世界にして欲しい。
この世界が滅ぶとしても、
次の世界の礎になれればいい。
ただ踏まれて、滅ぶだけなのは嫌だ。
「君になら、負けてもいい。
私の給料どころか、全財産を賭けるよ。
だから、頼む。」
私は、電源のレバーをあげ直した。




