93.とある紛い物の訪問(sideハーネス)
「こ、こんな感じか?変じゃないかな……?」
儂は鑑に写った自分の髪を弄っていた。
あ……ここ跳ねてる。
もう、髪を結ったのなんて何十年ぶりか分からなくて、勝手が分からない。
……今日、儂はケンイチの家に行こうと思っている。
凄く緊張する。
で、でも来ていいって言われたし、大丈夫だよね……?
万が一嫌な顔でもされたら一生立ち直れない自信がある。
「前髪目にかかっちゃってる……」
……自分みたいなのが髪型を気にしたってなにも変わらないのかも知れないけど、つい時間をかけてしまう。
それに、もしかしたらまた……
ーー可愛いって言ってもらえるかもねぇ……?
「っ!うるさい!出てくるな!」
頭を揺さぶり、最近になって聞こえてくる『声』を振り払う。
ケンイチと出会ってからずっと聞こえているその声は、まるで儂から体を奪い取ろうとするかの様に、聞こえる時は一瞬記憶が飛ぶ。
昔ならむしろ寂しさが紛れて良かったかもだけど、今はこの日々を失うなんて絶対に嫌だ。
ーーあなたはずっとあの人と一緒に居たいのでしょう?
「だから出てくるな……!」
もう一度頭を振り、外へと出た。
冷たい風が頬を撫で、少し冷静になれた気がする。
……よし、行こう、儂はずっと使っているこの森の簡易的な地図を取りだした。
確かケンイチの家は……え?、これって……。
「鮮血ウサギの生息域と、被ってる。」
……まずい。早急に引っ越しさせなければ。
で、でも、引っ越しって、どこに?もしかして、儂の家に……?
そしたら……毎日お喋りしたりして……きっと凄く楽しいんだろうなぁ……。
「ふふ……ふふふ……!」
気色悪い笑みを浮かべながら思わずほっぺたをむにむにしてしまう。
いや……落ち着け落ち着け!
上の空で歩いてる内に、ケンイチの家の前に着いた。
深呼吸のあと顔をぱんぱん叩き、咳払いをする。
「け、ケンイチ、居るのか?」
軽くノックをして待つ。しかしいつまで経っても反応が無い。
……居ないのかな。居留守じゃないと良いんだけど……。
帰ってくるまで家の前で待ってたいけど、そんな事したら気持ち悪がられそうだから、1回近くの木の影に隠れて、ケンイチが帰ってきたら出て行ってこっちも丁度来た、みたいな感じにしよう。
「……どなたですか……?」
「へ……?」
その時、家の中から誰かの声が聞こえた。
小さくて男か女かは分からなかったけど、泥棒ではないだろう。
ま、まさか、同居人!?
「う、あわ、わ、儂は……」
あああ……駄目だ、知らない人の前だと上手く話せない……
「あ……入ってきて貰って大丈夫ですよ……ケンイチさんのお客さんですよね……?」
中から、か細くそう聞こえた。
よ、良かった、優しい人みたいだ……。
思いきって、ドアを開けた。
「あの……すいませんけどお水持ってませんか……?」
ーードアの先にいたのは、人間ではなかった。
藁が敷き詰められた室内に、一目で魔族と分かる程の圧倒的なオーラを放つ獣が鎮座していた。
「うわぁぁぁ!?」
急いで杖を手に取り、魔法を放つ。
「ウォーター!ウォータースピア!」
獣の顔面に水弾と水槍が命中する。
獣はポカンと目を見開き、静止した。
き、効いてる……?
「……水だぁぁぁ!ありがとうございます!ありがとうございます!ひゃっはぁぁぁ!」
「ひっ……!」
その獣は狂声を上げながら自ら魔法へと飛び込んで来た。ば、化物だ……!
藁の上を転がり回りながら獣は瞳を爛々と輝かせている。
もう駄目だ……自分はもうここで死ぬのかもしれない。