85.獣国の護剣
少し薄暗くなった雪原で、ギールは更に続ける。
「……勇者は知っていました。魔族の核である魔石を人が取り込むのは赦されざる禁忌だと言うことを。その代償は二種類存在し、一つは人間性の喪失。二つ目は肉体の消滅。どちらになったとしても死は免れない。しかし、短時間のみ無双の力を持つ、と。」
「……勇者は、怖かった。魔族を殺すのが、と言うのも有るが何より自分が死ぬのが。魔族はおどおどした勇者を見て溜め息を付きながら、灰に成り掛けた右手を空中に伸ばしーー自らの腹を、抉った。」
じ、自殺したのか?
でもそれは聖剣の傷じゃないからちゃんと治るんだよな?
「次々と溢れ出る臟腑、呆気に暮れる勇者に、魔族は笑顔で言いました。『これでもう、皆を助けない選択肢は無くなったわね。私の死を無駄に出来ないでしょ?だってあなた、ものすごーく意気地無しで、底抜けに優しいんだもの』と。」
ま、魔族……!お前は凄いよ……。酒飲んだくれてるうちのウサギと交換したいぐらいだ。
「じっがりじなざいよぉぉぉ!あんだ勇者なんでしょ!?」
ふと横を見ると、アンリが号泣していた。
あっ、結構涙脆いんだな……。見なかった事にしよう。
「その傷で遂に再生が追い付かなくなった魔族の肉体は崩壊し、寝台の上に残ったのは、灰の山の上に転がった、深紅の宝玉でした。そして勇者は決意し、魔石を取り込みました。瞬間、勇者に変化が起こります。心臓が熱くなり、視界が真っ赤に染まる。そして……自分の中に根付いた魔導防壁が『絶対防壁』へと覚醒するのを感じました。」
なんで勇者の権能が、魔族の核を取り込む事で覚醒すんだ?ちょっと分かんないな……。
「勇者は反撃に出ました。しかし自分に時間が無いことを悟った勇者は、殲滅するのではなく、『押し返す』事にしたのです。自分の命を燃料に、町とその周辺の四方を覆う巨大な防壁を展開したのです。これが、現代にも残るバリスヒルドの魔導防壁の正体だと伝わっていますな。」
「そして力尽きた壁の勇者は、駆け寄って来る住民達の前で、灰となり消えました。そこには、蒼い宝玉が置かれていたと言います……その宝玉は勇者の持っていた剣に嵌め込まれ、バリスヒルドの王家に受け継がれていますな。その力は彼の『七星武装』の一つに数えられる程ですぞ。」
……待って、普通にベタな話だけど、一つだけ言わせてくれ。
最後の七星武装ってなんすか!?それが気になって内容全部トんだんですけど!
「七星武装とはなんだ?」
「世界に散らばる、最強の武器の総称ですぞ。古代の物から最新の技術の粋による物まで様々ですが、特に有名なのは『王国の聖剣』『帝国の聖槍』『獣国の護剣』『エルフの神杖』ぐらいですかな。ちなみに獣国の護剣がさっきの剣ですぞ。」
へー、俺には一生使う機会無いだろうけど、かっこいいな。一度ぐらいは見てみたいものだ。
「おっと、お湯が煮えた様ですな。晩飯を作るとしますか。アンリは野菜を切って、ユナは皮をむいて。キンジはケンイチ殿と共に周囲の見張りを頼みますぞ。」
「ああ……分かったよ……ぐすっ。」
「野菜ちょうだい、ギール……ぐすっ。」
泣いている二人をユナがあきれた顔で見ていた。
あ、ユナは泣いてる人の横で変に客観的になっちゃうタイプか。
「いや、これって多分ギールさんが脚色してるだけで実際はここまでロマンチックでは……。勇者だって実在するかどうかも怪しいですし。」
いや……そんな、『ドラえもんの道具で何が欲しい?』って会話してる奴らに『ドラえもんなんていないよ。』って言うみたいな正論言うなよ……。あと、勇者はお前の真横に居るぞ。顔面崩壊してますけど。
「うるさいぞユナ!壁の勇者は自分を犠牲にして人々を守ったんだぞ!」
「そうよユナ!魔族は命を懸けて勇者を励ましたのよ!」
キンジとアンリは顔を涙でグシャグシャにしながらユナに反論した。
いや、良い話だとは思うけどそこまでか?