70.真冬の絶対者
「それでは、マントの方は明日の朝までに完成させますので、その時にまたお越し下さいますか?」
「分かった。」
宴会を途中で抜け、俺は今村の出入り口で長老と話していた。
よし、明日の朝だな。
マントさえ手に入れればこのちょっと洒落にならない寒さも改善されるだろう、それまでは藁にでも埋もれて凌ぐかな。
「騎士様、料理を詰めましたのでどうぞ。」
長老はそう言いながら沢山の料理が詰められた籠を渡してきた。
肉やジャガイモ、下の方にはひょうたんみたいな容器に入った酒らしき物が入っている。
おお!忘れてたけどおみやげ頼んだんだったな。
前回は全部ブラウに食われちまったから、今回は独り占めしよう。
しかもブラウ、というか魔族は栄養を摂取しなくても別に平気らしいからな。
俺が食べるのを優先すべきだろう。
「感謝する。」
俺は長老から籠を受けとり柵の方に歩いていく。
いやー!今日は楽しかったな!
子供とも遊べたし、料理にもありつけた。
もうかなり暗いし、家に帰ったら料理を食べてさっさと寝よう。
村から出て少し歩るくと俺はふう、と息を吐いて籠のジャガイモに手を出した。
星を見ながらちびちびかじり家の方面に進んでいく。
「ち……だ、い」
「へっ?」
後方から複数の子供の声を混ぜた様な不気味な声が聞こえた。
な、なんだ……?
声色は子供だが、性別は判断できない。
俺は心臓の鼓動が早まるのを感じながら後ろを振り向いた。
「何もいない……?」
背後には、何も存在していなかった。
良かった……。
多分村の方から聞こえた声が偶然重なって俺に届いただけだろう。
や、やっぱ夜に森を歩くのは良くないな!
気のせいとはいえ、一々些細な事で肝を冷やす事にーー
「そ、れ……ちょうだい?」
ーー耳元で幼げな声が確かにそう言った。
「っ!」
……「それちょうだい」って言ったのか?
俺は自分の手に握られているジャガイモを見た。
「こ、これが欲しいのか?」
恐怖と寒さで奥歯が震えるのを感じながら俺は勇気を出し、謎の声に問い掛けた。
「そ、れちょうだい?」
謎の声が全く同じ抑揚でそう言った。
やはりジャガイモが欲しいらしい。
こ、断ったら何されるか分かんねぇし、やるか。
ここで食い意地張って殺されたらマヌケ過ぎるしな。
「分かった。」
俺はぎこちない動きで、目の前の白い地面にまだ口を付けていないジャガイモを2つ置いた。
しかし、少し待っても何もおこる様子は無い。
不思議に思ってジャガイモを拾い上げようとした瞬間、
グワン!という音を前方から感じた。
地面に向けていた目線をゆっくりと目の前に戻すと、そこには無理矢理空間がこじ開けられた様な円形に歪んだ穴があった。
「な、んだあれ……。」
そこから青白い色をした巨大な『腕』が這い出てきた。
パッと見、爬虫類の様な爪や鱗などが付いていて竜の腕に見えるが、違う。
指が五本あり、腕の構造も人間的なのだ。
背筋に薄ら寒い物が走る。
不気味過ぎる。
その腕は器用に地面に置いたジャガイモを摘まみ、また穴に戻って行った。
穴が少しずつ小さくなっていき、消滅した。
しかし俺は暫く動くことができなかった。
あれの正体は何なのか、戦闘になったら勝てるのか。
様々な疑問が俺の中に渦巻いたが、一番先に感じたのはあの腕の主に見逃された事への安堵だった。
『あれを怒らせたら間違いなく死ぬ。』
俺に相手の強さを『観察』以外で判断できる技能など殆ど無いが、腕を見た瞬間それだけが直感的に分かった。
仮に向こうの強さがスライムクラスでもブラウクラスでも、
戦いになったら絶対に死んでいた。
「はぁぁぁ……。」
……とりあえず、早く家に帰ろう。
また変なやつに目をつけられたら困る。
俺は早足で、歩いていく。
冬ヤバすぎるな、早くブラウと合流ーー
「ヴラァァァ!」
ズガァァァン!
その時、空中から俺の目の前に巨大な獣が降ってきた。
「勘弁してくれよ……。」
俺は空中に散らばった雪が晴れるのを待って、そいつの姿を確認した。
体長4メートル程だろうか。
頭には二本の捻れた黒い角が生えており、半開きになった口からは獰猛な牙と糸を引いた唾液がそいつの空腹を訴えている。
「……観察。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【『フィンブル』ランクC+】
【吐息は大気を凍てつかせ、角は全てを穿ち、その歩みを止めんとする者は等しく氷像と化す真冬の絶対者】
【牙で噛まれた傷はその形状に溶けない氷によって凍結され、二度と治ることは無い。】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
怪物じゃねぇか……。
逃げるか?
……いや、コイツの外見は狼っぽいから多分俺より速い。
不用意に逃げたら背後から襲われて逆に不利になってしまう可能性もある。
真っ向勝負しか無いって事か……。
「ウォォォン!」
そんな俺の葛藤を嘲笑うかの様に、『真冬の絶対者』は寒空に吠えた。
さて、どうする……?