64.弱者
「お、お前、本当にさっきまでの事を覚えてないのか?」
俺が恐る恐る近づくと、ハーネスは目に涙を浮かべ地面にへたり込みながら俺の横のブラウに目を釘付けにしている。
いや……なんかこいつ村人よりビビってないか?
仮にも魔法使いが村人より恐がりじゃ勤まらんだろ。
「うぁ……ケ、ケンイチだけでも逃げるのじゃ!」
ハーネスはそう言いながらよろよろと立ち上がり、右手をブラウに向けた。
その腕は震えていて、内心の恐怖を物語っている。
「今は杖が無いから大した魔法は使えないけど……全魔力を使えば少しの足止めは出来る……いや、やって見せる!」
突きだした手の前に赤色の魔方陣が表れ、その前に大きい火の玉が形成された。
「『ファイアーボール!』」
打ち出された火の玉は、まあまあのスピードでブラウ向かってきた。
命中したが、毛に散らされ掻き消えた。
いや、さっきもっとヤバイのバンバン撃ってたろ。
マジでどういう事なんだ……?
もしかして、あの状態になるのに条件とかあるのかも。
だとしたら何なんだ?
急にああなられたらと思うと怖くて仕方がないんだけど。
肉体的にも精神的にも。
「に……げて……!」
魔力を使いすぎたのか、ハーネスがまたガクッ、と膝から崩れ落ちた。
お、おう。
今俺はお前から逃げたいよ。
ハーネスを見ると、目を瞑って動かなくなっていた。
浅く胸が上下している。
気絶してるな、さっきまでの俺と同じ状況だ。
魔力を使いすぎれば疲れるのはめっちゃ分かるけど、寝るにしても俺の家に盛り付けられた土を消してからにしてほしい。
「お、おーい起きろ!」
俺が若干ビビりながらハーネスのほっぺをツンツンした。
おお……柔らかい。
いや!そうじゃない!
ビビるな斎藤健一!もし起きたときハーネスがあの状態だったらブラウに守って貰えばいいだろ!(他力本願)
「おきろぉぉぉ!」
俺はブラウを起こすぐらいのつもりで全力でハーネスを揺すった。
しかし余程疲労が溜まっているのか、目蓋の動き一つ無い。
……仕方がない。
こうなったら俺を起こした実績のあるブラウに頼もう。
「ブラウ、こいつを起こしてくれ。」
「え……良いんですか?私のこと怖がってましたよ?」
むしろ怖がってた方が効果はあるからな。
人間も動物も、自分の脅威となる存在が近づけば飛び起きるもんだろ。
というかブラウの寝起きが悪いのはこの森で自分に勝てる生物が殆ど居ないからなんじゃないか?
寝相とかも完全に野生を失ってたし。
「だからこそだ。あ、間違っても殴るなよ?」
「殴りませんよ!私がケンイチさんに暴力を振るった事がありましたか?」
「……結構あったぞ……まぁいいや。早速起こしてくれ。」
「はぁい!」
いい返事をして、ブラウはドテドテとハーネスに近付いていった。
そしてハーネスの前に立ち、何かを思考していた。
多分どうやって起こすかを考えているのだろう。
そして何かを思い付いた顔になって、ハーネスに顔を向けた。
お、なんだ?
「が、がおー!」
……いやいやいや。
絶望的にセンス無いなコイツ。
こんなんで起きるわけ……。
「ひゃぁぁぁ!?」
え、嘘だろ!?
あれで良いのかよ……。
まぁ、この悲鳴を聞く限り今はお婆ハーネス……略して婆ネスだから安心だ。
「起きたか?」
「あわああわわ」
ハーネスは頭を抱えながら震えている。
……ちょっと話が進まないからブラウには一旦待機してて貰おう。
「ブラウ、悪いんだけどちょっと向こうの茂みで隠れててくれ。」
「わ、分かりました。」
ブラウがハーネスから見えなくなったのを確認して、俺はハーネスに向き直った。
取り合えず、村の時みたいに俺の召喚獣って事にしておくか。
「ハーネス、あのウサギは俺の召喚獣なんだ。」
「そんなわけない!あれは魔族じゃ!」
こいつ、魔族を見たことあるのか。
そういやハルメアスも滅茶苦茶警戒してたな。
魔族を見たことが無い村人には若干受け入れられていたが、実際の魔族を見たことがある人はやっぱり受け入れられるのは難しいのかもしれない。
「お前が見た魔族はどんなやつだった?」
「え……、儂が見たのは下級の魔族だったけど……かなり危険じゃった。多分あれも下級だと思う。上級は見ただけで普通の人間なら気絶するらしいし……。」
え……ブラウって下級なの?
じゃあ王様が言ってた魔族の大陸ではブラウが最低ラインなのか?
なんだよその魔境……。
よく今まで人類滅んでなかったな。
つか俺、あのまま勇者やってたらそこに送り込まれてたのか?
それならむしろ顔面崩壊した方がラッキーだったのかもな。
「アイツは仲間だから本当に安全だ。俺を信用してくれ。」
「でも……。」
「頼む。」
「う……分かった。ケンイチが言うんだったらきっとそうなんだろう。」
おお、よかった。
これでまたブラウに人間の仲間が増えたな。
それじゃ、早速家の上の土を消してもらうか。
「それじゃあハーネス、家の上の土を消してくれ。」
「え、出来ないぞ?」
「……え?」
「え?」
け、せない?
それって……この土を自分でどうにかするしかないってこと?
「……え?」
俺の深刻な雰囲気で察したのか、ハーネスの顔が青くなっていた。
「わ、儂、魔力使いすぎて疲れたから家にかえ……」
何かを言おうとしたハーネスに、俺はそっと魔力変質で作成したスコップを差し出す。
ハーネスの首がギギギ、とスコップと土の山を行き来した。
「逃がさねぇよ……?」
「うわぁぁぁ!」
逃げようとするハーネスを取っ捕まえて、山の前に立たせた。
「頑張れば今日中に終わるぞ!」
「やだぁ!こんなのやったら死んじゃうぞ!」
「おらぁ!働け!」
「ああああ!」
ブラウにスコップは持てないと思うし、俺達でやるしかない!
沈みかけたオレンジ色の夕日を尻目に、俺達は土色の山と向き合った。




