26.目指せスローライファー
今俺たちは、家の中で黙々とディナー……もとい果物を食べている。
あ、そうだ。
果物が美味くてすっかり忘れていたが、例の件についてブラウに言ってみよう。
ブラウを村人達に紹介することについてだ。
俺は話を切り出す。
「ブラウ、話があるんだけどさ。」
「なんですか?」
俺が話しかけると、もきゅもきゅしていた果物を飲み込んでから、そう返してきた。
「お前は人間と仲良くしたいんだよな?」
「え?今はケンイチさんがいるから大丈夫てすよ?」
ブラウそう言ったが、言葉の裏を返せば仲良くできるならしたいという事だろう。
俺もブラウには世話になりっぱなしだし、ここで一つドカンとブラウを喜ばせてやりたい。
「できたら仲良くしたいんだよな?」
「え?」
「俺に考えがある」
俺はブラウに、自分が村人達に崇拝まがいの事をされていること、そして俺が紹介すればブラウも村人達と仲良くできるかもしれない事を説明した。
するとブラウは。
「なるほど!それなら……!」
と、目を輝やかせながら言ってきた。
よーし!こうなったら善は急げだ!
明日にでもブラウと一緒に村に行ってみよう。
しかし村に行くためには、最低限の身だしなみを整えなければならない。
ブラウの毛並みを見てみる。
さっきまで茂みの中で寝ていたせいか、葉っぱと土が大量についている。
あと土でカモフラージュされていて分かりにくいが、返り血も大量に付いている。
お世辞にも清潔とは言えない。
これはクリーニングせねばなるまい。
しかし、クリーニングにもっとも必要な物である水が無いのが問題だ。
この森の湖には『リンドヴルム』とかいう化物が住んでいて、簡単には手に入らないらしい。
といっても近くにそれしか水の入手手段が無い筈もない。
そんな過酷な土地に村が発展するはずがないからな。
いや、近くにこんな魔境がある時点で過酷じゃないわけが無いのだが、一応この『バナス大森林』にはたくさんの食べ物がある。
そこから発展したと考えれば無理が無くもない。
しかし、村ほどの大世帯の場合今の俺みたいに果汁だけで水分を賄うわけにはいかないだろう。
何かしらの水源地がカリス村の近くにある筈だ。
となると今日はもう暗いから、明日水の場所を聞きに行こう。
もし今から行っても歓迎してくれるとは思うが、俺は礼節を弁えた騎士キャラでやってるからな。
この印象を崩したくない。
そしてその水源地で水を手に入れてそれで丸一日使ってじっくりとブラウの毛並みの汚れを取る。
その後日村人達にブラウを紹介しに行くから、計画の実行は2日後になっちまうか。
まぁいっか。幸い時間は腐るほどあるからな。
急ぐ必要はない。
折角の森林スローライフなのに、一度人間社会の末端に足を踏み入れただけで、すぐ慌ただしい時間感覚に戻っちまいそうだった。
俺も一週間ぐらい前まで普通に高校生、社会の一員だったからな。
クセとは怖いものだ。
長年に渡って染み付いたこの現代特有の時間感覚はなかなか消え去ってはくれない。
俺もスローライファーの端くれとして、この森の時間感覚に適応しなきゃな。
俺は自分の理想のスローライファーの姿を想像してみた。
日が沈むと共に眠り、日が上がると共に起きて、農作業に励み、その野菜をご近所さんとかと交換する。
うん。
今の俺には1つも当てはまってないな。
今の俺は所謂初心者スローライファーだ。
いくらスローライファーに時間が腐るほどあるとはいえ、その時間を無駄に過ごして良いことにはならない。
日々を惰性でグータラ生きてスローライファーを名乗るやつはスローライファーを名乗る資格はない。
俺も畑でも作ってみるかな。
しかし、この森は只でさえ食い物に溢れてるからな。
畑は一旦保留にして、まずは良いご近所さん作りを優先しよう。
そのためにはブラウと村人を仲良くさせる必要がある。
ブラウを差し置いて村人達と交流しても楽しくないからな。
っと……
腹が膨れたら急に眠くなってきた。
なんだかんだ言って今日は色々合ったからな。
日も完全に沈んだし、スローライファー的な観点から見ると、もう寝るのが正解だろう。
「ブラウ、お前もう寝るか?」
「いえ、もう少し起きてます。」
「そうか、俺はもう寝るからお前も早めに寝ろよ。明日はやることがあるからな」
「何かするんですか?」
「明日教える。」
「ふふ、そうですか、おやすみなさい。」
「ああ」
俺はもはやすっかり慣れてしまった藁のベッドに体を預け、意識が消えるのを静かに待った。