100.忌まわしきその名
門を通され、俺は村に入った。
ええとグルットは……いた。蔵の前に立ってるな。
「おーい、グルッ……!?」
ーーその時俺は信じられない光景を目にした。
先程まで蔵の影になり見えなかったが、グルットの前には見覚えのある赤毛の騎士が立っていた。
初めて正攻法で俺の再生能力を打ち破り、頭にクロスボウをぶちこんだ男。そして……条件付きとは言え、この世界で唯一ブラウを無力化せしめた存在。
ルビエド騎士、ハルメアスがそこには立っていた。
「っ……!?」
咄嗟に建物の陰に隠れ、様子を伺う。
ハルメアスの周りには多くの村人が睨み付けながら囲む様に立っており、正に一触即発、という雰囲気だった。
グルットが口を開く。
「……てめぇ、何しに来やがった。」
「あの騎士の件で謝罪がしたかったのだ。本当に、申し訳ない……!」
震えた声でハルメアスが頭を下げる。
……そういやコイツ、俺のこと死んだと思ってるのか。まあ頭ブチ抜いたんだから死んでない方が問題か。
「……これは、せめてもの謝罪の気持ちだ。許してもらえるなど毛等思っていないが、どうか受け取って……」
ーー差し出された麻袋はグルットの剣によって中身ごと両断された。
刀身が掠り、ハルメアスの頬から少量の血を流れる。
「それ以上その綺麗な顔を傷付けられたくなかったら大人しく帰れ。次は首だぞ。」
「……すまない。……あと、長老殿、少し耳を貸してくれ。」
ハルメアスが踵を返し、村の出口の方に居る長老へとぼとぼ歩き出した。
……ふぅ、良かった。なんか向こうが反省し過ぎててちょっと申し訳ない気もするが、また何かの間違いで頭を貫かれたら堪ったものじゃないからな。帰って貰おう。
俺が今日は出直そうかと後ろを向こうとした時、背後からとんでもない威圧感と冷気を感じる事に気が付いた。
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【『フィンブル』ランクC+】
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「……ん?」
「グルァ……。」
超至近距離で、その獣と目があった。
「あ、あの、フィンブルさん、あなた近くで見たらやっぱりイケメンですね? 良かったら見逃して貰えませんか……?」
「ガァァァ!」
ですよねぇぇぇ!?
フィンブルは前足を振り上げた。
俺は全力でバックステップしたが、追い掛けてくる気配はない。
奴の姿を良く見ると、まるで『何かから逃げてきたかの様に』後ろ半身だけズタズタになっていた。
ら、ラッキーだ!これなら勝てるか……?でもバイルバンカー通らないし……。
「蒼炎よ、焼き焦がせ。」
「グルァァァ!?」
背後から響いた短い詠唱と共に、フィンブルを蒼い炎が襲う。
……ハルメアスが、杖をこちらに向けていた。
「アンタ、来てたのか……!?」
グルットの顔が驚愕に染まる。
厄介事を避けるために、グルットは俺が死んだって方向で通そうとしてくれていたから、ここで俺がハルメアスの前に出てきたのは予想外だったんだろう。
……いや、ごめん、折角気を使ってくれてたのに……。
「ガ……ァ……!」
フィンブルは黒焦げになり、痙攣しながら絶命した。
ええ……?一撃かよ。
俺に使った時とは比べ物にならない火力だった。前は殺さない様に手加減していたんだろう。
「……む、貴公は?……まさか、あのときの騎士ではないか……!?生きていたのか!?」
俺に気が付いたハルメアスが肩を掴んできた。
ま、まずい!即効でバレてるぞ!おれはグルットに助けを求める視線を送ったが、『言い訳のしようが無い』と言う風にそっぽを向いてしまった。
ちくしょう!どう誤魔化す!?
「お、おで、おまえ、しらない。」
出来るだけ声を野太くしながらそう言った。
「喋り方……ああ、すまない。知り合いに似ていたものでな。」
「わ"、わがだ、じがだがない。」
「……鼻でも詰まっているのか……?そういう時は雷神草を煎じて飲むと良い。効くぞ。」
ハルメアスが腰に着けたポーチから草を取り出して渡してきた。
え、すげぇ要らないんだけど。
「い、いだないぞ。」
「……そうか。風邪には気を付けろ。」
俺がそう答えるとハルメアスは急にしょぼんとし、再び出口へと歩いて行く。
しかし、遠くで様子を伺っていた長老の前で足を止めた。
そして何かを耳打ちして、村から出ていった。
それを聞いた長老が真っ青になって固まっている。
……アイツ、なんて言ったんだ?
「どうした?」
目を見開き、血の気が無い顔を更に青くしながら立ち尽くしている長老に話し掛けた。
「騎士、様……、この村は、終わりです。」
「え?」
そしてぼそりと、とんでもない事を言った。
いやいやいや!急展開過ぎるだろ!
「な、何故だ?」
「龍神の異常にもアレが起因しているのか……?リンドヴルムはどうなったのだ……。」
頭を抱えながらなにやらブツブツと呟いている。
こちらの声にも反応していないな。明らかにただ事では無い。
「落ち着け。」
俺は長老の肩を掴み、目を会わせた。
「……はい、そうですね。お見苦しい所をお見せしました。」
「それで、どうしたんだ。何があった。」
長老の首筋には未だに鳥肌が立っていてそのショックの大きさを示している。
しかし何度か深呼吸をして少しずつ落ち着いてきた様で、やっと口を開く。
「……確かではない、とのことなのですが……。」
長老はゆっくりと、歯の根を合わせる様に慎重に一語ずつ言葉を紡ぐ。
「……バナス大森林に……彼の忌まわしきハーフエルフが住み着いています。」
「……え?」
聞こえた内容は、予想外のものだった。
ハーフエルフ……俺がこの世界において、ブラウの次に親密な関係を築いた種族。……ハーネスの事か?