99.命奪の感慨
「あ……あ?」
意識が浮上すると同時に、眩しさと頭痛が同時に襲ってくる。
確か……昨日俺はブラウのステータスを見て気絶したんだっけか。痛む頭を押さえながら周りを見ると、当のブラウは呑気に眠っていた。
「ケンイチさん……お魚じゃリンドヴルムには勝てませんよ……。」
……一体どんな夢を見てればそんな寝言が出てくるんだ。
なんだ?俺が魚を武器にリンドヴルムに立ち向かってるのか?どういう状況なんだよ……?
せめてハルバードを……あ、そういや壊しちゃったから、グルットに弁償しに行かないといけないのか。
ブラウが起きる前に行ってしまおう。俺は右手に昨日の金貨を、左手にハルパードを握り外に出て歩き出した。
昨晩の生ぬるい風はもう吹いていない。
と言うか……あの少年、と言って良いのか、あの龍人は何だったんだろうか。
恐らくこの腕の主なんだろうが、あまりにもキモ過ぎる。(大ブーメラン)
それはさておき……よし、村に着いた。
俺はいつも通り門番に近付いていく。
「村に入りたい。」
「おはようござます騎士様!……あれ、その上衣……この村の紋章ですか?」
体の線の細い門番の青年が俺の鎧を指差しながら言ってきた。
少し長めな灰色の髪をしており、顔立ちのせいか少女にも見えた。
「ああ、カーニャに繕って貰った。」
「……へえ、カーニャに。」
何故か、青年の表情が少し陰った様に見えた。
……あれ、もしかしてこいつカーニャの事好きなのか?
ああそうか、そりゃあ自分の気になってる人が素性不明な騎士に縫い物あげてたらあまり良い気持ちはしないな。
「心配するな。カーニャも私の様な薄汚い騎士には恋慕の念など抱いてはいないだろう。ただ、命を助けられた恩を過剰に感じているだけだ。」
「ち、違います!別に好きだとかそう言うのじゃ……それに騎士様は薄汚くなんてないです!本当にかっこよくて、カーニャもグルットさんも、貴方が居なければ……!」
……かっこいい、って。
人生通算で、近所の食堂のおばさん以外に初めて言われたぞ。あの人良い人だったな……。って、話がずれた。
この青年も変わってるな……と言うか多分そんなに年齢変わらないのに『青年』じゃちょっと上から目線っぽいから、名前聞いとくか。
「ありがとう。……そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。」
「……僕はグレイといいます。……あの、騎士様は、ケンイチ様ですよね?リウスが言ってました。」
「呼び捨てで構わないぞ。」
「え、でも年上ですし……」
……俺、パッと見て何歳に見えるんだろうな。
キンジとかも28で納得してたし、意外と老けて見えるのかもしれない。
ちょっと不安になってきたぞ。
顔も見せずになに言ってんだって話だけども。
「私は、いくつに見える?」
俺はそれこそおばさんみたいな事をグレイに聞いた。
「……分かりません。」
「え?いや別に大体で良いんだぞ?」
「……本当に、分かりません。」
「そ、そうか。」
グレイは本気で困った顔をしながら言ってきた。
ええ……?俺ってパッと見、年齢不祥なの……?
マジかよ、せめて嘘でも良いから何歳か言ってくれよ……不安になるんだけど……。
「グルァァァ!」
俺が頭を抱えそうになった時、森の方から魔物の鳴き声が聞こえた。
白い狼が走ってきている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【『スノーウルフ』ランクE+】
【冬季の飢餓による個体数の減少により、単独での狩りに特化した『グレーウルフ』の進化系。】
【食用の場合、栄養価は極めて高く、極寒の地域ではその臓物と生き血を啜ることで寒さと万病への対策になると考えられている。】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「っ、騎士様!武器は……無いですね。下がっていて下さい!」
グレイが狼狽えながらも、俺の少し前に立った。
Eランクか。それなら最近若干インフレに着いていけなくなっていたバイルバンカーでも一撃だな。
俺は左手をスノーウルフに向けた。
「グレイ、しゃがめ。」
「えっ?」
突き出した手の平から放たれた鈍銀の大槍が、迫り来る白狼の頭を吹き飛ばしたーー
ーーsideグレイーー
「私は、いくつに見える。」
目の前の騎士が平坦な声色で問い掛けてくる。
……分からない。
声は若く感じた。それも、成人を迎えたての青年の様に。
体つきは歴戦の騎士その物。自分など簡単に捻り潰せそうだ。
……しかし、極めて老いている様にも見える。まるで朽ちた枯木みたいな、疲れ果て、沢山の人々が紡ぐ無数の悪意にうちひしがれた老人にも思えた。
……全く持って分からない。
適当に答えようかとも思ったが、それは悪い気がする。
「……分かりません。」
「……そうか。」
騎士様は少し物悲しそうに答える。
……僕は、自分は何か言葉を選び間違えたのだろうかと酷く不安になった。
「グルァァァ!」
突如、雪原に響いた獣の咆哮に、心臓が跳び跳ねた。
森の方角から白狼が走ってきている。
あいつぐらいなら多少の怪我を覚悟すれば自分でも倒せるかもしれないが、 確実ではない。
そう思いながら騎士様に協力を仰ごうとすると、僕はあることに気付いた。
騎士様は武器を持っていないのだ。手には最早形を成していない刃が握られていたが、切れ味は期待できないだろう。
「騎士様、下がっていて下さい!」
僕は少し震える足を動かし騎士様と白狼の間に立った。
「しゃがめ。グレイ。」
「え?」
ーー直後、頭上を巨大な銀槍が掠めた。
パンッ。
何かが弾けた様な音が聞こえ、白い地面に赤い花を咲かせる。
下げていた頭を上げると、神速の巨槍によって白狼の頭は消し飛び、それによって延長線上に有った木々の横っ腹が抉り取られていた。
そして騎士様が『消えろ』と言うと槍は最初から存在しなかったかの様に、霧散した。
「騎士……様……」
「……さあ、村に入ろう。」
倒れ伏す首の無い白狼を見下しながら、冷えた声で騎士様は言った。
……この人は、魔物とはいえ1つの命を奪った直後に何の感慨も抱いていないのか?
むしろそれが日常の1コマのであるかの様に。……まるで、人間の皮を被った『化物』の様に。
「……騎士様、貴方は……」
『人間ではないのですか?』
後に続きそうになった、大切な人を救ってくれた恩人に言うにはあまりにも無礼過ぎる言葉を必死に飲み込んだ。
……きっと、僕の気のせいだ。そうに決まっている。
だってあの時ーー
『騎士道とはその名の通り、騎士の正しい姿を現した物だ。勇気があり、強く優しい。そんな姿だ。そしてその強さは民を護るためにある。』
……あの言葉はきっと、偽りなんかじゃない。
僕は、あの言葉を聞いて胸が震えた。それはきっと他の皆も同じだ。……あの時まで、騎士道なんて貴族が都合良く格好を付けるための道具だと思っていた。
でもこの人は違う。だってこの人は、この人こそはーー
本物の、騎士なんだから。
「どうした?行くぞグレイ。」
騎士様が振り返り言った。いつも通りの、暖かい声だった。
「……はい!行きましょう!」
僕は、騎士様を村に通した。
……僕は番人だ。
もしいつか、騎士様が本当の化物になってしまう事があったのなら……
その時は、僕がこの人を止める。




