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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
15/232

#014「値踏み」【松子】

#014「値踏み」【松子】


 銀行にお母さんから電話が掛かってきた。寿くんのことで大事な話があるというので何かと思えば、家庭訪問で担任の先生が鶴岡家に来るから、半休を取れということだった。

「お母さんがいれば、それで良いんじゃなくて」

 メモにボールペンで幾何学模様を走らせながら、松子は苛立たしげな声音で返した。

「そういう訳にもいかないのよ。一人、急にアルバイトが抜けたものだから、パートに出なきゃいけなくなっちゃって。竹美にも言ってみたんだけど、必修の時間とかぶってるから駄目だって」

「わかったわ。ちょっと待ってて」

 松子は電話の保留ボタンを押すと、つかつかと自席で新聞を読んでいる徳田の前まで行った。

「誠に勝手なお願いなんですけど」

「何かね」

 徳田は顔を上げ、松子のほうを見る。

「明日の午後、お暇をいただけないかと」

「いいよ。進呈品も決まってることだし、時々、休日出勤してもらってることもある」

「ありがとうございます」

 自席に戻り、受話器を取って保留を解除する松子。

「もしもし。快諾いただけたわ」

「そう。悪いわね、突然。それじゃあ、よろしく」

 これが、あんなことに繋がるとは、このときは夢にも思わなかったわ。

  *

「寿くんについては、以上です」

 ワイシャツにスラックス姿の精悍な男は、茶碗をお盆の上の茶托に置くと、上り框から腰を上げた。

「そうですか。では、私のほうから母と叔父に伝えておきます」

「お願いします。それで、あの、松子さん」

「何ですか、坂口先生」

 右手を松子に差し出す坂口。

「俺と付き合ってください」

 頭を下げる坂口に、しばらく松子は茫然としてしまった。

 これって、ひょっとしなくても、そういうお付き合いの申し込みよね。ここは冷静に対処させてもらいましょう。

「お返事を申し上げる前に、二、三点、質問してもよろしいですか」

「どうぞ、どうぞ。何でも聞いてください」

 坂口は頭を上げ、胸を張った。

「フルネームと年齢を教えてください」

「坂口吾朗。今年で二十七歳になります」

 ということは、私より一つ年下なのか。

「お住まいと、家業は」

「市内の賃貸アパートで一人暮らししてます。両親は会社員です」

 公務員で一人暮らしなら、依存されることもないだろうし、それなりに経済観念がしっかりしてそうね。

「教員免許以外に、何か資格をお持ちですか」

「普通乗用車の運転免許と、合気道の段位を持ってます」

「申し込まれた動機をお話願えますか」

「一目見た瞬間から、運命の人だと直感しました。お願いします」

 再び頭を下げ、右手を松子に差し出す坂口。

 嘘のつけない、誠実で、ストレートな人柄なのね。適当で、軽い、いい加減な気持ちによるものなら、「後日、選考結果を郵送します」とでも言ってあしらうところだけど。

「お引き受けします」

 松子は居住まいを正し、坂口の右手を握る。

「ありがとう、松子さん。嬉しいな」

 坂口は握った手に左手を添え、ぶんぶんと振り回す。

 もし坂口さんに耳と尻尾があったら、パタパタとせわしなく動かしてるところね。それにしても、手が大きくて握力の強いこと。

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