#013「汝を愛す」【万里】
#013「汝を愛す」【万里】
「おいおい。部屋はノックしてから入ってくれよ、姉貴。大の男には、女子供に見られたくない秘密があるんだからさ」
誠は口を尖らせ、非難めいた口調で万里に言った。
卑猥な雑誌を開いて前屈みに自家発電してるところを、私に見られた経験があるくせに。いまさら隠し立てすること無いじゃない。
「中学生みたいなことを言わないの。だいたい、ノックしようにもドアが無いじゃない」
「だからって、いきなりシャーって開けるなよ。着替え中だったら、どうする」
十歳までお風呂に入れてたのは、誰だと思ってるのよ。あの頃、私は高校生だったんだからね。
「どうもしないわよ。たとえ全裸だったとしても、ちっとも気にしないわ」
万里はベッドサイドのテーブルに花束と荷物を置くと、その奥に置かれている二つの化粧箱と、花瓶に生けられた胡蝶蘭に視線を移した。
しばらく、私が花束を持ってくる必要は無さそうね。
「ねぇ、誠。新聞社を辞めて、近々、小料理屋でも新装開店するつもりなの」
「悪くない話だけど、編集長を退職する予定は、今のところ無いな」
「あら、残念ね」
万里は、重ねて置かれた箱のうち、上の箱の蓋を開けた。
このマークは、銀座の高級果物店のものね。今は、何の果物が旬だったかしら。
「まぁ、立派なマスクメロン」
甘い香りだこと。そろそろ食べ頃かしら。
「そこの花束もそうだけど、観音院のお嬢さんが、ダークスーツを着た筋肉質なボディーガードと一緒に見舞いに来てな。『未来のお義父さまに、ご挨拶とお見舞いに伺いましたの』だとさ」
おや、まぁ。着々と外堀を埋めていってるわね。恋する乙女の行動力は、潤沢な資本があると桁違いね。プリンセスはクイーンになれるとして、プリンスはキングになれるかしらねぇ。
「下も同じなのかしら」
「いいや、そっちの箱にはピオーネが入ってる。二房あって、一房は食べたから、メロンと一緒に持って帰ってくれ」
誠は昔から、メロンも西瓜も食べられないものね。舌が子供のままなんだから。
「それじゃあ、遠慮なくいただいて帰るわね」
万里は手荷物を出し、空いた袋に二つの化粧箱を入れた。
「着替えとか小物類とか、前に欲しいって言ってたものは全部持ってきたつもりだから、あとで自分で確認してちょうだい。何かあったら、すぐ連絡してね」
「おぅ、了解」
「そうそう。荷物の中にあるタッパーには、頂き物のバームクーヘンが入ってるから」
「わかった。助かるよ」
万里は病室をぐるっと見回すと、袋と花束を持ってカーテンに手を掛けた。
「そんなところかしらね。それじゃあ、今日は急ぐから」
「ちょいちょい。あのブツも持って行ってくれ」
誠は、親指で斜め後ろにある引き出しを差しながら、万里に言った。
「あぁ、アレね。そんな密輸品みたいに言わなくても」
万里は引き出しを開けると、中のビニールを近くにあった白いレジ袋に入れ、口を縛って袋に入れた。
帰ったら胡蝶蘭の花言葉を調べてみなきゃ。どんなメッセージが込められてるか気になるわ。




