#010「鉢合わせ」【小梅】
#010「鉢合わせ」【小梅】
熱心な読者は、度が過ぎると、時として舌鋒鋭く作品を批判するものである。かくいう英里も、ご多分に漏れない。今週のオジョタンについて、ひとこと物申している。なので私は、言い分を認めつつも作者を弁護している。
「さすがに、吹雪の中で短パンは寒いって。山荘の中では、いつもの格好だったんだから、それで良しとしなきゃ」
「わかってないわね。そこで妥協しちゃ駄目なんだって。太腿と膝小僧は正義なんだから」
では、ロングコートと長ズボンは悪なのだろうか。
英里と小梅がショタ談義に花を咲かせていると、例によって、窓の向こうから吉川が姿を現した。
「よっす。何が正義だって」
窓のレールの上に腕を乗せ、吉川は話に割り込もうとした。
「今日も汗だくね、吉川くん」
「だから、吉川くんには関係ない話よ。話したところで、体育会系の筋肉脳には到底理解できないから、あっちへ行きなさい。シッシッ」
英里は吉川に向け、片手を軽く二度ほど振った。
そんなドラ猫みたいに邪険にしたら吉川くんが可哀想よ、英里ちゃん。
「理解できないかどうか、話してみなきゃわかんないぜ」
「話さなくたって、無駄かどうかは判断できるわよ。跳んだり跳ねたりで年中発情期の野兎ぼうや」
「ちょっと、英里ちゃん。それは言いすぎよ」
かくいう英里だって、ショタに対しては帽子屋のように狂ってるじゃない。団栗の背比べよ。
「それじゃあ一つ、跳んで退散するとしましょうか。またな」
吉川は両手を頭の上に乗せて兎の耳を真似ると、二、三度両足跳びをしてから走り去っていった。
「それで話を戻すけど、いつなら都合が良いのよ。私のほうは、いつだってスタンバイ出来てるわよ」
また、その話か。何としてでも寿くんに会いたいのね。ここまで来ると、もう執念を感じるわ。
*
それで何度も話題をずらしたんだけど、その度に軌道修正されて戻ってくるもんだから、相手の要求を呑むことにしました。こういう駆け引きには向かないわ、私。
「この通路の奥が私の家よ」
「フフフ。この先にショタが居るというわけね。興奮してきたわ」
二人は黒光りする乗用車の脇を抜け、旗竿地の奥へと進んでいった。
手前のお宅、ハイヤーでも頼んだのかしら。ボンネットにエンブレムのある高級車だわね。
小梅が玄関を開けようと手を伸ばすと、ノブを掴む前に扉が開き、中から安奈が出てきた。
「それでは失礼します。ごきげんよう。――あら」
安奈は扉を閉めて振り返り、小梅と英里の姿に気付いた。
「この子が寿くんってことは無いわよね」
ひそひそと疑問を投げかける英里に、小梅が応える。
「違うわよ。きっと寿くんのお友達よ。――こんにちは。寿くんのお友達かしら。私は、従姉の鶴岡小梅。こっちは、私のお友達よ」
「松本英里よ。よろしくね」
「はじめまして。観音院安奈です」
安奈は松本に近付くと、瞳を射抜くように見詰め、ハキハキと宣言した。
「念のため、申し上げておきますけど、寿くんの恋人の座は譲りませんからね」
どうして英里が恋のライバルだと思ったのかしら。ショタを狙ってるのは確かだけど、恋人の座を脅かす存在ではないのに。さて。勘違いで恋敵に認定された宣戦布告を、どう切り返したものだろう。




