現実と非現実の狭間
「では、今日はここで野営を行う! 見張りは先程言った通りの順番で行う! では見張り以外の物は各自、時間まで自由行動だ! 食事を摂るもよし、睡眠を取るもよし! ただ時間になったら見張りの交代を行うように! では解散!!」
フライヤさんの言葉によって遠征隊は休息を取ることになった。
ここまで順調にレイクシティまでの行程を消化しているのと、みんな今日の戦闘がうまくいった事で心なしか明るいようだ。
それぞれがプレイヤーと話したり、食事の用意にかかったりしている。
「さて、俺も食事にするか」
俺は空中のコマンドを操作しながらアイテムボックスからパンを出す。
正直あまりおいしくないパンだが、それでもお腹の足しにはなる。
食材を使って料理する事も可能だが、あいにく俺には料理スキルがない。
そもそも、バージョンアップ前から料理スキルの必要性を感じなかった。
お腹が空けばログアウトしたらいいし、街には食事を提供している店もあったからお金を払えば食べる事が出来た。……もちろん脳に信号が送られ満腹感を得られるだけでお腹はいっぱいあにならないが。
その為、迷宮やフィールドに出るときは食材に関しては空腹のごまかしの為、ありきたりな食材を持ち運ぶことしかしなかった。
今となっては現実の世界に戻ることが出来ず、現実の世界では点滴によって命がつながれている状況となってはこの世界での食事はリアルに近いものだ。
レッドシティには料理屋や屋台といった物があったしそこで食べる食事は美味しい。
『食事を楽しむ』
それは確かに生きがいになるけど、俺は今までの事から油断しない為、街以外では最低限の食事しか摂らないようにしている。
「あ~っ!! ハヤト君、そんなありきたりな物を食べて!!」
俺は急に声をかけられびっくりして食べていたパンを喉に詰まらせ、慌てて水をアイテムボックスから取り出し水と一緒にパンを飲み込む。
「ケホッケホッ!! ……殺す気か!!」
「いやいや! ハヤト君が勝手にビックリして喉詰まらせただけじゃん!! 普通そんなにビックリする? アハハ!」
なんなんだコイツ……昼間心配して損した。
俺は無言でパンを食べ始める。
「ちょっとちょっと! そんなに怒んないでよ!!」
ユーリはそう言いながら俺の横に腰を下ろす。
でも、俺はユーリに背を向けパンを食べる。
くそ、なんだか俺が小さい奴みたいじゃないか。
「はい!」
突如俺の背後から視界に何かが入ってくる。
これは……。
「どうぞ!」
振り返るとユーリが微笑みながらサンドイッチを差し出している。
「美味しいもの食べないと元気でないよ! さあ!」
俺はその言葉に無言でサンドイッチを手に取り口に運ぶ。
……美味しい。
口に広がる野菜と肉のハーモニー。
現実世界で食べたカツサンドに似ている。
ソースも忠実に再現されていてこれは……ハマる!
「パクパク……ゴクッ」
……あまりのおいしさに一気に食べてしまった。
「ふふ、そんなに急いで食べなくても! ……美味しかった?」
ユーリがニコッとして顔を覗き込みながら訪ねてくる。
くそ! なんかユーリに負けたみたいだが、確かに美味しかった。
ここは嘘をつけない。
「……美味しかった」
「ふふ、良かった。でも美味しかったならそんな仏頂面じゃなくて笑って言って欲しかったな」
仏頂面……ほっといてくれ! それに俺は負けず嫌いなんだ!
「……仏頂面で悪かったな」
「あっ! またすぐ怒るんだから! ハヤト君って子供だね!」
「どうせ子供ですよ」
「あはは! ハヤト君おかしぃ〜!!」
そしてその後、俺とユーリはしばらくの間今日合った出来事を話した。
しばらくして俺は今日のサンドイッチをユーリが作ったのか気になって聞いてみる事にした。
料理スキルはそれほど重要に思われていなかったし取得してる人も多い訳じゃない。
でも、あのサンドイッチはかなり美味しかった。
ユーリが作ったとしたら料理スキルは高いはずだ。
「……ユーリは料理スキル持ってるのか?」
「うん、持ってるよ! 私こう見えて料理作るの好きなんだ! 現実世界でもお母さんに教えてもらって料理作ってた。……私ね、料理屋さんを開くのが夢なんだ。だから、このWOFの世界であまり必要とされてなかった料理スキルを身に着けたの」
そう言ってユーリは夜空を見上げる。
空には雲がなく、満月の中、無数の星達が輝いている。
こうして見る空は綺麗で現実世界と何の変りもない。
「……最初この世界に閉じ込められた時はとても怖くて泣いてた。でも泣いててもどうにもならない……だから前を向く事にしたの。いつ、元の世界に戻ってもいいように料理の練習をしようって。そして、現実世界に戻った時にお母さんをびっくりさせようって」
そう語るユーリの横顔は決意に満ちた力強い顔をしていた。
今の俺には到底できそうにない。
「……ユーリは強いな」
俺はこの世界に閉じ込められてからずっと後ろ向きな考えをしてきた。
誰とも関わらない方がいい、どうせ別れがある……俺は元の世界に戻ってからの事なんて考えた事がなかった。
「そんなことないよ……ハヤト君こそ強いよ? あんなにモンスターをいっぱい倒せるんだもん」
「いや、俺のは違う。俺は小手先だけの……それこそ気持ち一つで揺らぐような強さだ。れと違いユーリはぶれない強さ……どんな困難にも立ち向かえる心の強さがある。……ユーリは強いよ」
「ハヤト君……。……でも、ハヤト君がいなかったら私も死んでたかも。私知ってるんだよ? 私に向かってきたもう一体のモンスターを倒してくれたのを。だからね、感謝してる。ありがとうハヤト君」
そう言って微笑むユーリの顔を見てこの世界で初めて俺の中で何か温かいものが生まれた。なんだろう? 俺はこの笑顔に救われた気がする。俺も誰かの為になっている。俺の生きている意味がある。そして、この世界で初めて人として向き合っている気がする。
「……いや、礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとうユーリ」
「ハヤト君……私、私ね!! ハ―――」
「そろそろ交代の時間だ!! 交代の者は所定の位置に向かってくれ!!」
「……もうそんな時間か」
「……みたいだね。じゃあ私次見張りだから行くね!」
「あぁ、気をつけてな」
「うん、じゃあ行ってくる!」
そう言ってユーリは駆け出す。
ユーリ……君が現実世界に帰れるように俺も協力するよ。
このWOFがどういった結末になるか分からない。
でも、俺はみんなが帰れる方法を探す。
……レン、おまえはどう考えている?
「あっ、ハヤト君!!」
走っていたユーリが立ち止まって振り返る。
「ん? どうした?」
「レイクシティに着いたらまたご飯作ってあげるから明日もよろしくね!」
両手を口に開けて叫ぶユーリ。
そんな叫ばなくたって聞こえるって。
「分かったよ。 でも俺の護衛料は高いからな。 とびっきり美味しいのを頼むぞ?」
「はーい!! 了解!! じゃあまた明日ね!!」
俺は走っていくユーリに背中を見送る。
まさかこの世界でこんな穏やかな気持ちになれるなんてな。
走り去る前に見せたユーリの笑顔は夜空に輝く月よりも明るく俺の心に刻まれた。