過去 -1-
さあ、すべてを知りなさい
後戻りなどできないのだから――
++++++
『ねえ聞いた? 「5つの間」!』
『聞いた聞いた! 団長が団員の中からトップ5人選ぶやつだろ?』
『誰が選ばれるんだろうね! ドキドキする~!』
『いいよなぁ。選ばれたら色々特別扱いされるんだろうなぁ……』
まず映し出されたのは、団員達の談笑風景だった。
場所は団員の控え室だ。古いテープなだけに色あせているが、判別は充分にできる。
『そうだよねぇ。ま、選ばれなくても「娘」っていうだけで特別扱いされてる人は
いいけどさ』
『おい、聞こえるぞ!』
『いいんじゃない? みんな言ってることだし』
カタンと音がして、画面が横に動いた。少女の後ろ姿が足早に控え室を出ていく。
それは――まだ幼いカナの姿のようだった。
『……よ、よし、5つの間に選ばれるように練習でもしてくるか!』
『そうね。今からじゃ遅いとは思うけどね……』
画面が移動を始めた。――やけに低いアングルだった。地を這うように『胴体』の方へ向かう。その間にも多くの団員達の音声が拾われた。
『この前の公演で人魚役に選ばれた子、すごくない? 演戯中、一度も息継ぎしな
かったって本当かしら』
『猛獣士もすごかったんだぜ! あんな子が今までどこに隠れてたんだか……もの
すごい迫力でさ、舞台で目が合ったら殺されるかと思ったよ』
『「ピエロゲーム」って知ってる? なんかたまにやるお祭りみたいだよ』
『ねえ、あの死神役の男の子、なんて名前かな!?』
『ビッグって象も持ち上げるって話だけど本当か~?』
『ピエロの基本は表情! どんな時でも表情を忘れずに!』
画面は『右腕』に入り、奥へと進んでいった。途中、人形のように同じ顔をした4人のそばをすり抜けて、現在の『巨人の間』がある方へ進む。
入口に柵はなかった。扉が少し開いていて、すべり込むように、中へ。
そこには――ララと、穏やかな顔のビッグが、並んでソファに座っていた。
『ねぇ、ビッグのおにいちゃんは今度の公演もでるの?』
『どうだろう。誰が出るのかは団長が決めるからなぁ』
『でもおにいちゃん、ずっと出てるもん! スゴイよ! おにいちゃんより年上の人
でも、1回も出たことない人、いっぱいいるのに!』
『お前と同じくらいの年で、毎回公演に出てる子達もいるぞ? 年齢なんて関係ない
さ』
『でも、でも! おにいちゃんはきっと、今度の「5つの間」に選ばれるよね!』
ララはビッグに飛びついた。
『ねえおにいちゃん。えらい人になっても、おじちゃんになっても、おじいちゃんに
なっても……ずっとずっと、ララといてくれる?』
『ははは、ララが大きくなったらお前の方から遊びたくなくなるさ』
『そんなことないもん! そんなこと言うなんてオジサンみたい。
ビッグのおじちゃん!』
『……そうだな。ずっとずっと、ララと遊べたらいいんだけどな』
『そうだ! おじちゃんとステージにもたってみたいな! ララ、空中ブランコ上手
くなったんだよ!でもペアの子がいないの…誰かララと一緒に飛んでくれる子、いな
いかなぁ?』
『早くいい子がみつかるといいな』
『うん!』
ぴょんとララが立ち上がり、ビッグの手を引っぱった。
『ビッグのおじちゃん! ね、抱っこして? 肩車でもいい!』
『おいおい……』
『エヘヘ……ビッグのおじちゃん、だーいすき』
『……おじちゃんも、大好きだよ。ララも、他の子供達のことも――』
ぷつりと、画面は一度途切れた。
すぐに復活した画面は、『左脚』を映しているようだった。ある程度、編集してあるということなのだろう。
『ねぇ知ってる? あのコ、夜も1人で練習してるらしいわよ』
『えー? なんでそこまでするの? どうせまた今度の公演も人魚役はあのコに決定
してるんでしょ?』
団員達が数人、現在の『水槽の間』の扉の前で、こそこそと言い合っていた。
『一番年下のくせに、いつもメインの人魚役はあのコだもんね。今度の「5つの間」
にも選ばれるんじゃない?』
『えー、私狙ってたのにぃ~』
『練習量では勝てないでしょ。でもなんでそこまで頑張るんだろうね?』
『さぁ? でも最近ちょっとあのコについていけないかも……』
『それはいえる!ま、せいぜい頑張ってもらえばいいんじゃない?皆が水芸に注目
してくれるようになるし』
『そうね。ね、売店いこ!』
団員の1人が扉を開けた。
『セイレーン! 私達、先に上がるからね!』
『ええ、お疲れ様』
中から、水音と共にセイレーンの声がした。
『今度は音楽に合わせて泳げるようにしなくっちゃ。もっともっと……
頑張らなくちゃ……』
またそこで、画面が切り替わった。
『あの、ピエロのサト……さん?』
まだ見たことのない図書室で、幼い顔のリアラがサトルを見上げていた。サトルは今と変わらぬ長身で、小さなリアラはほとんど首を仰向けていた。
『先輩に言われてきました。私、まだ何もできなくて、演目も決まってなくて。
だから、サト……さんに教えてもらって、一度ピエロをやってみなさい、って
……』
『――あなたにピエロは無理ですよ』
風貌さえ今とほとんど変わらないサトルは、脚を折り、リアラに目の高さを合わせた。
『人を笑わせられないとピエロにはなれない。そんな泣きそうな顔をしていては、
誰も笑わすことができませんよ』
『あの、でも私このままじゃ……』
『時間がかかってもいい。自分の出来ることを自分で探すことです。そうすれば
……あなたを必要としてくれる人も現れるかもしれません』
『でも…私、本当に何もできなくて…』
『焦らなくても大丈夫ですよ。あなたには……私と違って、まだ未来があります』
『……? は、はい……』
また、画面が切り替わる。
目の前をスカート姿の女性の足が歩いていた。周囲はやけに暗い。
何か生理的嫌悪を呼び起こすような音を立てて、扉が開く気配がした。
『アオイさん……またここにいらっしゃったんですね。ユエ様からは、もうこの
「死体置場」から出てもいい、とお許しが出ましたのに』
1人で暗い部屋の奥にたたずんでいた、銀髪の子供が振り返った。
確かにそれは、アオイだった。アオイは女性をちらりと見ただけで、またうつむいた。
『……新しい人間の死体はないのか』
『そうおっしゃられましても。最近はネズミの死骸でさえ少なくなったんですから。
人間の死体なんて、ピエロゲームでも起きない限りなかなか……』
『……』
『それよりユエ様が、そろそろ「5つの間」の5名を決定するそうです。あなたと、
あの猛獣士になった少年は確実に選ばれると思いますよ。こんな所で死体を集めなく
ても……同じように選ばれた方達となら、お仲間になれるのではないですか』
『……仲間……』
アオイは身動きさえしないまま、つぶやくように言った。
『ユエも……それを望んでいるのか……?』
『……。ええ、もちろんです』
女性は一瞬の沈黙の後、そう答えた。
画面が切り替わった。
今度目の前を行くのは子供の足だった。『胴体』を駆けて、行き着いたのは『獣調練場』だ。子供が力を込めて扉を開いたのに合わせ、画面も中へ入り込む。
少し子供との距離が開いた。子供は、幼いカナだった。
カナは檻の間を忍び足で進み、一番奥――現在の『猛獣の間』入口の辺りで、急にしゃがんだ。
隠れているつもりのようだった。しかし獣達にそれで通じるはずもなく、奥からは警戒の唸り声が聞こえてきた。
『……誰? 何か用デスカ?』
『……!』
カナはすぐ、あきらめたように奥へと顔を出した。画面もそちらへ回り込む。
現在は『猛獣の間』に通じる奥のスペースも、他と同じような檻になっていた。その中に赤いライオンとコウがいる。まだ小さい体のあちこちに手当ての跡があるコウは、カナを見て、首をかしげた。
『……誰でしたっけ?』
『……カナ。団長の娘なんだけど……知らないんだ?』
『ユエさんの? ふーん……』
特に興味もなさそうに、コウはライオンのたてがみをなでた。
『とにかく用がないなら、出ていった方がいいデスヨ? ここ、危ないんで』
『……ステージと普段は随分雰囲気が違うんだね』
『そう? ……同じデスヨ』
『あの、さ……この前の公演、あんたのステージが誰よりも凄かった。誰よりも
あんたの迫力が1番恐かった。本当に……凄いと思ったんだ』
『……ありがとうございマス』
『ねぇ、私、きっとおかあさんより上手くなるから。そしたらいつか……
あんたと一緒のステージにたてるかな……?』
コウが、きょとんと目を見開いた。
次いで――若干意地の悪そうな笑みが浮かぶ。
『誰がステージにたつかは、僕が決めることじゃないんで』
『う……そうだけど……』
『だから努力次第じゃないデスカ。……楽しみに待ってますヨ。いつになるか
知りませんケド』
『! うん……!』
と――その時。
けたたましいブザーと共に、大音量のアナウンスが響きわたった。
――『5つの間』の5名が決定いたしました
『右足の棟』にて発表しています
また、選ばれし5名は『左腕の棟』小部屋にお集まりください――
『おや、決まりましたか。じゃあ僕は行かないと』
『え?』
『僕は5人の中に入ってるって、先にユエさんから教えられてたんデス。
……じゃ』
コウは慣れた手つきで檻の鍵を開け、また閉めた。飄々と歩いていくのをカナが見送る。
その視線が、ふと画面に向いた。




