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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第16章
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過去 -2-


 こちらに歩み寄ったカナは、しゃがんで話しかけてきた。


 『お前、ずっとついてきてたよね? 何か用? ……答えるわけないか』


 カナが手を伸ばす。風景が回転して、視点が少し高くなった。


 『「左腕の棟」に、選ばれた人が集まるんだって。どんな人達かな。ちょっと見に行

 ってみよっか? ……あいつも、いるみたいだし』


 画面はカナに運ばれているようだった。獣調練場を出たところで一度止まる。

 『左腕』の入口が映り、まずはアオイが、続いてセイレーンが。そしてリアラとビッグが鉢合わせ、互いに先を譲りながら。それぞれ中へ入っていった。

 その後からカナも潜入した。『左腕』に入ってすぐの小部屋の前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。


 『……集まってくれてありがとう。あなたたち5人は選ばれたの。誇りに思って

 もらっていいわ』


 ユエの声だった。芝居がかった調子で、それぞれを激励しているようだった。


 『ビッグ、あなたは誰も持っていない身体を持っているわ。人の目を引き付けること

 ができる。訓練も頑張ってちょうだいね?』

 『はい。……あの、団長……!』

 『なあに……?』

 『あ……い、いえ……』

 『セイレーン、あなたには驚かされたわ? 一生懸命練習して、とても上手くなった。

 あなたほど努力してる人はいないわ』

 『ありがとうございます、選んでいただいて光栄です……! 期待に応えられるよう、

 これからより一層がんばります!』

 『フフフ……いい答え。頑張ってね? ――コウ、あなたが生き延びてくれたことに感謝

 するわ? 公演でもあなたのステージはいつも満員。あたしに見る目があったのね』

 『……どうも』

 『リアラ、あなたは自分がなぜ選ばれたのか不思議でしょう? ここにいる4人と同等

 だと思わないで……自分のことをよく考えてちょうだいね?』

 『は、はい…!』

 『アオイ、今まで辛かったでしょう……? でもこれからはあなたの力が必要なの。

 期待してるわ?』

 『……』

 『さあ、優秀な、あたしの愛しい子達……ここに集まってもらったのは理由があるわ。

 あたしとあなた達5人とで、儀式を行いたかったの』

 『儀式……?』

 『そうよビッグ。あたし達が、固い絆で結ばれるようになる儀式よ』


 しばし、声が途切れた。

 次に聞こえたビッグとセイレーンの声は、困惑気味だった。


 『団長、これは……?』

 『紙切れ……いえ、お札?』

 『そのお札に自分の髪の毛を1本、付けてちょうだい? なあに……おまじない

 みたいなモノよ? あたしとあなた達が力を合わせていけるようにね――』

 『おまじない……?』

 『そうよリアラ。とってもよく効くおまじないよ』

 『もともと、団長の力になれるよう全力を尽くす気ですけれど』

 『そうねセイレーン。でも、こういうのは形が大事なのよ?

 ……さあみんな、髪を付けたわね?』


 また少しの沈黙。そしてユエが、心から嬉しそうに笑った。


 『フフフ……確かに。みんなありがとう、これであたし達は固い絆で結ばれたわ。

 「巨人」「水槽」「猛獣」「玩具」「死者」――今ここに、契約を!』


 パンッ、と何かが爆ぜる音がした。

 ややあって、コウの面倒くさそうなもの言いが聞こえてきた。


 『もう戻ってもいいデスカ?』

 『ええ。後であなた達には個人訓練場を用意させるわ?これであたし達は……

 ずっとずっと、一緒にいられる……』


 ――画面は刻々と切り替わる。

 『左腕』の奥、親指に当たる中庭で、ビッグとリアラが話をしていた。


 『リアラ、私のことは知っているか?』

 『は、はい……! 私以外の4人は誰もが知ってるような人たちで……! あの、

 何で、私が選ばれたのか……』

 『落ち着いてくれ。私だって、体格がサーカス団員として恵まれていただけの大男だ。

 団長はああ言ったが……私は君と対等だと思ってくれていい』

 『そ、そんなこと……』

 『急にこんなことに選ばれて不安だろう。だが、まだまだ若い君には未来がある』

 『……でも……』

 『君はまだ、演目が決まっていないと聞いた。もしよければ……空中ブランコの

 フライヤーにならないか? ララが――君と同じくらいの女の子が、人手が足りない

 と言うんだ』

 『……フライヤー……? 私にも……できるのかな……?』

 『ララが上手く教えてくれるだろう。とてもいい子だ。ぜひ、仲良くしてやって

 くれ……』


 『左脚』の工房では、セイレーンがゲンに報告をしていた。


 『お父さん、私ね……5つの間の1人に選ばれたのよ!』

 『本当か!? すごいじゃねぇか! さすがオレの娘だな!』

 『団長がね、私のために水槽の間を用意してくださったの。それに私のこと、とても

 褒めてくださったのよ、私が団員の中でいちばん頑張ってるって!』

 『そうかそうか! セイレーンは頑張りやさんだもんな!』

 『ええ、私もっともっと頑張るわ。お父さんが自慢できる娘になりたいもの』

 『はっはっは! 今でも自慢の娘だけどな!』

 『さあ、また練習しなくっちゃ! もっと……もっともっと、頑張らなくっちゃ!』

 『お、おい、もう行くのかセイレーン。……セイレーン!』

 『また後でね、お父さん!』

 『……。セイレーン……』


 そして舞台では、コウとアオイが客席を見据えていた。


 『……コウ。今、何を思っている?』

 『多分、お前と一緒』

 『やっぱりか。……僕はこのあとユエに呼び出されている。次にお前に会う時は、

 僕はきっと――』

 『「5つの間」、ね。ついに始める気になったか』

 『この先どうなるのかわからない』

 『だけど確実にユエさんに遊ばれることになるでしょうネ』

 『……』

 『「約束」――しておきマスカ? どうせお前も、同じこと考えてるデショ』

 『ああ。……所詮、僕たちは親友でもライバルでもない』

 『そう…ただ同じ地獄を見てきただけ。だから、何かあった時には…』


  『『迷わず、殺してくれ――』』


 そこで急に、高いところからのアングルになった。

 ローブを纏った仮面の人物が映っており、じっと手の中を、5枚の札を見つめていた。


 『……ずっと覗いてたの? カナちゃん』


 不意に女の声が言って、そろそろと部屋の扉が開いた。

 入ってきたカナは、腕に黒猫を抱いていた。――が、猫は部屋に入る前に、カナの腕から逃げ出していった。


 『ごめんなさい……』

 『なあに? あなたも選ばれたかったの?』

 『私はまだ、実力不足だってわかってる……』

 『そうね? あなたはまだ早いわ。だから訓練しなさい。あの5人にも追いつける

 ように。あなたには、才能ある血が流れてるんだから――』

 『ねぇ、おかあさん』


 カナが真剣な顔で、ユエを見上げた。


 『私がもっと上手くなったら、いつか、猛獣ショーに……でてみたいんだけど……』


 ユエは、すぐには答えなかった。


 『……。まさかとは思うけど、保険をかけておこうかしら……』

 『え?』

 『カナちゃん、ちょっといらっしゃい?』


 カナは言われたとおり、ユエに歩み寄った。ユエはカナの上から被さるようにして、何かをしていた。

 再び映ったカナの首には、見慣れた白い包帯が巻かれていた。


 『おかあさん、この包帯は?』

 『いい? よく聞いて? この包帯はどんなことがあっても絶対外しちゃダメよ。

 いつか時がきたら……あたしが外してあげるから』

 『? うん』

 『いいコよ……カナちゃんだけ仲間はずれになんて、しないからね?』

 『……おかあさん……?』


 不思議そうな顔をするカナを、ユエが優しく抱きしめた。

 そして――


 ぷつり、と音がした。

 それ以上の映像はなかった。黒い砂嵐が、しばらくの間、画面上を覆っていた。



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