玩具の少女 -4-
「……様子がおかしい」
「おい、どうした?ララ?」
「……」
笑い声さえ止んだ。カナが嫌な目つきでセイジを見上げてきた。
「あんたがこんなちいさなコ相手に本気になるから……」
「え、俺のせい!? おいララ!! どうした!?」
開いたままのララの目の前で、手を振ってみる。そこでセイジは恐ろしいことに気がついた。
「い、息……してないぞ……?」
さすがにカナも青ざめた。
「幼女虐待」
「お、お前もだろ!? ど、どーすりゃいいんだ……!」
「とにかく寝かせる?」
「そうだな!」
セイジとカナは、同時に、ララに触れた。
――私が5つの間に選ばれた! ……信じられない。
今まで訓練サボってばかりだったけど、これからはがんばろう!
空中ブランコのフライヤーが足りないみたい。
ビッグさんに、やってみないかと誘われた。
私にできるかなぁ? 明日……やってみよう。
「これはララの……想念か……?」
「……本当にこの子の?」
――体中が痛い。全然動かない。
そうだ、誰かにブランコから突き落とされたんだ。
私の身体、どうなっちゃったの?
――噂話を聞いた。
私は実力もないのに5つの間に選ばれたから突き落とされたんだって。
誰か……助けて……
――あんた、数合わせなの わからなかった……?――
「…………数合わせだ……!?」
セイジは本気の怒りをあらわにした。カナはわずかに身を竦ませながらも、セイジの袖を引っぱった。
「今はそれどころじゃない。この子、なんとかしないと」
「わかってる……!」
「――ララ?」
不意に、違う声が割り込んだ。2人はぱっと振り返った。
ここが最後の部屋かと思っていたのだが、まだ奥があったようだ。隅の方に、壁とほとんど同じ色のドアがあり、そこから少女の顔が半分だけのぞいていた。
「お前……誰だ?」
「……あ! 思い出した、あんたが『玩具の間』の!」
カナが声を上げ、金髪の少女はにこりと微笑んだ。
「はい、リアラです。嬉しい、カナさん知っててくれたんだ」
「ん? “リアラ”ってどっかで……っていや、そんなことより!」
セイジはララを抱き上げた。
「ララが動かないんだ! なんか、息もしてなくて……お、俺らのせいかも……!」
「まあ」
リアラがこちらの部屋へ入ってきた。カクカクとした妙に不自然な動きだ。しかもよく見れば、その顔の半分は、鉄の仮面のようなもので覆われている。
まるで彼女自身が“玩具”のようだった。
「……ああ、水をかぶったの? それでショートしちゃったのね」
ララを近くで見るなり、リアラが言った。セイジは大きく目を見開いた。
「へ?」
「心配しなくていいです。修理しておくから。これくらいならよくあることです」
「しゅ、修理?」
「ララは人間じゃなくてロボットなの。驚かせてごめんなさい」
「ロボット!?」
「私ちょっと身体が悪くて、あまり動けないの。だから私の代わりにララに案内をお願いしたんだけど……ごめんなさい……」
リアラが、心の底から申し訳なさそうに小さくなった。カナやセイレーンほどに気は強くないようだった。
それはともかく。セイジは「案内」の一言が引っかかり、問い返した。
「俺達が来ること、わかってたのか?」
「ええ、だってずっと応援してきたんだもの」
「ずっと?」
「私は動けないから助言くらいしかできなかったけど、力になりたかったの……」
「助言……?」
首をひねったセイジは、ふと思い当たり、思わずリアラを指さした。
「まさかお前――『R』か!? 掲示板で情報くれてた『R』だろ!?」
するとリアラは、嬉しそうに笑った。
「私でも、少しは役にたてたかな?」
「少しなんてもんじゃないさ、俺がどんだけ心強かったか……」
「私はわからない。なんでセイジなんかに手を貸すの?」
カナが腕組みをした。セイジは水を差されてむっとする。
「おい、どういう意味だそれは」
「『5つの間』の5人はユエに近い位置にいる。ユエ側の人間といっていい。そんな奴がセイジに手を貸しても、なんのメリットもない」
「……ユエ様は、私がすることなんて気にも留めないから」
リアラは悲しそうにうつむいた。
「私は……おまけみたいなものだもの……」
「お、おいおい」
「だけどそれだけじゃない。セイジさんに手を貸したのは、恩返しがしたかったから」
それだけはきっぱりと言い切ったリアラに、セイジは自分を指さした。
「恩返し? 俺なんかしたか?」
リアラはふるふるとかぶりを振った。
「セイジさんじゃなくてサトちゃんに……」
「サトちゃん?」
「ごめんなさいセイジさん。ユエ様のこと、私からは何も言えないの。私のことは……そっとしておいてくれないかな?」
セイジは、頭をかいた。
「まあ……『R』には充分すぎるほど助言してもらったしなぁ……」
「押しが甘い」
カナがふくらはぎを軽く蹴ってきた。セイジはふり返ってカナのひたいを弾いた。
「やめろっての。……これ以上迷惑かけられないだろ」
「甘いことばっか言って、どうなっても知らないから」
「本当に、本当にごめんなさい……」
深々と頭を下げてから、リアラはセイジからララの身体を受け取ろうとした。
「あ、いいよ、俺が運ぶ。そっちの部屋でいいのか?」
「!ごめんなさい……ありがとう」
「ったく……」
リアラが先に立ち、カナもため息混じりについてくる。そして本当に最後の部屋へ、足を踏み入れた瞬間――
セイジは思わぬものを見つけ、叫んだ。
「それ……ビデオカメラか!?」
パソコン台にちょこんと鎮座しているハンディカム。
それはずっと探していた、アナログタイプのものだった。
++++++




