表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第26章
108/117

レクイエム -4-


 サトルはベルを前方にかざし、じっと耳を澄ませた。

 それからゆっくりと横へ動かす。微かな共鳴音を捉えては、少しずつ進んでいく。地道ではあるが、手応えがないわけではなさそうだった。

「……セイジとカナは、苦戦しているかもしれませんね。無事でいるでしょうか」

 サトルのつぶやきに、アンティークはめいっぱい明るく答えた。

『大丈夫、あの方の孫だもん。投げ出したりあきらめたりなんて絶対しない。きっと2人で切り抜けるてくれるよ!』

「そうですね。老いぼれた私なんかより、彼らの方がずっと頼りになるでしょう」

『そんなこと言わないでってば。あたしはサトルのこと、頼りにしてるんだから』

 見渡せば――終わることのない、まっすぐな一本道。

 前も後ろもどこまでも続いて、進むことも戻ることもできない。もし1人で足を踏み入れていたら、発狂するほどの恐怖だったろう。

 今も本当は怖い。しかしサトルがいるから、なんとか耐えられる。

『何か見つかりそう?』

「……ありますね。どうやら壁のどこかに、何か……」

 サトルは真剣に探っていく。アンティークも可能な限り感覚を研ぎ澄ませて周囲に意識を伸ばす。

 ふと、サトルがアンティークを見た。

「アン。本当に……良かったのですか?」

『……何が?』

「私はあなたに、セイジ達と行ってほしかった」

 アンティークはサトルに、『何を言ってるの』という気を送った。

『勝手に1人で背負い込まないでよ。昔から、あなたの悪いクセだよ? いくらセイジが団長ほどしっかりしてないからって』

「……さすがにそれは、セイジに失礼なのでは?」

 サトルが苦笑した。――アンティークにはそう見えた。それで、自分も嬉しくなった。

『だけど今は、カナちゃんもいるしね。セイジに似ずしっかり者だから、きっとセイジを助けてくれると思うんだ』

「そうですね」

『セイジだって……ケンカはすごくしそうだけど、妹を悲しませるようなことは、きっとしないよね』

「……」

『ねぇ、サトル。前にあなたは、「セイジがここへ来たのはこのサーカス団を終わらせるため」って言ったけど――』

 サトルが手を休め、アンティークを見た。アンティークはセイジを、その祖父の顔を思い出しながら、続けた。

『団長は、ただ……セイジ達とサーカスがしたかっただけかもしれないよ。だからカナちゃんをここに預けたり、あたしをセイジに渡したりしたんじゃないかな……?』

「……あなたが言うのなら、そうなのかもしれませんね」

 うなずいて、サトルは再びベルをかざした。

『あ……ごめんね。おしゃべりしすぎだね、あたし』

「そんなことはないですよ。またあなたとこうして話せたことは、とても嬉しいです。ただ、あなたは今でも、団長のことで頭がいっぱいなのだな……と」

 サトルの口調はからかうようだった。アンティークは顔が赤くなる思いで、サトルから意識をはずした。

『ご、ごめん……』

「謝らないでください。……今はただ、あなたに出会えたことに感謝しています。そして団長と共にサーカス団をやれたことも。私の誇りです」

『……サトル……』

 その時だった。

 サトルの手の中で、「リンッ」とベルが鳴いた。

 見れば、近くの壁の一部が淡く発光している。サトルがベルを近付けると、ますますそれがはっきりと分かった。

「ありましたね……!」

『開きそう?』

「やってみましょう。力を貸してもらえますか、アン」

『うん!』

 サトルは壁の近くにベルを置いた。自分は反対の壁まで離れ、銀笛を取り出す。アンティークも意識を高めて一点に集中させた。

 鋭く笛の音が鳴り響いた。それに共鳴してベルも震え出す。

 アンティークもそこへ意識を乗せた。――いつもよりずっと強く、力が溢れてくるようだった。それがヨシタカのドレスのおかげということにはすぐ気づいた。

『――開いて! お願い!!』

 叫びと共に力の塊をたたきつけた。

 ゆらりと、壁が揺れた。次の瞬間、そこには灰色の扉が出現していた。

『やったぁ!』

「……。とにかく入ってみましょうか」

 サトルが扉を押した。中はコンクリートに囲われた狭い部屋だった。

 壁には唯一、何かのスイッチと思われるレバーが据え付けられていた。

『何のスイッチだろう? 扉も何もないみたいだけど…』

「もしかしたら、セイジ達の方に影響するスイッチかもしれません」

 迷わず、サトルは手をかけた。アンティークを抱く手にわずかに力がこもった。

「これでセイジ達に、道が開ければ……」

『……』

 レバーは一気に引き下ろされた。

 と同時に、ぐらりと、地震のような揺れが足下を這っていった。続いてどこかで、何かの蓋が開いたような気配がした。

 そして。

『きゃっ……!』

「!! 危ないっ――」

 バチッと、レバーから火花が散った。

 サトルがアンティークに覆いかぶさった、瞬間。


 部屋そのものが爆発した。


 自分の悲鳴さえ聞こえなかった。閃光と爆音に包まれ、少しの間、何も分からなかった。

 アンティークは必死に目をこらし、やっとのことでサトルの姿を視界に捉えた。

 サトルはアンティークを抱きかかえたまま床に倒れていた。

『サトル!!』

「……っ……」

 呻いたサトルの向こう側は炎に包まれ、真っ赤だった。薄く目を開いたサトルもひたいから血を流している。

「ア……ン……? 破れたり傷ついたり……してないですか……?」

『してない、してないよ……! サトルが庇ってくれたから……!』

「……逆に、助けられてしまったよう……ですね……」

 アンティークは心の中でかぶりを振った。爆発に気づいて押し返そうとはしたが、間に合わなかった。一瞬とはいえ、サトルはその身を爆風と炎にさらされたはずだ。

『人形のあたしのことなんかどうでもいいよ! それより、あなたの身体が……!』

「私の方こそ……いいんです、もう寿命が近かったのですから。……あなたに傷でも付けたら……これから会いに行く団長に、顔向けできなくなるところでした……」

『サトル……!』

「今度こそは、あなたを……守りたかった……」

 サトルは咳き込んだ。口を押さえた指から血が流れ落ちた。

 動くことのできない人形の身体を、アンティークがこれほど腹立たしく思ったことはなかった。

「……こちらの道は、罠でしたが……これでセイジとカナは進めるはず……」

『!! やっぱり、最初から知ってたんでしょ……!? この道の仕掛けも、こっちの道が罠だってことも!!』

「あなたもそれを分かって……ついてきてくれた」

 火勢はますます強くなってきていた。アンティークが築いた『壁』もいつまで保つか分からない。霞がかかった目で、サトルが周囲を見た。

「せっかく守ったのに……あなたが燃えてしまう……」

『……うん。でも、もういいよ。あたしは充分長く生きたし……あたしの役目も、これで終わったんだよ……』

 自分の生は幸せだった。自信を持ってそう言えると思った。

 アンティークは意識をサトルに寄り添わせ、耳元に囁いた。

『あたしもあなたと一緒に眠るから。一緒に……団長のところへいこう……?』

「……はい……」

 サトルが目を閉じる。その表情は穏やかだった。

「……アン……最後に歌を……歌ってくれませんか」

『歌を……?』

「団長にではなく……私に歌を、聴かせて下さい……サーカス団一の……『歌姫』……」

『……サトル……』

 アンティークの白いドレスが、淡く輝いた。

 せめて、あと少しだけ――サトルの願いを聞き届けるまでは。

『……うん、聴いてくれる……? 「笑顔の素敵なピエロさん」……』

 サトルは答えなかった。それでもアンティークは、心を込めて、歌声を響かせた。


 やがて『壁』がひび割れて、歌さえ炎に呑まれるまで。


         ――ごめんね、セイジ。もう一緒にいられなくて

            それから……本当に、ありがとう――



         ++++++



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ