レクイエム -4-
サトルはベルを前方にかざし、じっと耳を澄ませた。
それからゆっくりと横へ動かす。微かな共鳴音を捉えては、少しずつ進んでいく。地道ではあるが、手応えがないわけではなさそうだった。
「……セイジとカナは、苦戦しているかもしれませんね。無事でいるでしょうか」
サトルのつぶやきに、アンティークはめいっぱい明るく答えた。
『大丈夫、あの方の孫だもん。投げ出したりあきらめたりなんて絶対しない。きっと2人で切り抜けるてくれるよ!』
「そうですね。老いぼれた私なんかより、彼らの方がずっと頼りになるでしょう」
『そんなこと言わないでってば。あたしはサトルのこと、頼りにしてるんだから』
見渡せば――終わることのない、まっすぐな一本道。
前も後ろもどこまでも続いて、進むことも戻ることもできない。もし1人で足を踏み入れていたら、発狂するほどの恐怖だったろう。
今も本当は怖い。しかしサトルがいるから、なんとか耐えられる。
『何か見つかりそう?』
「……ありますね。どうやら壁のどこかに、何か……」
サトルは真剣に探っていく。アンティークも可能な限り感覚を研ぎ澄ませて周囲に意識を伸ばす。
ふと、サトルがアンティークを見た。
「アン。本当に……良かったのですか?」
『……何が?』
「私はあなたに、セイジ達と行ってほしかった」
アンティークはサトルに、『何を言ってるの』という気を送った。
『勝手に1人で背負い込まないでよ。昔から、あなたの悪いクセだよ? いくらセイジが団長ほどしっかりしてないからって』
「……さすがにそれは、セイジに失礼なのでは?」
サトルが苦笑した。――アンティークにはそう見えた。それで、自分も嬉しくなった。
『だけど今は、カナちゃんもいるしね。セイジに似ずしっかり者だから、きっとセイジを助けてくれると思うんだ』
「そうですね」
『セイジだって……ケンカはすごくしそうだけど、妹を悲しませるようなことは、きっとしないよね』
「……」
『ねぇ、サトル。前にあなたは、「セイジがここへ来たのはこのサーカス団を終わらせるため」って言ったけど――』
サトルが手を休め、アンティークを見た。アンティークはセイジを、その祖父の顔を思い出しながら、続けた。
『団長は、ただ……セイジ達とサーカスがしたかっただけかもしれないよ。だからカナちゃんをここに預けたり、あたしをセイジに渡したりしたんじゃないかな……?』
「……あなたが言うのなら、そうなのかもしれませんね」
うなずいて、サトルは再びベルをかざした。
『あ……ごめんね。おしゃべりしすぎだね、あたし』
「そんなことはないですよ。またあなたとこうして話せたことは、とても嬉しいです。ただ、あなたは今でも、団長のことで頭がいっぱいなのだな……と」
サトルの口調はからかうようだった。アンティークは顔が赤くなる思いで、サトルから意識をはずした。
『ご、ごめん……』
「謝らないでください。……今はただ、あなたに出会えたことに感謝しています。そして団長と共にサーカス団をやれたことも。私の誇りです」
『……サトル……』
その時だった。
サトルの手の中で、「リンッ」とベルが鳴いた。
見れば、近くの壁の一部が淡く発光している。サトルがベルを近付けると、ますますそれがはっきりと分かった。
「ありましたね……!」
『開きそう?』
「やってみましょう。力を貸してもらえますか、アン」
『うん!』
サトルは壁の近くにベルを置いた。自分は反対の壁まで離れ、銀笛を取り出す。アンティークも意識を高めて一点に集中させた。
鋭く笛の音が鳴り響いた。それに共鳴してベルも震え出す。
アンティークもそこへ意識を乗せた。――いつもよりずっと強く、力が溢れてくるようだった。それがヨシタカのドレスのおかげということにはすぐ気づいた。
『――開いて! お願い!!』
叫びと共に力の塊をたたきつけた。
ゆらりと、壁が揺れた。次の瞬間、そこには灰色の扉が出現していた。
『やったぁ!』
「……。とにかく入ってみましょうか」
サトルが扉を押した。中はコンクリートに囲われた狭い部屋だった。
壁には唯一、何かのスイッチと思われるレバーが据え付けられていた。
『何のスイッチだろう? 扉も何もないみたいだけど…』
「もしかしたら、セイジ達の方に影響するスイッチかもしれません」
迷わず、サトルは手をかけた。アンティークを抱く手にわずかに力がこもった。
「これでセイジ達に、道が開ければ……」
『……』
レバーは一気に引き下ろされた。
と同時に、ぐらりと、地震のような揺れが足下を這っていった。続いてどこかで、何かの蓋が開いたような気配がした。
そして。
『きゃっ……!』
「!! 危ないっ――」
バチッと、レバーから火花が散った。
サトルがアンティークに覆いかぶさった、瞬間。
部屋そのものが爆発した。
自分の悲鳴さえ聞こえなかった。閃光と爆音に包まれ、少しの間、何も分からなかった。
アンティークは必死に目をこらし、やっとのことでサトルの姿を視界に捉えた。
サトルはアンティークを抱きかかえたまま床に倒れていた。
『サトル!!』
「……っ……」
呻いたサトルの向こう側は炎に包まれ、真っ赤だった。薄く目を開いたサトルもひたいから血を流している。
「ア……ン……? 破れたり傷ついたり……してないですか……?」
『してない、してないよ……! サトルが庇ってくれたから……!』
「……逆に、助けられてしまったよう……ですね……」
アンティークは心の中でかぶりを振った。爆発に気づいて押し返そうとはしたが、間に合わなかった。一瞬とはいえ、サトルはその身を爆風と炎にさらされたはずだ。
『人形のあたしのことなんかどうでもいいよ! それより、あなたの身体が……!』
「私の方こそ……いいんです、もう寿命が近かったのですから。……あなたに傷でも付けたら……これから会いに行く団長に、顔向けできなくなるところでした……」
『サトル……!』
「今度こそは、あなたを……守りたかった……」
サトルは咳き込んだ。口を押さえた指から血が流れ落ちた。
動くことのできない人形の身体を、アンティークがこれほど腹立たしく思ったことはなかった。
「……こちらの道は、罠でしたが……これでセイジとカナは進めるはず……」
『!! やっぱり、最初から知ってたんでしょ……!? この道の仕掛けも、こっちの道が罠だってことも!!』
「あなたもそれを分かって……ついてきてくれた」
火勢はますます強くなってきていた。アンティークが築いた『壁』もいつまで保つか分からない。霞がかかった目で、サトルが周囲を見た。
「せっかく守ったのに……あなたが燃えてしまう……」
『……うん。でも、もういいよ。あたしは充分長く生きたし……あたしの役目も、これで終わったんだよ……』
自分の生は幸せだった。自信を持ってそう言えると思った。
アンティークは意識をサトルに寄り添わせ、耳元に囁いた。
『あたしもあなたと一緒に眠るから。一緒に……団長のところへいこう……?』
「……はい……」
サトルが目を閉じる。その表情は穏やかだった。
「……アン……最後に歌を……歌ってくれませんか」
『歌を……?』
「団長にではなく……私に歌を、聴かせて下さい……サーカス団一の……『歌姫』……」
『……サトル……』
アンティークの白いドレスが、淡く輝いた。
せめて、あと少しだけ――サトルの願いを聞き届けるまでは。
『……うん、聴いてくれる……? 「笑顔の素敵なピエロさん」……』
サトルは答えなかった。それでもアンティークは、心を込めて、歌声を響かせた。
やがて『壁』がひび割れて、歌さえ炎に呑まれるまで。
――ごめんね、セイジ。もう一緒にいられなくて
それから……本当に、ありがとう――
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