審判 -3-
アンティークが着替えを終えたのと、サトルがヨシタカの部屋に現れたのが、ほとんど同時だった。
「遅くなりました」
「あ、お前! こんな時にどこ行ってたんだよ!」
「すみません、行くところがあったもので……」
アンティークを見た瞬間に、サトルは言葉を失っていた。
真っ白なドレスに身を包んだアンティークは、照れたような気配で、サトルに意識を向けた。
『どうかな、これ。似合う?』
「……アン……!」
万感を込めたつぶやきは、最高の賛辞だった。アンティークは嬉しそうに笑った。
『ありがと、サトル』
「良かったなアンティーク。……なんか天使みたいだな。本当に綺麗だ」
セイジも満足していた。裁縫に関してなら、ヨシタカは掛け値なしに天才的だと思う。
当のヨシタカもまた、じっとアンティークに見入っていた。
「いや~、我ながら最高の出来だねッ! アンティークちゃんも気に入ってくれたみたいだし、言うことなしだ☆」
『ヨシタカさんも……どうもありがとう』
「なんの、おやすいご用さ☆ ウヒヒッ☆」
「よし。これでやることはやったな。いつユエが来ても大丈夫だ」
「バカ……大丈夫ってことはないでしょ」
やっと決心がついたらしく、カナがおそるおそるの体で部屋に入ってきた。セイジは諸々を込めて苦笑した。
「じたばたしたって仕方ないからな。あとは気楽に待つだけだろ」
「そうなんだけど! あんたのその脳天気さって、本っ当にすごいよね……!」
「――セイジ。1つ、聞いてもいいでしょうか?」
不意に、サトルが固い声を発した。見据えられたセイジは、笑みを収めた。
「何だよ?」
「あなたは、ユエが現れたとして、彼女をどうするつもりでいるのですか?」
『サトル……?』
「どう、って……」
「うまくアオイの札も壊せたなら、その後は? そのまま放っておきますか? ユエのことですから、そのうちまた同じようなことをしでかすかもしれませんよ?」
「……。言っただろ。殺しはやらないぞ、俺は」
意図を悟ったセイジは不機嫌に言い捨てた。
その怒りは、サトルに向けたものばかりではなかった。
「そりゃ、何か方法があるんだったら……あいつを無力化して、これ以上悪さができないようにしてやりたいけど……!」
「……方法さえあったなら、それを実行しますか?」
さらりと、サトルが言った。セイジははっと顔を上げた。
「できるのか!?」
「可能性はあります。過去の実話ですが……大きな術を立て続けに使い、そのために、力の大半を失ってしまったまじない師がいました」
「許容オーバーになるくらいの力を一気に使わせてやればいいってことか?」
「……ユエの許容量なんて、どれだけあるか分からないのに?」
「そんなことができるのか」とカナが暗に云った。ユエの力の大きさ、恐しさはよく知っているのだろう。
サトルがうなずいて、カナにも目を向けた。
「私達だけではもちろん不可能でしょう。ですが今、団長室に『5つの間』の5人が集まっているはずです。アオイは無理としても、4人の力を借りることができれば、あるいは――」
「え? ……あ!『運命の間』って、団長室のことか!?」
「はい。あくまで『ユエの』団長室ですが」
セイジは迷わなかった。カナとサトルを順に見て、宣言する。
「そういうことなら、善は急げだ。あいつらがいるうちに、団長室に乗り込むぞ!」
「ふーん? 君達、『運命の間』に行っちゃうんだ~?」
ヨシタカが横から口をはさんできた。エリが少し悲しそうにセイジを見上げてくる。
「お兄さん達も行っちゃうの?」
「大丈夫だって、また戻ってくるよ」
『今度は一緒にお歌、歌う約束だもんね?』
「ビッグのおじちゃんも……帰ってくる?」
別れ際、幼いながらに何か感じるところがあったようだ。セイジは腰をかがめ、エリの頭に手を置いた。
「あいつに会ったら、『さっさとエリのところに帰れ』って、言っといてやるよ」
「……うん。ありがとう!」
エリはごしごしと目元をこすり、セイジに笑顔を向けた。
「あのね、おじちゃんがセイジお兄ちゃんによろしくって。それと、できればララちゃんに会ってあげてねって言ってたよ!」
「ララに? ……ああ、分かった。戻ってきたら必ず会いに行くよ」
「きっとだよ」
なぜララなのかと不思議に思いつつ、セイジはエリと指切りをした。アンティークとエリが握手をしたところで、ヨシタカがまたセイジをのぞき込んできた。
「セーイージーくん☆ ちょっとお願いしてもいいかなぁ?」
「な、なんだよ今度は」
「オレもアンティークちゃんと、握手がしたいんだけど☆」
「断る!」
「もうちょっと考えようよ」
ヨシタカは、口調はともかく、普段と違うまじめな顔になった。
「そしたら最後に、とっておきの情報をあげちゃうよ。『運命の間』に関することだ。どうだい?」
「情報……?」
『ヨシタカさん、本当に?』
アンティーク本人が、前向きな反応をした。セイジはその肩をぽんとたたいた。
「無理しなくていいんだぞ……?」
『で、でも……握手くらいなら……』
「OKかい!?」
ヨシタカの目が輝いた。アンティークから若干怯えた気配がするので、セイジはこぶしを握る。他に何かしようとすれば容赦なくぶん殴るつもりだった。
が、ヨシタカは意外にも、普通にアンティークの手を握っただけだった。
「……君はやっぱり、オレが出会った中で最高のお人形ちゃんだ。ドレスを作れて光栄だったヨ☆」
アンティークと目を合わせて満足げに笑い、ヨシタカは未練なく手を離した。
「さて、約束だ。6番目の間についてだったね? “A”が言ってたんだけど、あれは元々団長の娘――カナのために用意された部屋らしいよ☆」
「えっ……」
思わぬところで話を振られ、カナが目を見張った。ヨシタカがまたおかしな角度まで首を傾けた。
「当然だろう? 選ばれたのは5人じゃなく、本当は6人なんだ。『首』のための間があったっておかしくもなんともないさッ」
「だけど、『運命の間』は団長室って話じゃないのか?」
「そこがミソだね☆ ユエいわく、『あの子があたしを超える踊り子になったら、6番目の間を引き渡してあげるつもりよ。そのときに首の包帯もとってあげるの』だそうだ☆」
「……っ」
カナがぞっとした様子で首の包帯を押さえた。ヨシタカの口真似はあまりに真に迫っていた。
「とにかく、本気で行くつもりなら気をつけなよ? このサーカス団には、絶対に近づいちゃいけないって言われてる場所が7ヶ所あるんだ。そのうちの1つが『団長室』だからね。ただでたどり着けると思わない方がいいよ☆」
「なんだその七不思議みたいな噂は。……ま、簡単にいかないのは百も承知だ」
セイジはさっと身をひるがえした。
「いい加減行かないと。あいつらがいつまで団長室にいるかわからない。……いろいろとありがとな、ヨシタカ!」
セイジは部屋を飛び出し手行った。カナとサトルもすぐに後を追う。
手を振って見送ってから、ヨシタカは肩をすくめた。
「あーあ。行っちゃったね☆」
「うん……」
「さあて、こっちも準備が必要かな。……君、エリちゃんとかいったっけ? ちょっと手伝ってくれないかなあ?」
「え?」
ヨシタカが扉の前に立って手招きした。エリは首をかしげながら、ヨシタカに駆け寄った。
++++++




