第52話 余裕
境界要塞。
奪い返したばかりの城壁の上。
夜風が強い。
黒い巨体が、瓦礫の上に静かに立っている。
GRASP-Σ《ヘイデス》。
発光ラインは、桃色と橙。
左右で色の違う光が、薄闇の中で淡く脈打つ。
その肩部装甲の上。
二人は並んで座っていた。
足をぶらぶらさせながら。
セナが伸びをする。
「余裕だったにゃあ」
シンは城壁の外を見たまま鼻を鳴らす。
「当たり前だ。白百合がいねえ」
セナが口を尖らせる。
「そーだけどー」
「なんかさ、拍子抜け?」
「もっと暴れられるかと思ったのに」
シンは短く答える。
「目的は奪還だ。遊びじゃねえ」
「分かってるってばー」
そのとき、二人の端末が同時に振動する。
通信回線が開く。
ホログラムに、眼鏡を押し上げる男の姿。
「上出来な初陣です」
柔らかな声。
アインス・クラウス。
「しかし何故、二人とも接続値を30%に?」
セナが肩をすくめる。
「えー?」
「だって余裕だったし」
シンはあくまで平然。
「不要だからな」
「白百合がいねえ戦場で無理する意味がない」
アインスが目を細める。
「分散型の真価はもっと上でしょう?」
「データとしては、やや物足りない」
セナが笑う。
「そーそ、あんまり上げたら遊びにもならなそーだったし」
シンが横目で睨む。
「遊びって言うなボケ」
アインスは小さく息をついた。
「まあ、いいでしょう」
「今回は存在を見せるのが目的でしたから」
一拍。
「くれぐれもお気をつけて」
セナが即答する。
「思ってないくせに」
シンも吐き捨てる。
「けっ」
通信が切れる。
静寂。
夜風だけが吹く。
セナが空を見上げる。
「……実際どう?」
「あ?」
「分散接続値上限。どこまでいけそ?」
シンは少し考える。
感覚で答える。
「……お互い80か90ってとこだろ」
セナが小さく笑う。
「ま、そーだよねえ」
分散型。
50+50で100。
だがそれは、ただの目安。
二人の適性は、それ以上を許容する。
どこまで上げられるか。
どこで壊れるか。
それは、まだ試していない。
シンが立ち上がる。
「腹減った。飯食うぞ」
セナもぴょんと降りる。
「えー、まーた悪態つかれるよー?」
「ちっ、DCかよーって」
シンは鼻で笑う。
「知るかバカ」
「こちとら英雄様だろーが」
セナがヘイデスをちらりと見上げる。
黒い装甲。
蜘蛛の脚のように折り畳まれた八槍。
「見た目は悪魔って感じだけどにゃあ」
シンも一瞬だけ振り返る。
「似合ってんだろ」
「毒蜘蛛だ」
セナは笑う。
「白百合が戻ってきたらさ」
「次はちゃんと遊ぼ?」
シンは答えない。
ただ歩き出す。
だがその目は、要塞の向こう――共和国側を見ていた。
「……ああ」
次は本番だ。
黒い機体は、夜の中で静かに冷えていく。
桃色と橙の光だけが、かすかに残っていた。




