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忍リクルート  作者: 枝久
十二、

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底無しの沼

「あ、あのぅ……あ、足首の傷に配慮するよう、正座ではなく胡座(あぐら)でお願い致します」

「うむ、承知した。よっこいせっと……」


 鋼太郎から勧められ、嶽山が素直にそれに従う。老いぼれくさく言葉を溢しながら地面に座すと、汎の方にゆっくりと顔を向けた。


「そもそも鬼神よ。お主らは……一体、どこまで掴んでおるのだ?」

「あ?」


 問われた汎が、顎に手を当てながら、大男に言葉を返す。


「そうさな……あくまで予測の域だが、草兵衛と芹、それと筑貢と風魔の忍びが繋がり、浦沼で(まじな)いごとを(くわだ)てている。そして、俺の首か若を欲しておると、文に書いてあったな……俺はてっきり、風魔が妖術かなにかで、うちの里の者を(たぶら)かしたのかと思っていたが……彼奴(あやつ)はそれを否定した」


 汎の脳裏には、散っていった風魔を率いし男、是空の顔が浮かんでいるのだろう。


「呪い……か」


 ぼそっと一言呟き、嶽山がふと、北の方角を見遣る。


「おい、嶽山よ。ここは浦沼ではないんだろ?」

「この広大な沼の名は『浦ヶ沼(うらがぬま)』だ……人によっては『浦沼』と呼ぶから、(あなが)ち間違いではないがな。五十年程前、この近隣に大水害が起こり、その水が引いた際、窪地に取り残されるような形で大きな沼が出来たと聞いておる。名の由来となった本当の『浦沼』は、ここよりやや北にある、小さな沼のことだ」


 嶽山の言葉を聞き、汎は懐から地図を取り出して広げる。じいっと凝視したとて、浦ヶ沼の近くに、小沼の記載は無い。

 地図を書き写す際に、()えて記さなかったとしたら、地図上から消された土地のことなぞ、知りようがない。


「やはり、じいとばあが言っていた隠沼(こもりぬ)は、他にあったのだな。そろそろ胡桃が見つけて戻る頃合か。戌ノ組が調べてきたのは、こっちの浦ヶ沼……ちっ! 『浦沼と寺を探せ』と伝えただけなら、そりゃ間違うわな」


 舌打ちをするも、関心が他に向いているせいか、戌ノ組の失敗に対して、さして責める気は無さそうだ。

 

「では、童共を使い、こちらの沼に建てさせていたあの(ほこら)は何なんだ?」


 そう言って、汎が沼の中央を振り返る。だが、もう水面上にそれらしい建造物は見当たらなかった。こちらが戦闘に集中してる間に、千鳥ら丑ノ組が指示通りに破壊したようだ。


「あれは…… 美都利(いわ)く、『慰霊碑(いれいひ)』だ、そうだ」

「慰霊碑?」

「あぁ。儂はいらんと言うたのに、彼奴が遊び半分でやらせておった。そんな戯れで作られたものに、我等が城の者達の魂が浮かばれるものか」


 苦々しげな表情で、嶽山がそう吐き捨てた。


「だが、裏を返せば、お前が美都利を止めることが出来なかったという証だろう?」

「そうだな……小言程度ならば儂の言葉に耳を傾けることもあるが……彼奴に指図が出来るのは、草兵衛殿か芹殿だけだ」

「それもまた奇妙な話だな。それだけ、二人に恩義があるということか?」

「以前聞いたことがあるのだが……どうも、美都利はあの二人に拾われたらしい」

「「「「拾われた?」」」」


 嶽山の言葉に違和感を覚えたのか、皆が揃って顔を(しか)める。


「な、なんだ? 何かおかしなことでも?」

「おかしなことだらけだが、まぁ、いい。それよりも、お前は呪いが何か知っておるんだろ?」

「……」


「お、教えてくれ!」

「天道丸様……」


 身を乗り出してきた蘇芳丸には甘いのか、嶽山は目を(ほころ)ばせて、また口を開いた。


「老人の戯言(ざれごと)として、ちと聞いて頂けますかな? 昔……我が主君、永明様に言われたことがある。『嶽山よ、お主は海を見たことがあるか?』……無論、儂は申し上げた。『一度もありませぬ』と」

「海?」


「なぁなぁ、海って、あれだろ? とてつもなくでっかい池のことだろ?」

「え? えぇと……あ、いやぁ……」


 蘇芳丸がこそっと鋼太郎に耳打ちするが、今、口を開く立場ではないと(わきま)えている少年は、返答に(きゅう)して、おろおろするばかり。

 それを呆れたように眺めながら、汎が少年達に話し掛けた。


「おい、知ってるか? 武蔵国の一部は太古、海だったらしいぞ?」

「えっ⁉︎ そんな……大量の水は一体どこへ消えたんですか?」


 鉢ノ助が目を丸くして聞き返す。驚きで身体を反らしたせいで、彼の背に背負われている梅丸の身体が、がくんと揺れた。だが、眠る少年が起きる気配は未だ無い。


「なんでも、長い年月で地形が変化したとかなんとか……まぁ、実際に見てはおらんし、言い伝えでしか知らんがな」

「いや、儂もそう伝え聞く。ここよりさらに北に位置する大神社の鳥居は、当時、海の岸壁にあったそうだ」

「「へぇ〜〜」」


 蘇芳丸と鉢ノ助が、揃って素直に頷く。


「浦沼はその時の名残りだそうだ。年月(としつき)の流れと共に、小さくも深い深い沼となった、と。まるで底無しのように、一度沈むと浮かび上がれず、深部は海に通じるとか通じないとか……『武蔵の(へそ)』なぞという異名までもが飛び出す始末。まぁ、それだけなら、ただの沼。何も珍しいことはない」


 何やら含みを持たせた言い方をして、さらに嶽山は話を続ける。

 

「あの沼には少々、逸話があってな……むかしむかし、村に片方の足指が生まれつきない娘がいた。足が悪いことで、周りに(うと)まれ、気を病んだ娘はとうとう、その沼に身を投げてしまった。すると、翌日……沼の(ほとり)に、生まれて間もない赤子が『おぎゃぁおぎゃぁ』と泣いていたそうだ。それが不可思議なことに、その赤子は身投げした娘と同じく足指がなかったのだ。『娘が若返った!』と村は大騒ぎ。己の命という対価を支払い、娘は人生のやり直しという夢を叶えたのではないか……という風聞が広まり、それ以来、欲深い願いを抱えた愚か者達の入水(じゅすい)が後を立たなかったそうな……」


 嶽山は幼子をあやす様な語り口で話し、それが終わると、しん……と、辺りは静まり返った。


 その沈黙を、汎が溜息を吐き出して破る。


「はぁ……お前の話は(いささ)か、風聞だらけだな。(には)かには信じ難い」

「信じられんのは当然だ、鬼神。儂も……信じてはおらん」


 ………………


「は? 何だ、お前……信じていないのか⁉︎ てっきり、お家再興に奔走して、このような馬鹿げた謀事(はかりごと)に乗っかったのかと……」

「口伝で繋がった出鱈目(でたらめ)な話を、真実(まこと)と信じて疑わぬ者は、心の弱き者だ。死んだ者は……二度と生き返らぬのだから……」


 ざっ!


 その時、先程指示を出していた忍び達がこの沼畔へと舞い戻った。

風聞:ウワサ話

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