首筋
「誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!」
「あ……え、えっと……」
蘇芳丸の眼前で嶽山が勢いよく土下座をするが、された側は困惑を隠せない。おろおろと視線が泳ぎ……ふと大男の後方にぴたりと目が止まる。
先程、蘇芳丸に斬られた足の腱なぞ気にせず地面に座しているせいか、どくどくと出血が止まらない。血溜まりはじわじわと広がり、草を赤く染めていく。
それを見て、慌てて蘇芳丸が声を上げる。
「おい、足! 足! 血が出たまんまだよ! いいから先に手当てしてくれよーー!」
「おぉ! な、なんとお優しい……」
顔を上げた嶽山の瞳が煌々と輝いている。最早、別人のような大男の様子に一同唖然としていると、汎が溜息と共に言葉を吐き出した。
「はぁ…… 胡桃がこの場にいれば一瞬で済むんだが……おい、鋼太郎! ちょっと此奴を診てやってくれ」
「えっ? あっ……ええっ!? で、でも……」
「大丈夫だ。もう嶽山に、我等への敵意はない。なぁ、そうだろ?」
「寧ろ、こちらの非礼を心より詫びたい……謝った所で、どうにも戻せないこともあるがな」
嶽山の脳裏には大樹の顔が思い浮かんでいるのだろう。よもや、追い求めた天道丸が忍びの里で生き延びているとは夢にも思わず、敵視し、最終的にはその御子が慕う兄弟分を傷つけ、見殺しにしたのだ。
蘇芳丸の顔もぎゅっと険しくなる。大樹の仇のうちの一名であり、自身の出生を知る唯一の者。少年の胸中は複雑だ。
「えっ、あ、わ、わ、分かりました!」
小心者な少年は汎に向けそう返事をすると、背負っていた梅丸を鉢ノ助の背へと渡し、ごそごそと懐から巾着袋を取り出した。沼に落ちたせいで、この布袋もじっとりと水を含んでいる。
「ち、ちょっと伏せてもらっていいですか?」
「うむ」
鋼太郎の言葉に大男は素直に応じ、ごろりとその場で俯せになった。侍が無防備に他者に背を見せる……数刻前まで敵だった相手にこうして心許せるのは、大切な御子をここまで護り、育てて貰ったことによる信頼か。
「よいしょっ、と……」
嶽山の傍らに腰を据え、鋼太郎が布袋の中から包みを取り出す。蝋を染み込ませた、水気を弾く仕様の加工紙で出来た包み……中を開け、道具の無事を確認しながら何点かを取り出す。
「えっと、火打ち石は……」
「俺が持ってるぞ」
「じ、じゃあ、蘇芳、ここに火種を……ぼ、僕と鉢は濡れて湿気っちゃったから……」
「おう」
蘇芳丸が素早く火を起こし、鋼太郎が手際よくその火で道具を炙る。視力の弱い幹兵衛の側に寄り添い、彼の手足の様に作業を日々手伝っていた。その為か、鍛冶方の息子でありながら、医術に関する知識も技術も鋼太郎の中に培われている。
「し、し、少々、痛みますよ……」
「頼む」
とっ! とっ! とっ!
神経毒を塗った針を下腿後面と足裏に刺し、痛覚を麻痺させてから、溢れる血を拭いつつ、傷口を縫合していく。
「き、斬り口が綺麗だから、ど、どうにかなるかも……」
「かたじけない」
顔を伏せたまま小さく礼を言う嶽山。その後頭部にひょこりと生えた髷を見つめながら、蘇芳丸はまだ憮然とした顔のまま呟く。
「確かに顔は似てるけど、他人の空似ってやつじゃ……」
「残念だったな。嶽山の探してる天道丸様は間違いなくお前だよ。拾ったのは誰だ? ん? ん? つまり、蘇芳はお殿様の子供なんだよ」
「本物の天道丸様なら、首筋の真裏に横並びな三つの黒子があるはずだ」
「は? そんなのあるわけ……」
否定しようとする蘇芳丸の後ろ髪を、鉢ノ助がぺらりと捲り上げる。
「おおっ! 生え際んとこに三つちゃんとあるぞ、蘇芳!」
「はぁ⁉︎ う、嘘だろ……」
汎も鉢ノ助の隣から覗き込み、少年の首筋をぺちんと指で弾いた。
「いてっ!」
「おぉ、あるある。ここにうちの子が居なくて良かったな、蘇芳。知れたら、お前は里から喜んで追放されるだろうからな」
「つ、追放⁉︎ そんなこと……だって俺、忍びになるって……里の家族を護るって……若に誓ったんだ!」
「それはお前の生まれが分からなかったから、仕方なく許しただけだろう? 化け物の如きその血の起源が判明したら……あの子は何て言うだろうな?」
「それは……」
若の性格を良く知る蘇芳丸は、言われるであろう言葉を想定し、一人青褪める。
「……まっ、まずは里に帰ってからだな」
「浅緋の若君は、ここに来ておらんのか?」
「あっ! ま、まだ動かないでください〜〜!」
いつの間に処置を終えたのか、嶽山がむくりとその巨体を起こしていた。
「草兵衛殿が『里長は自分の目の届く場所に若を置きたがる。帯同の可能性も念頭に……』と話しておったが……」
「はっ! 俺が可愛い我が子を戦場に連れくるわけ無かろうに……里には八郷城の卜寸から預かりし、泉丸もおる。もし、虚をつき襲撃するとて、草兵衛がこちらを離れるとは考え難い。芹一人ならば恐るるに足らん」
「若かぁ……里に俺らも汎様も胡桃兄も居ないんだよな。今頃何してるかなぁ? 大人しく待っていてくれたら良いんだけどなぁ〜〜」
「えっ?」
「なっ⁉︎」
「は、鉢〜〜! え、縁起でもないこと言わないでよぉぉ〜〜!」
何の気無しに鉢ノ助の口から出た言葉に、三人揃って顔色が変わる。何故かは分からぬが、勘のいい少年の言葉は、時折、言霊の様に真実になるからだ。
「ちっ! さっさと終わらせて帰るぞ。おい、嶽山。お前が知る事を全て話して貰おうか?」
少し苛立った様子で、汎は大男にそう言い放ったのだった。




