花鳥衆
着物を整えることなど忘れ、一目散に里長屋敷から声の方角へと爆ぜ駆ける‼︎
何事だ⁉︎
里内で一体、何が起こったのだ?
悲鳴⁉︎
あ、あの甲高い声は……五十鈴か? 志麻か?
まさか……敵襲⁉︎ 筑貢か⁉︎
いや、そんな気配は無かったはず……現に、南の社は突破されてはいない。
全力で駆け、激しく血が体内を巡っているはずなのに、身体が芯から冷える感覚。
得体が知れないということは恐ろしい。
頭の中を勝手に己の脳味噌が作り上げた最悪な情景が流れる……血の海に横たわる彼女達の屍。
い、嫌だ……嫌だ……嫌だーーっ‼︎
誰も死んではならん!
皆、どうか……どうか無事で……‼︎
だだだだだっ、ざざーーっ‼︎
「皆、無事かーーっ⁉︎」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
悲鳴の上がった青葉邸の前に到着した瞬間、戸が激しく開き、中から志麻が泣きながら飛び出してきた!
とんっ!
「志麻⁉︎ ど、どうした‼︎ 一体何があったのだ⁉︎」
「わ、若ぁぁぁぁっ‼︎ うっ……ひっく……」
私の名前を呼びながら、彼女が泣きじゃくる。
私よりも一つ歳若いのだが、背はほぼ同じ、彼女もそう高くはない。
それなのに、今は私の腕の中でだいぶ小さく縮こまり、震えている。
ぎゅっと、その痩せた肩を抱き締める。
「と、十萌姉が……っ!」
「何っ⁉︎ 十萌殿に何があったのだ⁉︎」
その時、屋敷内でぶわっと膨れ上がる……殺気‼︎
「こ、この氣は!」
「あんた、何してんのよぉぉぉぉっ、志麻ぁぁぁっ!」
叫びに近い声を上げながら、殺気の主が姿を現した!
「いやぁぁぁっ! 十萌姉、怖いぃぃぃっ!」
「あんた、どさくさに紛れて若にくっついてるんじゃないわよ! さっさと離れなっ!」
「やだやだ怖いっ! 若、助けてぇぇぇっ!」
……………
「は?」
な、何事だ? え? 敵襲……じゃない?
「若、ちょいと失礼」
呆気に取られた私の腕から、べりっと志麻を引き剥がし、ずるずると十萌殿が連れ戻そうとしたので、慌てて彼女の腕を掴んだ!
ぱしっ!
「と、十萌殿! これは一体……何の騒ぎだ⁉︎」
「あっ、わ、若があたしの手を……やだ、恥ずかしいわぁ〜〜」
「……」
何と言葉を返していいか迷い、躊躇したところ、よく知る落ち着いた声が聞こえてきた。
「ほら、十萌! 若が困ってるでしょ? 申し訳ありません、若……」
屋敷の中から彼女が現れ、ようやく私は安堵した。
花鳥衆長、芽吹殿だ。
「ほら志麻、行くわよ! 若、失礼しまーす。またね!」
「いやぁぁぁぁぁっ‼︎」
ずるずるずるずるずるーーっ!
あっという間に、悲鳴だけを残して十萌殿は志麻を中へ引き摺り込んで行った。
「「……」」
その様子を二人で見送ってから、目の前の彼女が私に頭を下げてきた。
「お騒がせして申し訳ありません!」
「……芽吹殿、朝っぱらから、これは何事か?」
「えっと……その……五十鈴が『梅ちゃんに私達、可愛さで負けてる!』って言い出して、羽筒が『だったら色気を強化すれば良い!』という話になり……十萌が志麻を着せ替えていたという……彼女らの悪ふざけです」
「……」
芽吹殿の困ったような顔を見つめ、私は深々と溜息を吐き……地面にしゃがみ込んだ。
「わ、若⁉︎」
「はぁ……良かった……誰も怪我などしておらんで……」
急に、凍っていた全身からどっと汗が吹き出した。
心の臓にようやく温かさが戻ってきたよう。
それにしても……諜報役に色気が足りぬ……か。
志麻のあの様子だと少々、布面積の少ない着物でも着させられたか、はだけるように着崩されたな。
日中は任務やら農作業に従事する為、皆が個々の時間を戯れるのは早朝に多い。
だとしても、日が昇ってからさほど経たない時刻に騒ぐのはもう少し考えてもらいたいものだ。
若い女子達が集まり、静かにするというのは……まぁ難しいか。
……だが、色気……か。うーむ。
梅丸が本気を出したら、恐ろしく妖艶な魔性さを発揮しそうだ。
男女問わず、惑わせるんじゃないか?
あれはあれで、負けず嫌いな男だ。
「ははっ……」
想像したら、少し笑けてきた。
気を張り詰めていた喉から、乾いた笑い声が小さく漏れる。
さあっ……
少しだけ気が緩んだ瞬間、里に帰還した仲間の気配が風に乗り、ここまで届く。
「おや……帰った、か……良かった」
膝を抱え小さく丸まったまま、私はそっと呟き、己の額を膝小僧に乗せた。
◇
ざっ!
「花鳥衆は……一体、どんな格好させられてたんだ?」
「おやおや、分かっていませんよねぇ……露出が多いよりも控えめな方がかえって男心に刺さるというもの……」
「……同意」
「蘇芳はどう思う?」
「えっ⁉︎ お、俺? 俺より、く、胡桃兄はどう思うんだよ?」
「俺は若以外に興味は無い」
里に無事戻った六人の男共が、年頃の会話を繰り広げ歩いてきた。
芽吹殿の陰にいる私の存在にはまだ気付かずに……。
「いやぁぁぁっ! あんなの着たくなーーいっ! 可愛くなーーい! 嫌ーーい‼︎」
そして、志麻の喚く声がまた青葉邸の中から響いてきたのだった。




