里長と蘇芳丸③ ー変態ー
「蘇芳……」
声を掛けないつもりだったが……漏れるように口から言葉が出ていた。
別に慰めたいわけではないが、無意識にそっと、彼に手が伸びていた……その時。
ぱたぱたぱたぱたっ!
がしっ!
「うおっ⁉︎」
側にいた梅丸が、俊足で走り来た二人組に両側から腕をがしりと絡め取られている!
……おや、なかなか速いな。
「梅ちゃ〜〜ん! こっち来て一緒に呑もうよ〜〜!」
「呑もう呑もう‼︎」
花鳥衆の羽筒と五十鈴だ。
二人ともほんのり頬が薄紅色。
少し酔っているにも関わらず俊敏な動きは流石、くのいち。
酒宴からの暗殺も往々にある為か、浅緋のくのいち連中は皆、酒には異常に強い。
下手したら男連中にも勝るかもな……酒豪だらけだ。
皆に好きなだけ呑ましてやれるほどは里に酒が無いから、どれだけ呑兵衛がいるかは分からない。
そう考えると、酒に弱い私は里の中では珍しい方かもしれない。
「ちょっ、ちょっと⁉︎ いや、いいって……」
「「いいから、いいから〜〜‼︎」」
断りながら身体を捩る少年を、くのいち二人はあっという間に賑やかな宴の中へと連れ去っていった。
いつも猫被りしながら、花鳥衆と組んでいるからな……そんなくのいち相手で酒の飲み交わしじゃ、気疲れで酔いが覚めそうだ。
梅丸、お気の毒様。
「和迦……」
心の中で梅丸に合掌している私に、蘇芳丸の手拭いを取り替えた幹兵衛が声を掛けてきた。
珍しい……二人きりでない時にその名を呼んでくるなんて……。
隣にしゃがみ、私を見つめてぽつりと言う。
「今、空っぽ」
目が悪いせいか、幹兵衛は目標物との距離が近づきやすいが……今日はいつも以上に顔が近いな?
「幹兵衛……もう少し、離れてくれ」
うん、目の前が過ぎる……呑んでないかと思ったが、お前も少し酔っているのか、なるほど。
「あぁ、そうだ、空っぽだ。梅にも似たようなことをさっき言われたな」
「梅……」
蘇芳丸に氣を入れたことで、私の体内の氣はだいぶ減っていた。
先程、溜息と共に残りも吐き出してしまったから、幹兵衛の言う通り、ほぼ空っぽだ。
今、私に忍びの能力はない……ただの無力な子供同然だ。
いつも偉そうなことを言っているだけに、この体たらくを梅丸は嘲ったのだろう。
忍びとしての身体能力……本来、私はとてもとても低いのだ。
氣を操る事で、何とか引き上げているに過ぎない。
……己が出来もしないことを皆に託すのだから、理不尽なもんだ、笑える。
もし私が父上の様に強かったのなら……。
「二人、話せ……足らん」
「……あぁ、そうだな」
言葉足らずな少年がそう言って、私達を置き去りにして、宴の中へと消えていった。
いつも気を遣わせてしまうな、ありがとう。
幹兵衛の背中を見遣ってから、また、視線を反対隣で寝転ぶ蘇芳丸に戻す。
「蘇芳……見せてみろ」
「んっ……」
そう言って、彼の着物を少しだけひらりと捲る。
引き締まった筋肉のあちこちが、まだらに赤黒く腫れ上がっている。
相当量の打撃を受けていたからな……頑強な蘇芳丸だからこそ、この程度で済んだ、か。
……真剣なら、とうに死んでいるわい。
二本目の手合わせ冒頭から蘇芳丸は防御せず、切り返しを狙っていくように只管に木刀を振るっていたのだ。
自棄を起こしたわけではなく、蘇芳丸の最適解としての反撃だったのだろうが……見てる側としては痛々しくて、目を背けたくなった。
胡桃が今、この里にいないから怪我の回復もできない。
ごろん!
「若?」
隣に私が寝転んだことで、蘇芳丸は手拭いをずらして、ようやく私を見た。
「……なんだ、悔し泣いてるのかと思ったぞ?」
「ん? 何で俺が泣くんだ?」
「……いや……声が震えていたからな、てっきり泣いてるのかと……」
「震え? あぁ、武者震いってやつじゃないか? 武者じゃなくて忍びだけど」
………………
「……その言葉は、闘いの前に使う言葉だから……残念だが使い方が間違っているな」
「えっ? そうなの?」
あっけらかんと答える蘇芳丸。
氣を出し尽くしてしまった私は、察知能力が著しく落ちてしまっている。
はぁ……本当に情け無い。
単純な蘇芳丸の感情ですらも、今の私には読み取ることができないとは……。
「いやぁ〜〜しかし、汎様はやっぱり凄ぇや‼︎ また手合わせして欲しい‼︎」
「……そ、そうか」
こんなにぼろぼろになっても、か?
………………
なんだろう……心配して酷く損した気分だ。
先程、震えていたのは悔しさではなく、感激によるものだったのか。
「しかし……散々痛めつけられてそんな風に悦ぶとは……蘇芳はとんだ変態だったのだな」
「失礼な‼︎ 誰が変態だ、こらっ‼︎」
あっ、しまった。
ぼそっと呟いたはずが、しっかり耳に届いてしまったか。
「なぁ、蘇芳……」
「ん? 今度は何だよ、若?」
じろりと瞳だけが動く。
「まぁ、そう睨むな……その傷が癒えたら……今度……研修任務に出てみないか?」
「‼︎‼︎」
私の言葉を聞いた蘇芳丸のその瞳は、いつの間にか現れた夜空の星のように、ぱぁっと美しく瞬いたのだった……。