里長と蘇芳丸② ー手合わせー
日の位置はまだ少しも動かず、同じ場所に留まっている。
手合わせ開始から時間は然程かかっていないのだが、二人の速さ故、既に長時間の激闘を終えたかのような錯覚に陥った。
「一度、暫し休憩されよ」
「あぁ、そうだな」
「……はっ!」
ぶわっ!
私の言葉を聞いた途端に、蘇芳丸の全身から大量の汗が吹き出していた。
緊張が緩んだか。
隣の里長はまだまだ涼しい顔をしているな……やはり力量差は大きい。
「今、休憩?」
「ん?」
振り返ると、いつの間にかやって来ていた幹兵衛がお盆に湯呑みを二つ載せて立っていた。
ばあかじいに頼まれたのだな。
相変わらず、気配を消すのが上手い……他に意識が向いている時では、気付くことがまるで出来ん。
「ありがとう、持ってってやってくれ」
「うん」
また中暑になられたら、かなわんからな。
「ん? どうした? なんか楽しそうだな?」
「そう?」
幹兵衛が心なしか、いつもより機嫌良さそうに見えた。
体調が良いのかもしれない。
「……若、なんでこの無表情が読めるの? 意味分かんない」
梅丸はじろじろと幹兵衛の顔を見て、苦々しく呟く。
それを気にも止めず、すたすたと彼は進んだ。
……やはり上機嫌に見える。
「蘇芳、白湯」
「おっ、ありがてぇ!」
幹兵衛に渡された湯呑みを蘇芳丸が一気に飲み干し……。
ぶーーっ‼︎
盛大に吹き出した。
……やっぱりな、幹兵衛よ……此度は何を盛った?
「まっず‼︎ おい、何だこれ⁉︎」
「成功。無色無臭、これ、回復。他、毒、出来る」
「俺に何飲ましてんだよぉぉぉぉぉぉっ‼︎」
幹兵衛の襟を掴み、がくがくと前後に揺すり怒る蘇芳丸。そりゃ怒る。
幹兵衛は……たまにやるのだ、試し事を……しかも他の者の身体で……ちと悪い癖だ。
そしていつも被害に遭うのは、辰ノ組の仲間達であった。
すんすんっ……
「しかし凄いな、本当に香らない……」
「これはまた、色々と使えそう。蘇芳で試すのは如何かと思うが……お手柄だな、幹兵衛!」
まじまじと湯呑みの匂いを嗅ぎ、毒見する。
里長と私が幹兵衛を褒めたことで、実験台にされた蘇芳丸はじとっと恨めしげな視線をこちらへ向けてきたのだった。
◇◇◇◇
ざわざわざわざわっ……
「どっちが勝つかな?」
「そりゃ、汎様の圧勝でしょう」
「蘇芳、どこまで立っていられるかな?」
「怪我すんなよ!」
二人を中心として、人集りが円のように出来上がった。
幹兵衛だけでは無く、いつの間にやら一人、また一人と増え、里にいる全ての者が恐らく、ここに集結している。
………………
私が集合の令を掛けるよりも出席率が良い気がするのだが……まぁ、仕方ない。
二年ぶりの里長の帰還だ。
その里長と現里内で一番の腕っ節に成長した蘇芳丸。
この二人が手合わせしているとなれば、是非とも見ておきたい。
娯楽になって当然。
しかし……氣を読めない蘇芳丸が里長に喰らいつくには、彼のさらに上行く速度で反応しなければ……一方的にやり込められて、手合わせにもならんだろう。
……蘇芳丸が伸び代のある、育ち盛りなことに賭けようか。
「さあ、かかってこい!」
「はっ! よろしくお願いします!」
かーーんっ!
そして乾いた木刀の打ち合う音が響き渡った。
◇◇◇◇
いつの間に日は傾き、空は美しい茜に染まっていた。
昼間の暑さは少し薄れてきたが、温い空気がやけに素肌にまとわりつく。
もう少し日が暮れたら、松明を灯さねばな……。
里長は縁側にだらりと腰掛けながら、瓢箪に口付けて、喉を鳴らす。
「んぐんぐんぐっ、ぷっはーー! うぉぉっ! 動いた後の酒は美味い! まだまだあるだろぉ? お前らもどんどん呑めぇ!」
「おいこら! 半年後の元服用の祝酒まで飲み切るつもりか、この馬鹿たれ!」
「全く……しょうもないのう」
里長にじいとばあが呆れて物申す。
普段は父上を長として立ててくれているが、流石に目に余ったのだろう……まぁ、確かにこのままでは里に蓄えてある酒、今晩に全てを呑み尽くす勢いだ。
「ははっ、二人とも硬いのう」
じいとばあの小言なぞ、どこ吹く風……手をひらひらさせ、酒豪はまるで意に介さない。
里長の足元の地面には、もう既に酔い潰れ転がる者達がごろごろ……皆、揃いも揃って見上げる空と同じ顔色……あ、二、三名は青白い顔か。
「若〜〜! 呑んでる〜〜?」
「わ、わ、若!」
ご機嫌な鉢ノ助と鋼太郎が肩を組みながら、私に声を掛けてきた。
二人の手には空の木椀。
里長と蘇芳丸の手合わせを見に里の皆が集合し、その流れで昼餉を飛ばして、宴会へと傾れ込んだのだった。
祭りのような賑わい。
こんなに明るく賑やかな里の空気は……四年以上ぶりではないか?
父上は……周りを巻き込む力があるな。
「私は……遠慮しておく」
「「えぇ〜〜⁉︎」」
前回の吉伏城の醜態を思い返して断りを入れる。
酔っ払い共を手であしらい、奥の木陰にいる蘇芳丸と幹兵衛に視線を向けた。
……私は……側にいない方が良い。
蘇芳丸の身体の中から私の氣を消しさり、本来の力での里長との手合わせは……それはもう酷いものだった……。
私の余計な真似が、また一つ、蘇芳丸を傷つけてしまったか。
あぁ、何をやっても全て裏目に出る……蘇芳丸に関わることは殊更に……駄目な次期君主だな、私は。
……比べても意味ないことだと分かっているのに、父上を見ていると、己との違いでどんどん私は卑屈に落ちる。
「はぁ〜〜っ……」
体内の黒い氣を表に捨て去るように、深く深く溜息を吐く。
今は、幹兵衛に任せよう……。
「んん〜〜? なぁに、若? もしかして落ち込んでるのぉぉ?」
ひょっこりと、また一人赤ら顔の酔っ払い……今度は梅丸が私に絡んできた。
「……だとしたら、何だ?」
「蘇芳に『ごめんなさい』してくればいいじゃぁ〜〜ん、朝みたいにさぁ〜〜」
……おい、お前……今朝はどの辺りから見ていたんだ?
抜け目ない男だな。
「梅……お前……」
口を開きかけた私の手をいきなり掴み、梅丸がぐいぐいっと引っ張る!
「ちょっ‼︎」
油断していた足はもつれ、よろよろと突進!
おっとっとっとっとっ!
どさっ!
自分の足につまづき、最後は無様に両手両膝を地に着けてしまった……。
……はぁ……これまた、なんとも情け無い。
「氣を抜きすぎだよ、若ぁ〜〜……そんなんじゃ梅に殺られちゃうよぉ?」
「っ! 梅……」
そうか、お前……態とだな?
冗談のつもりで、見透かしたような瞳。
……気付いていたのか。
「若?」
「あ……」
振り向くと、手拭いを顔に載せ、木の元で横たわったままの蘇芳丸が、首だけ傾けて声を掛けてきた。
「また……駄目だったよ……」
僅かに震える声が手拭いの下から聞こえてきた……。




