里長と蘇芳丸①
「うぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎‼︎‼︎」
里長屋敷前には、滝のような涙を流しながら仁王立ちで声を張る里長。
その向かいには困惑した青い顔のまま、片膝を付けしゃがむ蘇芳丸の姿。
里長は、手に持った木刀をへし折らんばかりの勢い……だが『無闇に物を壊さないで頂きたい!』と私が以前に申し上げてからは、衝動的な破壊行動がほぼ無くなったように思う。
……私の話はちゃんと聞いてくれるのだ。
「蘇芳! てめぇ、この野郎! ぶっ殺す‼︎」
「……」
物騒な物言い、あぁ、完全に頭に血が昇っているな。
原因は言うまでもなく……先程の私と蘇芳丸の一件だ。
………………
あぁぁぁぁぁぁっ‼︎
恥ずかしいこと、この上無し‼︎
出来る事なら向こう暫くは蘇芳丸と顔を合わせたくないのだが……同じ屋敷内で、そうはいかん。
それに……それは……私の我儘だ。
そして目の前の現状は、私が無知だったせいでのとばっちり……重ね重ねすまん、蘇芳丸。
本当にすまないことをした……申し訳ない。
里長が話している時、下の者はけして口を挟めない。
少年はただ黙ったまま目を瞑り、俯いている。
今、何を考えているのやら……私の氣のほとんどを送り込んでいるため、彼の考えている事が伝わってこない。
いつもは考えが駄々漏れするのだが……。
不思議なものだ……あの蘇芳丸が忍びの氣を纏っている。
「そろそろ始まりそう?」
私の隣にはにやにやとした顔の梅丸がひょこっと現れた。
二人の手合わせを見世物見物の感覚でやって来たのだな。
「胡桃がこの場に居なくて本当に良かったね〜〜」
「……あぁ……『里長の前に俺とも闘え!』って言い出しかねないからな……」
私は溜息を吐きながら答えた。
すると、じぃーーっと梅丸が私の顔を見つめる。
「ん? 何だ?」
「無自覚なのって……残酷だよね」
「……」
それは何についてか? 誰に対してか?
……それとも全てに置いて、か?
色々、含みを持たせた言い方をするな。
戦略や忍術の面では私に分があると思うのだが、いかんせん心理面に置いての察知が梅丸は非常に鋭い。
だから、花鳥衆との組み合わせでも上手くやれているのだ。
「今度、色々教えてあ〜〜げる!」
「……あぁ、その時は……宜しく頼む」
楽しそうに耳元で囁く少年の嫌味に、素直な言葉を返した。
なんだか、以前より梅丸が感情を表に出してきた気がするな……それはとても……良い傾向だ。
「でもちょっと見たかったかも……本気の胡桃と今の蘇芳丸の手合わせ」
「そうだな……まぁ、近いうちに有り得そうだがな……」
激しく心を乱した胡桃には、ある調査を頼んで里から出した。
至急調べて欲しかったのは事実だが、私の事となると冷静さを失う所が彼にはあるので、暫し頭を冷やして来て貰いたかったのだ。
……しかしあの状況で、意外にもよく攻撃的な言霊を発しなかったな。
油断すれば、己の一声で仲間の命は失われかねない。
ただ、以前聞いたことがある。
『死』という直接的な言葉は相手に効かないのだ、と。
自己防衛能力が人間には備わっており、自死を選ばせられないそうだ。
胡桃の術……一体どこの忍び里なのだろうか?
味方になれば、心強い。
我関せずなら、それも構わん。
だが……敵方の里となったら、なんと恐ろしいことか……。
こちらの件も一度しっかり調べておく必要があるな……。
「あっ! 始まるよ!」
梅丸の声ではっと我に帰り、私は目の前の二人に視線を戻した。
無風の夏日の下で、一陣の風が舞った。
仕掛けたのは……里長!
そっと音も無く地を蹴り、次の瞬間には蘇芳丸の眼前!
今の間だけで、この距離を詰めたのか⁉︎
かーーんっ‼︎
木刀同士が打ち鳴らす乾いた音が辺りに響き渡る!
右腕から振り下ろされた重い一撃を蘇芳丸がしっかり刀身で受け止めていた。
里長の得物は二本、対する蘇芳丸は一本だ。
使い慣れた刀に準ずる木刀を此度は用いている。
「へぇ……これくらいは反応出来るんだ? やるじゃん!」
「はいっ! ありがとうごさいます、汎様‼︎ まだまだいけますっ‼︎」
………………
おい、いつも私に取ってくる態度とは大違いだな……誰だお前?
眼を子犬のようにうるうると輝かせ、従順な言葉遣いをする少年は、憧れの存在と交える刀に心躍らせている。
梅丸が正面から視線を外さずに、私に話し掛けてきた。
「若はどう見る?」
「そうだな……里長の攻めに、どこまで蘇芳が耐えきれるか、時間の問題……そういう展開だろう……昨日までの蘇芳なら」
多用途的に使用する直線的な忍び刀、本来は斬るよりも突き刺す方が適している。
鍛錬でも当然、突きの攻撃の研鑽を山程積む。
蘇芳丸はその型で挑むだろう。
だが二刀流な里長の愛刀は、形状が忍び刀よりも脇差に近い。
より、人を斬りやすいからだ。
その二者の打ち合い……優勢なのがどちらかは言うまでも無い。
力量の差も加われば、結果は火を見るより明らか……のはず……だった。
「じゃあ、今日だったら?」
「……蘇芳が一撃を入れられるやもしれん」
「えぇっ? まっさか〜〜あの汎様に?」
かんかんかんかんかんっ!
ひゅん!
「おっ!」
里長が嬉しそうな声を上げ、蘇芳丸からの突きを躱わす……無意識だろう、楽しみ始めているな。
己の連続攻撃を全て少年が受け止め、緩急をつけ抜け出し、一撃を突き出したのだ!
手合わせと呼ぶには憚られる、これはもう、死合いだ。
「よ〜〜し! では俺も本気を出そう!」
「宜しくお願い致しますっ‼︎」
ひゅん! ひゅん!
先程より、さらに速度を上げる里長!
それに喰らいついていく蘇芳丸‼︎
私と梅丸の視線はあっちこっちに仲良く揃って、振り子のように振られる。
……後ろから私達を見たら少し滑稽かもな。
かんかんかんかんかんっ!
消耗する気配はどちらもまだ無いとは……この勝敗を分けるものは何か……。
「なぁ……これはお前の実力か? それとも……若の氣の影響か?」
「分かりかねますっ‼︎」
素直に蘇芳丸が答えるが、一瞬、目が泳いだ。
動揺したか……まだまだ甘い。
「そうか……だったら……」
その隙を見逃さず、里長は間合いを一気に詰め、突きを出せぬように押さえ込んでは、膝で木刀を蹴り上げる!
がんっ‼︎
「うぐっ!」
己の木刀が顔面を打ち付け、蘇芳丸が怯む!
そこから、あれよあれよと押さえ込まれて、少年は地面に這いつくばった。
……勝敗を分けたのは、圧倒的な経験の差か。
「蘇芳! お前……面白いなぁ! なぁなぁ、もう一回やろう! っと、その前に……わ〜〜か〜〜!」
里長が振り返り、急に私の名を呼ぶ。
「何でしょう?」
「蘇芳の中の氣を消してもらっていいか? 俺は『ただの蘇芳丸』と手合わせしてみたい!」
「そ、それは……」
瞬殺されてしまうのではないか?
今よりも、蘇芳丸の反応速度は数段落ちるはず……。
「え〜〜? やってくれなきゃ……俺が接吻で蘇芳から若の氣を……吸うぞ? そして……俺が取り込むぞ?」
………………
ぱちん!
蘇芳丸の中の氣を私は迷わず、即、消した。
「……気持ち悪いのでそういうことは冗談でも仰らないで頂きたい。絶縁しますよ?」
「えぇ〜〜⁉︎」
不満そうにぷくりと頬を膨らませた可愛くない里長。
その足下では、里長にまで唇を奪われるやもと怯え、半泣きになりかけた蘇芳丸が、ほっと安堵の顔を浮かべていたのだった。




