正直①
ぴーーちちちちっ……
くっくーーくるっくーー!
鳥達が軽快に朝を告げている。
一際よく響いてくるのは河原鳩……捏の鳴き声だ。
随分と機嫌良さげな様子。
真夜中、父との対話後に軽く眠ったが、いつもより頭が冴えてくるまでに時間を要した。
布団から上半身を起こし、ぼんやりしている私の顔を、じっと飽きずに至近距離で見つめてくるのは、定刻通り部屋に参上する美しい青年。
胡桃よ……うぅむっ、顔が近い‼︎
「おはよう……その……あまり、見ないでくれないか?」
流石に寝起きの情け無い顔を凝視されるのは、兄者相手でも気恥ずかしい。
「貴女様のどんなお姿も素敵ですよ」
そう爽やかに微笑み返してくる。
……時々、話が通じないので、ちと困るな。
こんな平凡な顔を眺めて、何がそんなに面白いのだろう?
何年も共に行動していても、理解出来ないことは未だに多々ある。
深く溜息を吐いてから、ようやく重い腰を上げ、布団から立ち上がった。
◇◇◇◇
がたーーん!
囲炉裏部屋の戸が勢いよく開く!
「お早よう、若、胡桃、ばあちゃん!」
「おぉ! 当たりだ蘇芳! お早よう!」
小脇に梅丸を抱えた蘇芳丸が朝から活気のある声を出す!
つられて、ばあも声を張る!
もう少し静かに動くよう、日常生活から所作を取り入れられないものなのか……何遍言ってもなかなか直らない。
「お早よう」
「もう少し静かに動け、蘇芳」
隣で胡桃が、私の心の声を代弁しながら溜息を吐いた。
「うにゃうにゃぅ……」
梅丸は何やら寝言を呟いているが、まだ夢の中。
「ばあちゃん、手伝うよ!」
寝惚けている梅丸をぱっと囲炉裏端に下ろし……いや、落として蘇芳丸は朝餉の手伝いを始めた。
ごんっ!
「うぉっ、痛ってぇなぁ、くそっ! 蘇芳、てめぇこの野郎!」
私達がいることを忘れて、梅丸は素の言動で蘇芳丸に噛み付く。
梅丸の本性は既に周囲に露呈している……無意味な猫被りはそろそろやめてもいい頃合いだと思うのだが……彼の今までの処世術だったのかもしれん。
まっ、本人の好きなようにすれば良い。
ばあの手伝いで配膳する蘇芳丸にちらりと視線を動かす。
先程の様子……まだ私の残氣は蘇芳丸の中に残っているのだな。
なんとも分かりやすい。
……しかし、じいとばあの二者択一なのに、いつもは完璧に外す……ある意味、見事だ。
「ふぁぁぁ、お早よう。おっ! ちゃんと起きてて偉いなぁ」
「父上、お早ようございます。……朝からおやめください」
にこにこと私の頭を撫で回してくる手をやんわりと払い退けた。
この御方の中ではきっと、私は二年前の幼い時のままの印象なのだろう。
いつまで子供扱いされるのか……一生死ぬまで、か?
それはそれで……まぁ良いか。
死に急ぐことなく、生き続けて下さるのなら……。
私に拒まれ、しょんぼりと肩を落とす父上の頭を私はそっと撫で返したのだった。
◇◇◇◇
「「「いただきます!」」」
七人で囲む囲炉裏端。
皆があっという間に朝餉を平らげたと同時に、里長が声を上げた。
「よし蘇芳! 折角、俺が里に戻ってきたからな……直々に手合わせしてやる! たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろ!」
「えっ……は、はいっ‼︎」
蘇芳丸の瞳が爛々と輝く。
赤子の己を救い、里へと連れ帰ってくれた恩人……敬愛する里長と初めての手合わせだ。
力だけで言えば、今の里で蘇芳丸が己の全力を出せる相手が他にいない。
彼には願ってもないことだろう。
「父上からの御指名のところ……悪いが、蘇芳」
「ん? なんだ?」
私に水を差されて、むっとした表情にくるりと変わる。
「お手合わせの前に少し……蘇芳と話がしたいのですが……宜しいでしょうか、父上?」
「おぉ。では、終わったら呼んでくれ」
そう言って、父上は自室へと戻って行った。
私は立ち上がり、蘇芳丸を促す。
「お前は少しこちらへ……梅、片付けを頼む」
「はぁ〜〜い」
いつもの可愛らしい返事が返ってくる。
「胡桃は昨日の件で……」
「はっ! すぐに手配致します」
そっと頭を下げた青年は部屋から消え出た。
「ったく、なんなんだよ、もう!」
不貞腐れた顔の蘇芳丸を引き連れて、私は廊下の奥へと進んでいった。
廊下を曲がり進むと、陽当たりの良い縁側に出る。
……蘇芳丸を連れてきたはいいが……はてさて、何から話そうか。
「こ、今度は何だよ? ど、どれのことだ?」
叱られる心当たりが多すぎるのか、目がやたらと泳いでいる。
……また何かやらかしたのか、おい。
「まぁ、よい。座れ」
着座を促し……そっと私は蘇芳丸に頭を下げた。
……正直に話そう、私の心の内を。
「わ、若⁉︎ どうしたよ⁇」
「蘇芳に……謝ろうと……思って、な」
「謝る? 若が? 俺に⁇」
訝しげな顔で私を見つめてくる。
「私は……お前が里を出ることこそ最良だと……そう、ずっと考えておった……。忍べない忍びが生き残るには危険すぎる茨の道だ……蘇芳だけではない、仲間に危害が及ぶことも出来れば避けたい……と」
「……」
もっと、ぎゃあぎゃあ喚いて会話にならないかと思ったが、蘇芳丸は何も言わずにただ黙って聞いてくれる。
「だから……お前を認めるわけにはいかなかった。父上が蘇芳を何処から拾ってきたのか……いつもはぐらかされてしまうので、私なりに独自に生まれを探ったが、手掛かりも無し……お前を元の生まれに返せれば、過酷な忍びでは無い、もっと幸福な人生があるのではないか……と」
「そんなこと……」
私は視線をすっと庭先に向ける。
日向と日陰では生える草が異なる……環境が違えば同じ草でもこうも変わるものか。
視線を隣の少年に戻すと、口がへの字になって少し困った様に眉をひそめている。
「俺は……忍びになる! 玄さんとも話したけど……俺には別な道を進む俺自身を、想像できなかった」
「……では、どんな姿を想像したのだ?」
私の問いかけに、にぃっと笑う。
「忍び装束を纏い、山中を颯爽と駆け回っている俺の姿だよ! ……辰ノ組のあいつらと共に、な」
「……どんなに私が突き離そうとしても……お前は……けして諦めないのだな……」
「あぁ、俺の幸せは俺が決める! 若の嫌がらせになんざ、負けやしねぇんだよ‼︎」
きっと、この先何度でも……蘇芳丸は浅緋の忍びとして認められようと、死に物狂いで私に向かってくるだろう。
吉伏城の一件で……私が今まで蘇芳丸にしてきたことが本当に正しかったのか……分からなくなってしまった。
どんなに良かれと思うことだとしても、相手の心が望む事と異なれば、それは果たして幸せと呼べるのだろうか、と。
「……私が……間違っていたのだろうか?」
「正しいとか、間違ってるとか……そんな雑把な言葉では片付けらんねぇだろ? 若には若の信念があるし、俺には俺の信念がある!」
そう言って、蘇芳丸が私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した!
「なっ⁉︎」
「……若は何も変わってない、か。そうかそうか!」
誰かから、何か吹き込まれたのか?
嬉しそうに私の髪の毛をぼさぼさにしてから、蘇芳丸が両手で頬をぎゅうっと潰してきた。
「ぬぐっ⁉︎」
「俺は生きるぞ! そしてお前を護る! 仲間は誰一人死なせない! 爺さんになってもこの里と共に生きるんだ‼︎ 俺の中に流れる血なんてのは知らん! 魂は……浅緋の忍びだ‼︎」
「蘇芳は……それで……本当に良いのか?」
「何遍でも言ってやる! 俺はお前を護るぞ! お前が俺達を護りたいのと一緒だ‼︎ ……って、お、おい⁉︎」
何故だか分からないが……私の目から涙が一筋溢れ落ちた。
悲しくもないのに……なんとも不思議だ。
「何故だろう? よく分からないな」
「……俺もよく分かんねぇけど……若は一人で何でも抱え込み過ぎだ。禿のくせに」
そう言って、頭をぽんぽんと軽く叩かれる。
……禿は余計なお世話だな。
「頼れよ。頼りねぇかもしんねぇけど……俺達は家族で、兄弟で、仲間だ」
そう言って、私の弟は優しく笑った。




