只今とお帰り② ー闇夜ー
雲の多い、月明かりの届かぬ夜。
辺りは闇に包まれ、悲しげな夜行鳥の鳴き声が寝静まった浅緋の里に響き渡る。
忍びといえど、任務が無い時はただの農民。
日の出と共に起き、日の入りと共に寝床へつく。
音も無く……屋敷の主が帰還したのは日を跨いだ丑ノ刻だった。
「お帰りなさいませ、父上」
「おぉ、待っていてくれたのか……和迦! 態々、俺のお迎えに起きててくれるなんて〜〜! でも、早く寝ないとその愛らしい柔肌が荒れてしまうよ?」
気配無き父は、これまた静かに玄関土間で出迎える我が子に、さして驚きはしない。
「随分とまぁ……お身体に血の臭いが染み付いておりますね……流戸の忍びを配下に従えるのは、確か下総国の野我城でしたよね……潰したのですか?」
「……あぁ、そうだ」
返り血を浴びた忍び装束を脱ぎ捨てながら、悪びれずにしれっと答える。
明日、洗わねばならぬな……血を落とすのはちと手間がかかる。
野我城も、けして小さくない領地を持つ城だ。
半日足らずで、一体どれほどの人間を葬り、帰ってきたのだろうか?
「一体、何をお考えなのですか‼︎」
「俺が考えるのは、どんな時でも……和迦、お前の幸せ……ただ、それだけだよ」
暗闇で顔は見えないはずなのに、父上がふっと微笑んだように感じた。
そっと父の手が私の頬を撫でた……。
温いなぁ。
つい先程、数多の命を奪ってきた、その手なのに……。
「野我城が潰れたことにより、均衡は崩れた。領地を奪いに、間も無く下総国の他城同士が潰し合いを始めるよ。そうすれば、しばらくは吉伏城にちょっかい掛けてはこんだろう」
「……目的は、それだけではないでしょう?」
「ん〜〜?」
無音で廊下を歩き進む父の後を追い、居室へお邪魔する。
「失礼致します。で?」
戸を閉めて、話の続きを促す。
「朝、じいに聞いたんだよ。『最近、吉伏城で何か変わりあったか?』って。そしたら『少し前に雪千代様が病死した』と言うではないか。すぐに捏が運び来たお前からの文を読んで……怪しんだのだ。表に出て無いのに隣国の流戸が動くのがあまりに早すぎる、と」
「文を読んだ時点で、雪千代様は病死ではなく、暗殺だと……」
「あぁ……」
「吉伏城は内から手引きしない限り、外からの侵入が困難な城だ。そこへと潜り込み、騒ぎ立てずに消え去るのは、そこそこの手練れ。尚且つ、家臣を唆しておる」
「……父上には心当たりがお有りで?」
「……」
有るな。
父は私に嘘をつかない。
だから、いつも黙るか、濁すのだ。
「本当の関心事はそちらなのでしょう?」
「……和迦の察しの通りだ。まだ、確かとは言い難いが……築貢の忍びが関わっていると、俺は睨んでいる……本当、面倒だなぁ……」
はぁぁっと大きく溜息を吐いた。
◇◇◇◇
ぼっ!
暗闇に僅かな火が灯る。
蝋燭、随分と高価な物をお待ちなのだな……奥州での褒賞品か?
大小二つの影が並んで揺らめく。
敷かれた藁円座に胡座をかき、父上が静かに問いかけてきた。
「なぁ和迦……もし、殺しても殺しても飽き足らない程に憎々しい相手へ復讐を果たすとしたら……一体どんな方法が効果的だか、分かるか?」
「そうですね……指一本ずつを捥ぎ取りながら拷問して、死なない程度に半殺し、ですかね?」
「おっ、なかなか残酷なことをさらりと言うね。流石、俺の子! だが、もっと地獄に落とすには……」
そう言って、すぅっと私を指差す。
「己の失態で命より大切な物を奪われること、だ」
「……最終的な敵の狙いは……私、ですか?」
こくりと父上が頷く。
「築貢の亡霊共が動き出しているやもしれん」
「……」
確信に近い疑念だ。
父上の生まれ故郷、今は亡き築貢の忍び里……その生き残りし者に狙われるということは……。
抜け忍……なのでしょう? 父上……。
「俺が筑貢の里を潰したからな……」
………………
……予測はしていた。
容赦無く玄の首を切ろうとしていた幼きあの時の記憶が、ふっと頭を過る。
兄弟同然の相手に……血も涙もない。
生まれ里の追手を都度に斬り殺すのではなく、大元を根絶やしたのだな。
この御方の性格だ。『力をもって全てを滅すれば良い』……そう考えて過去、幾多の城を……里を……悉く潰してきたはず……一体、どれほどの怨みを買ってきたのだろうか。
亡き母上様よ……貴女様はこの父、汎をどんな状況で拾ったのですか?
父上は浅緋の里の出自ではない。故に、里の史書に過去の記録は残されていない。
『松若君が十の秋、秩父で同齢くらいの子を拾い、名を汎と付けた』
……これが、父上の名が史書に登場する最初の一文だ。だが、詳細は記載なし。
………………
いや……それでは……おかしくないか?
筑貢の里を滅ぼしたのは……父上が浅緋の忍びになってからではないのか?
何故、史書に載っていない?
敢えて、記していないのか?
「狙いは俺であり、お前なんだよ……和迦」
父上が私の頭をそっと撫でる。
「幹兵衛……すまんな……」
俯き、ぽそりと、ここにいない者の名を呟いた。
やはり私のせいだ。
幹兵衛が毒に侵された……あの時、父上が狙われたのでは無かったのだな。
私を狙うために、里全体を巻き込んでいたのか。
じいと胡桃が退けた刺客、傷の回復を図りながら、他の者と共に潜んで……あれから約十年。
消えることのない怨みの火は絶えず奴の中に燃え続けているのだろう。
「私の元服を待っている……と考えるのが自然ですかね」
「あぁ……浅緋の里と縁のある地に、態と忍びが存在感を顕示してくるとは……なんとも忌々しい」
顰めた顔でそう吐き捨てる。
己が蒔いた火種が、いつ暴発せんともおかしくない状態で燻っている。
どうりで辰ノ組を忍びにしたいわけだ……てっきり、私の婿入り計画の為だけかと思っていたが……。
私の盾として、皆の命を捨て駒にするおつもり、か……いくら父上でも、そうはさせぬ。
ぎゅっ!
突然、父上が私を強く抱き締めた。
「お前は……俺が命に代えても護る!」
「それは、丁重にお断り致します」
「なっ⁉︎」
そっと、父上から身体を押し離し、私は顔を上げる。
「私は……父上にも、共に生きて頂きとう御座います。貴方は私の唯一の父なのだから……」
浅緋の里の皆は家族だ。
誰が欠けても……私は嫌だ。
「……わ……わか〜〜‼︎」
途端にいつもの甘え子の様なくしゃくしゃ顔で父上が私に絡んでくる……少し……いや、大分鬱陶しい。
それと、もう一つ伝えたいこと……。
「父上……そろそろお着物を着て頂けませんか?」
「……あ」
玄関土間で脱ぎ捨ててから、褌一丁で里長は真剣な話をしていたのだった……。




