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忍リクルート  作者: 枝久
五、
36/89

曲者② ー従者ー

「上だっ‼︎」

()けろぉぉぉぉっ‼︎」


 蘇芳丸と鉢ノ助から上がる叫び声が梅丸の耳に届くのと、彼の大きな瞳が敵を映すのが、ほぼ同時!


「っ‼︎」

「死ねぇぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」


 (おの)が詰めの甘さで死に向かう者と足掻(あが)き上を取った者の構図。


 少年の命は今ここで消える……はずだった。



「全員、動くな」



 ぴたり。



 それはまるで、時が止まったかのような光景。


 梅丸を襲う凶刃は空中で動きを止め、そのまま重力で地面にどさりと落ちる。


 蘇芳丸達も侍共も、誰も彼もこの場にいる皆、身体の自由を奪われている……声帯も横隔膜も動かせないので、声は出ないし、息も出来ない。


 彼の言惑操術……けして大きな音では無いのに、深く、深く……芯にまで届く。

美しい声が静かに響き渡ったことで、この場を一瞬にして支配したのだった。


 ……だが、声の主は未だ姿を見せていない。


「お前は何処の里の者だ? 息をして、答えよ」

「はっ! 流戸(ながれど)の里であります!」


 柔らかな姿なき尋問に、するりと答えて正体を明かしてしまう忍び。


「そうか……ならば、流戸の者以外、皆、動いて良し」



 ふっ……



 その言葉で呪いが解けたように、皆、動き出す……這い(つくば)る一人を除いて。



「「「ぜーーはーーぜーーはーーぜーーはーーっ!」」」


 全員、まず呼吸を整えることから身体を立て直す。


「み、皆様、何事もなかったかのように業務に戻られてください。こちらは我らにお任せを!」


 梅丸が侍達を散らせて、とりあえず場を収めた。


 最初に声を掛けてきた侍は監視役なのか、一人残ったが、その他大勢は去って行った。

人払いが済んだところで、ふーーっと三人揃い、溜息を吐いた。


「「「ありがとうございました」」」

 

 そして、気配は捉えられずとも、声の聞こえた方へ向け頭を下げる。


 ふわり……


 感謝の言葉に呼応するように、ようやく声の主は姿を現した。


 霞消の術を解いた胡桃……だが、いつもとは違い、姫の従者の出立(いでたち)だ。

煌びやかな女物の着物でも違和感なく着こなす美しい青年。

いや、化粧を(ほどこ)しているから、知らぬ者は男だと気付けないだろう。


「げっ!」

「うわっ!」

「美しいっす!」


 胡桃は手に持つ扇子をぱちんと畳み……動く。


 ぱしん! ぱしん! なでなで……。


 蘇芳丸と梅丸は(はた)かれ、鉢ノ助は撫でられた。


「お前ら……どうせ汎様の(たわむ)れで城に来たのだろうが……何をやっておるのだ、馬鹿たれ共。ここが吉伏城だったから命拾いしたものを……。あと……鉢は素直で宜しい」


「「「……申し訳ございません」」」


 三人揃って綺麗な土下座。


 溜息を吐いた胡桃は、足元の呼吸だけを許可された忍びに視線を落とす。


「恐らく、仲間がいるだろう……。最初に、お前らが忍びだと勘づいた者がいたはずだ……」

「えっ?」

「吉伏城は他の里の忍びが嫌う城だ。……内部から手引きした者がいなければ、鼠は入れぬ。そしたら、一匹ではなかろう?」


 胡桃の言葉で三人共、静かに思考を巡らす。


「あの場で、動けぬ流戸の者はこいつだけだったのでは?」

「既に場を離れていたとしたら?」

「立ち去った侍はいなかったはず……」


「あっ!」


 声を上げた鉢ノ助が監視役の侍を振り返る。


「そういえば貴方様の小姓は何処へ?」

「……小姓? 儂にそんな者は付いておらんが?」


 男の言葉で三人の顔が一気に青ざめる。


 先程、軽く会釈をした小姓を思い返す。

言われてみれば、小姓は侍と会話はしておらず、丁度死角に入る位置で常に移動をしていた。


「蘇芳! 瓦十枚までなら許す! 若の元へ急げっ‼︎」

「うぉぉぉぉぉぉっ‼︎‼︎」


 声を上げ、瞬間、蘇芳丸は爆ぜ駆ける‼︎



「ったく……もし割ったら、しっかり出世払いしろよな」

「……えっ⁉︎ 胡桃……それって‼︎」


 走り消える蘇芳丸の背中を見送り、胡桃が呟く。

彼の放ったその言葉の意味に気づき、誰よりも梅丸が歓喜する。


 だが、鉢ノ助は神妙な面持(おもも)ちだ。


「鉢……お前、嬉しくないのか?」

「なぁ梅……『しゅっせばらい』って何だ?」

「……阿呆め!」


 一瞬呆れ顔になりながらも、鉢ノ助の頭をがしがしと撫で回した。


 梅丸は懐中から捏と忍ばせた墨筆を急ぎ取り出し、さらさらと筆を走らせる。


「幹兵衛と鋼太郎の元へ!」

「くるっくーー!」


 捏を待機組二人に向け、空へと飛ばした。


「っつうか、胡桃が若の元を離れるなんて……嵐が来るのか?」


 小さく嫌味を溢す梅丸が、捏の飛び立った方角よりも西の空を見遣る。


 遠くにいた灰色の雲が先程よりも近寄って来ている……あと数刻で大粒の雨を落としてきそうだ。


「……若からのご命令だ。『お前達の元へと向かって欲しい』と。……そうでなければ、俺がこの世で最も大切な若の元を離れて来るわけなかろうに!」

「た、確かに……」


 胡桃の恨めしそうな声に気押され、鉢ノ助がじりじりと後退(あとずさ)る。


「じゃあ若は今、一人ってこと⁉︎」

「……曲者の狙いは情報収集……あわよくば城主の首だろう。田畑しかないここ吉伏城は城としての(うま)みは他所と比べ劣るが、紛れも無く、ここ武蔵国と下総国との国境だ。この城を墜とせたら間違いなく国勢が動く」

「えっ⁉︎ だったら尚更(なおさら)、若も危ない‼︎」


 慌てる鉢ノ助とは対照的に、美しい青年は落ち着いた様子で言葉を返す。


「無論、仕掛けはして来た。だが、お前らも蘇芳を追え。あれがやらかしては……元も子もない」


 心配するのは曲者では無く、あくまで里の問題児の行動の方なのか。


「じゃあ、なんであいつを行かせ……あぁ、そういうことか」


 梅丸が言葉の途中で、気づき、にやりと笑う。

全ては若の掌の上だ、ということに……。


「胡桃は?」


 櫓番の着物をさっと脱ぎ捨て、忍び装束へと戻った鉢ノ助が振り返る。


「俺は……ちとやることがある」


 足元で転がる血塗(ちまみ)れの男、流戸の忍びに再び視線を落とす。


「丁度、仕事で手駒が欲しいところだったからな……俺は少し、鼠を(しつ)けてから、後を追う」


 細めた目に怪しい光が宿る。


 残念だが、この男に捕らえられた時点で、生きていようとも死んだも同然だ。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


 その時、遠くから叫び声が響く! 居城の方角!

三人は顔を見合わせ、頷く。


「行って来い!」

「「はっ!」」

梅丸と鉢ノ助も蘇芳丸の後を追うように、爆ぜ駆ける!


 ふっ……


 そして、二人は消えた。

この場に残された者……監視役の侍を振り返り、胡桃が声を掛ける。


「お侍様……」

「な、何だ⁉︎」


 美しい男に突然声を掛けられ、侍が平静を保てずに、顔を赤らめる。


 にこりと甘い笑顔で、そっと言葉を放つ。


「今さっき見たことはどうぞ全てお忘れ、元の持ち場へお戻りください」

「……」


 彼の言葉が、すぅっと侍の心を(さら)う。

ふらふらと、男は操られるままに、この場から立ち去った。


「さて、と」

「はぁ……はぁ……」


 (かす)かな呼吸だけが聞こえる……この転がる忍びの命は時間の問題だ。


「首を切られ、全身に刀傷を受けても尚、縄を抜け飛びかかったのか……素晴らしい気概だな」


 男の着物の襟首を掴み、ずるずると引き摺り、移動する。

通り過ぎた地面には多量の血痕が長い線となり続く。


 三曲輪と二曲輪の途中にある井戸の前へと進み、男をどさっと転がした。


 胡桃はからからと釣瓶(つるべ)を動かし、水を汲み上げ、そして、桶の水を男にぶっ掛ける。


 ばっしゃぁぁぁん!


「小汚いままで城には上げられないし、若のお目汚しは避けたいからな……さぁ、これはお前にとっての薬だよ。お前は頑丈だ。傷口の血は止まり、身体は見る間に回復する」

「はぁ……はぁ……は……?」


 呼吸は落ち着き、心臓が正常に拍を取り始める。


「⁉︎」


 驚くのも無理は無い。

他の里ではあり得ない事が、今、男の身に起こっているのだから……。


 胡桃の言惑操術の本当の恐ろしさは、言葉による暗示、その強力さにある。

それは身体の隅々、細胞にまで達し、動きを意のままに……そう、騙された脳味噌が、ただの水を万能薬に変えてしまうことまでもが容易いのだ。


「お前は今から俺の物だ。俺の為に全てを捧げ、動いてもらう」

「御意」


 目は(うつ)ろだが、さっと片膝を着き、忠誠を誓う姿勢。

瀕死だった者を直様(すぐさま)動ける兵に変える。


 ……こうして胡桃の傀儡が生まれるのであった。

使い捨てられる命だ。



◇◇◇◇



 一陣の風が三曲輪から一気に本曲輪へと吹き抜ける‼︎


 只管(ひたすら)に、己の主がいる場所を目指して、駆け抜ける少年。

城の誰の目にも止まらぬ。


 忍びの動体視力でも、ようやく認識できるかどうか……ましてや並の侍では、到底気付けるはずがない。

無知な者は、鎌鼬(かまいたち)が現れたと騒ぎ立てるかもしれない……それ程に、彼の身体能力は抜きん出ている。

……だが、存在感が有りあまり過ぎる。

若が懸念するのは、そういうところだろう。




 ざっ!


「若……」


 蘇芳丸はそう呟き、足を止めた。


 一拍遅れて彼の生んだ風が追いつき、身体に絡まる。

砂を吹き(まと)いながら、彼が目の前に見上げるは天守閣だ。


 ぐっと全身に力を込め、両足で大地を踏み、空へと高く跳ね上がる‼︎


 だんっ‼︎


 ひゅーーん……がしゃ、がしゃん!


「あっ、やべっ」


 二枚。

はっきりと、綺麗に瓦が壊れる音がする。


 がしゃん! がしゃん! がしゃん!


「う、嘘だろ⁉︎ ここ、(もろ)すぎねぇか‼︎ この城……おんぼろか⁉︎」


 三枚、四枚、五枚……次々と階を上がるごとに、見事に瓦を割っていく。

そして、少し城に対して失礼な事をほざく。


 城内を抜けるよりも、外壁側を行くのが圧倒的に早いのは確かだが……これは(いささ)か、酷い有様(ありさま)だ。


「ま、まずいな……若と胡桃にまた小言をいっぱい言われちまう。どうする? ……そろりと歩くか?」 


 そう独り言を溢し、一歩足を出した、瞬間!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 頭上から悲鳴が降ってくる‼︎


「げっ! あっ……」


 がしゃん!

驚いた拍子にまた、一枚割った。残念。


「ちっ! 若ぁっ‼︎‼︎」


 がしゃん、がしゃん、がしゃん!


 もう、なりふり構わず天へと飛び上がり、着地‼︎


 べきょっ!


「……っ‼︎」


 最終的に廻縁の部分を破壊し、天守閣最上部へとあっという間に到達した‼︎

……が、青ざめた蘇芳丸の表情からは『やってしまった』という後悔の念が分かりやすいほど顔に書いてあった。

損壊は、瓦九枚と廻縁の板一枚……胡桃は果たして許してくれるのだろうか。



「ひぃぎゃぁぁぁぁっ‼︎‼︎」


 再度、中から悲鳴が上がる!


 はっと我に帰り、忍べない少年は広間へと飛び込む‼︎


「若っ! ……な、なんだ⁉︎」


 蘇芳丸の目に映ったのは……床板の上を苦しみながら、のたうち回る少年……見覚えのある顔、先程の小姓だ。

やはり曲者であったな。


「わ、和姫(なぎひめ)! また、新手の忍びが‼︎」

「……れ、一蜂(いちほう)殿……あれは……」


 広間の端から、一際(ひときわ)目を引く美男美女が俺の方を見て声を上げる。


 ………………


「えぇぇぇ⁉︎ わ、若が姫なのかぁぁぁ⁇⁇」


 蘇芳丸の驚嘆が小姓の叫喚の音量をはるかに超えて、広間を揺すったのだった……。

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