曲者③ ー和姫ー
今回からまた、若の視点に戻ります。
時は少し遡るーー。
どぉぉぉぉぉん!
城の敷地内から響く、聞き慣れた焙烙玉の音と振動。
……また、しくじりよったか⁉︎
後で説教が必要だな、鉢ノ助め!
深い溜息を吐き出したいが、ぐっと堪えて平静を装う。
冬実殿と蓮姫様に浅緋の忍びの仕業だとまだ、悟られてはならない。
城に出向いたこちらの要件が台無しになってしまう。
隣の胡桃と視線をさっと交わす。
しかし、何故ここに辰ノ組が?
……まあ父上の命令……以外、他ないな。
私と胡桃が里を不在にした事で、全くどんな我儘を言い出したのやら……。
ばたばたばたっ!
「と、殿! 申し上げます! 三曲輪にて騒動が!」
「詳しいことは、まだ……」
人払いしてあった広間へ、家臣達が慌てて階段を駆け上がる!
攻められぬよう設計されている急階段。
狭い所にぎゅうぎゅうと人が集まって……これでは敵の思う壺ではないか……敵……。
……何かが、起きている。
鉢ノ助は色々と残念なところもある男だが、無闇やたらと爆発させる程の馬鹿では無い……たぶん。
そもそも誰が潜入組か?
本来なら、あの五人の中では幹兵衛、鋼太郎、梅丸が妥当だ。
梅丸は花鳥衆と共に吉伏城内へ来たこともあるしな。
だが鉢ノ助、か……幹兵衛は此度は待機だろう。最近あまり具合が芳しく無さそうだ。
鋼太郎もおそらく待機、飛び道具での殺傷沙汰はまずいからな。
……とすれば、必然的に蘇芳丸が潜入組になるのか……あぁ、不安しかない。
お願いだから壊すなよ?
しかし、蘇芳丸……か、ふむ。
あやつにどこまで出来るのか?
そっと右手を床に突いて、氣を放つ‼︎
ふっ
………………
私の氣は、床板を伝って広間と下の階までを把握する……が、残念なことに恐らく三曲輪にいるであろう三人の様子がここからでは全く分からない。
「やはり駄目か……」
城の最上階、地上からは少し離れてしまっている。
いくら私とて、大地を使えなければ顕霞の術が発動しづらい……盲点。
だが一つ学びになった。
「さて……」
ふうっと溜息を吐いて、ちらりと横目に見る。
扇子をばっと開き口元を隠しながら、隣の胡桃にそっと耳打ちした。
「……で……声を……そうだ……を蘇芳に……うむ、頼んだ」
「はっ!」
胡桃に指示を出し、ぱたんと扇子を閉じる。
「 ……ん? どうした?」
よく見ると、胡桃の頬から耳までがほんのりと赤く色づいている。
「いえ……至近距離で、これは中々の破壊力……」
「?」
何やらよくわからない事を胡桃がぽそっと溢しながら、しなりと美しく立ち上がる。
「お侍様達は下の階で待機を願いまする」
そう甘い声で胡桃が護衛役達にそれぞれ声を掛け、下の階へと誘導する。
……そちらは任せたぞ。
広間と言っても、それほどの面積もなく、加えてここは屋根を支える柱の多い空間。
死角が多い上、刀も振るいづらい。
ましてや敵が侍姿に化けて来られては面倒が増える。
この板の間には冬実殿、蓮姫様……いや一蜂殿、そして私の三人のみ。
「お二人はけして、声を出さぬ様……願いまする」
私の言葉に二人とも静かに首を縦に振る。
床板をそっと触り、先程とは異なる氣を送り込む!
「顕霞の術『水鏡』……」
ぶわっ!
私の氣をこの空間に広げておく。
……さぁ、これから来る者を迎えようではないか。
ばたばたばたっ!
その時、下の階が突如、騒がしくなる。
「忍びだ! 忍びにやられた! 応援を頼む、下へ向かってくれ‼︎」
「だ、大丈夫か⁉︎」
緊迫した声が飛び交い、ここまで響いてくる。
……これは……陽動だ。
そちらに注意を向けさせている間に本命は、こちら……だな。
そっと、広間に侵入者の気配が滑り込んできた。
戦場の武士ならば、相手の首を狙う時に自らの名を名乗り、剣を構えるだろう。
だが忍びならば、相手が首を切られたことにも気づけぬ内に絶命させるだろう。
それが、尋常。
ひゅんっ! がこんっ‼︎
風切音が鳴り、鋭利な刃が柱を抉る‼︎
「っ⁉︎」
姿無き曲者、声は出さぬが焦っている様がひしひしと伝わる。
当然だ。
首を取ったと歓喜した瞬間に、それが幻だったと気づくのだから……。
……見つけられぬよ。
私は心の中で呟く。
隣では冬実殿と一蜂殿が一言も漏らさぬよう口に手を当てて、息を潜める。
まんまと私の術中に嵌まった小柄な忍びは、次々と柱に刃を突き立てていく。
一本、また一本と。
顕霞の術『水鏡』
淡い空色の氣を送り広げた、鏡の空間……罠だ。
錯覚に囚われ、動けば動くほどに迷い込む霧の中。
徐々に相手の思考を鈍らせて……。
「んだよ、くそっ! 一体どうなってやがんだ⁉︎」
我慢ならなくなった男がようやく苛立った声を上げた。
集中が乱れ、あちらの忍びの術は無様に綻びを見せ始めた。
さて…と。
右手を床に突き、黒色の氣を送り足す。
そう……『朧』だ。
ぶわっ!
一気に敵の体内へ氣を充満できたところで、私は姿を表した。
「貴様は何処の忍びだ?」
「なっ⁉︎ ……そうか、これはお前の仕業か? ……合点いったわ!」
私の姿を認め、却って冷静さを取り戻す男……まだ少年のように見える……いや、見せているだけか?
実際の年は見た目より上かもしれぬな。
外見に惑わされてはならない。
「櫓番の中に随分と毛色の違うやつが混じっていたから、もしやと思って仕掛けたが……ありゃ何なんだ? 忍びの真似事のつもりか。くくっ、変装も下手くそ、気配も隠しきれない、間抜けな糞餓鬼……ぐぁっ‼︎」
「……汚い言葉は聞くに耐えないな」
右手を強く握り締め、氣を操る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
醜い悲鳴だ、耳が穢れる。
はてさて、一体どんな景色をその目に映しているのやら……。
己の意識が最も嫌がる、悪夢。
『かくれんぼ』では蘇芳丸が相手だったから、手加減して試す事が出来なかったが……此奴なら思う存分、『朧』を魅せてやれる。
……別に、壊してもいいだろう?
「ひぃぎゃぁぁぁぁっ‼︎」
「浅緋の忍びを侮辱することは許さない。あやつらを叱責して良いのは……私だけだ」
床の上でのたうち回りながら、口から朱色の泡を吐き出している。
もはや、この男の耳に私の声は届いていないだろう。
こんな見苦しい生き物を姫様の目に入れるわけにはいかないな。
そっと姫……じゃなくて一蜂殿のお側へと近寄る。
がしゃん‼︎ べきょっ‼︎
その時、廻縁から壊れる音とよく知る気配!
……こちらに集中してたとはいえ、私が気づくのに遅れるとは……相変わらず動きが速い。
「若っ! ……な、なんだ⁉︎」
外から現れた蘇芳丸が、曲者に気を取られて声を上げる。
……おい、霞消の術はどうした?
まさか掛け忘れたとは言わないよな?
「わ、和姫! また、新手の忍びが‼︎」
「……れ、一蜂殿……あれは……」
「えぇぇぇ⁉︎ わ、若が姫なのかぁぁぁ⁇⁇」
蘇芳丸が忍びであることを忘れる程、さらに大声を上げる……えぇい、お前も後で説教だ!
「あれは……浅緋の者です」
それだけ言って、再度、視線を床に戻す。
這い蹲る者にとどめを刺すため、私は右手にさらに力を込めた。
がしっ!
その時、蘇芳丸が私の右手を片手で握り締める。
「⁉︎」
「何やってんだよ⁉︎ 若の手は汚しちゃ駄目だろうがよっ‼︎」
掴まれた右手から、視線だけをじろりと動かす。
「……何故止める?」
振り解こうにも、びくともしない。
手の大きさも……いつの間にこれ程の差が生まれたのだろう。
「いつも冷静なくせに、何怒ってんだよ? だいたい、始末したら情報引き出せないんだろ? 無闇矢鱈に殺すなって……いつも若が言っているだろうに……」
驚いた様子で私を見る蘇芳丸。
……誰が……何だって?
「別に怒ってなんか……」
「いーーや、若は怒ってるね! お前らしくない……どうした?」
………………
「そうか……私は怒っていたのか」
気絶し、ぴくりとも動かない忍びに目を遣る。
「悔しかった……のかもしれん……お前は……私の……」
「ん? 何だ?」
「弟だから、な」
………………
「……はぁ? いや、どう考えても逆だろ? 俺が兄で若が弟だろ?」
「いやいや、里に現れたのはお前の方が後だから、私が上だ」
「いやいやいや、明らかに禿な若より俺のが兄貴っぽいだろうが!」
ぎゃあぎゃあ言う蘇芳丸の相手をしていると、外からよく知る気配がまた二つ、音もなく部屋へと忍び入る。
「梅! 鉢!」
名を呼んだ途端、二人は術を解き姿を現した。
「二人とも見事だ。よく気配を消せて……」
「な、何⁇ 若、その格好⁉︎」
「若……お前、かわいいな‼︎」
「……」
私からの褒め言葉を遮り、二人は好き勝手に話し出した。
……私、お前達の君主になる予定なのだが、些か失礼すぎやしないか?
あぁ、皆まとめて後で説教だ‼︎
「鉢……やっぱりお前の言う通りかもしれん……」
「わ、若‼︎ やだーー‼︎ 俺達ちゃんと頑張るから、見捨てないでおくれーー‼︎」
「……お前達、一体何の話だ?」
梅丸は諦めた様な哀しげな表情、鉢ノ助は懇願する言葉を口走る。
……これまた、何かを勘違いしていそうだな。
あぁ、頭が痛い。
「若! 俺達にはあと半年ある! まだまだ伸び盛りだっ‼︎ だ、だから、えっと……あ、そうそう今日、じいちゃんとばあちゃんの見分けついたぞ、凄ぇだろ! ……まぁ、若の残氣のお陰らしいけど……」
「残氣……?」
蘇芳丸の顔にそっと近づき、目を覗き込む。
「あぁ……本当だ、残っているな。あの『朧』の後、消し忘れたからか」
なるほど。
私の残氣が蘇芳丸の気配を少しだけ変化させていたのか……いつもより気づくのに遅れたのはその為だな。
少し身体を離して、彼の瞳から顔全体へと焦点を移す。
「ん? どうした、蘇芳? 顔が赤いぞ?」
「なっ⁉︎ なんでも無い‼︎」
熟れた柿のように真っ赤な顔になっている蘇芳丸がふいっと顔を背ける。
……何なんだ?
胡桃といい、蘇芳丸といい、皆が今日は可笑しな反応ばかり。
すると今度はまた、気配が三つ……いや四つ!
「いつまで手を握っておる? 蘇芳、平伏せ!」
「‼︎」
べしゃっ!
甘く厳しい声を放ちながら胡桃が現れ、蘇芳丸はその場に土下座の姿勢を強要された。
その後ろから、幹兵衛と鋼太郎。
そして捏も現れる。
おや?
捏の方が蘇芳丸より気配の消し方が上手だな……あぁ、嘆かわしい。
「胡桃、あいつは?」
「濡れ鼠は外で『待て』だ。……こちらの鼠も躾けねばな」
梅丸の言葉にそう返し、床の男を鋭い目で見下ろす胡桃。
ふむ、どうやら他の忍びは既に胡桃の傀儡か。
……あと何匹だ?
そう多くは無いはず。
「こ、この者達は……い、一体……?」
上擦った声で城主殿がようやく口を開いた。
続々と姿を表す忍びに、冬実殿が戸惑うのも無理は無い。
「和姫! 実に素晴らしい‼︎」
一蜂殿はお父上とは反対に、輝く瞳で皆のことを見渡している。
「御無礼お許し下さい。皆、浅緋の里の忍びに御座います」
跪きながら、そう申し上げ、はっとする。
『忍び』……不意に口からその言葉が……。
「と、殿ぉっ‼︎ た、大変で御座いますぅっ‼︎」
今度は下階から、大声による報告が部屋に響く!
胡桃に、家臣連中を上階に上らせない様に頼んでおいたからな。
彼らは今、階段を上がれない。
「えぇい⁉︎ 次から次へと……今度は一体何事なんじゃぁ⁉︎」
冬実殿が嘆くように大声を返したのだった。




