曲者①
「お疲れ様です」
「おう」
潜入組の三人は櫓番に変装したまま三曲輪の敷地内を通過中。
途中で厩番と出会うも、すれ違いざまに何食わぬ顔で挨拶を交わす。
「良い感じだな」
「油断するなよ、阿呆」
「ええと、次は……」
鉢ノ助が言いかけて、言葉を止める。
「おい、止まれ! そこのお前ら……持ち場を離れて何処へ行く?」
突然、一人の侍に呼び止められ、彼の連れている小姓も足を止めこちらを見る。
ぎくり!
三人共、心の中では飛び上がるが、それを表に出さずに言葉を返す。
「はっ、こいつが腹が痛くて辛いと……番を代わってもらい、厠へ連れて行くところです」
咄嗟に二人で中央にいた蘇芳丸を担ぎ、誤魔化す梅丸。
………………
「そうか……無理するなよ」
じろりと三人を見遣ると、そう言い置いて侍が踵を返し去っていく。
小姓がぺこりと頭を下げて、侍の後をちょこちょこと追いかけて行った。
「「「ふーーっ」」」
三人同時に溜息を吐くと、汗がどっと吹き出す。
『霞面の術』
他者からの顔の認識を歪める変装術だ。
氣を顔に纏うことで、光の屈折を起こし、相手の脳には本来と異なる者の顔を映し出す。
記憶に残りづらい、曖昧な人相として……。
「この調子で三曲輪を抜け、衣を替えたらニ曲輪を抜ける。本曲輪に入ったら、霞消の術で一気に城内まで駆け上がるぞ。行けるか、蘇芳?」
「おう! 任せとけ、ぇい⁉︎」
ばっ‼︎
返事より先に殺気を感じ、瞬間、三人共一斉に飛び下がる‼︎
かかかっ!
地面に刺さったのは苦無!
投げてきたであろう方向に、一瞬見える影‼︎
「はっ! しまった‼︎」
そう……気づいた時には既に遅し!
無意識で、何処からか飛んできた苦無を躱わしてしまったのだ。
それは櫓番では無く、紛うことなき忍びの動き‼︎
「な、何だその身のこなし⁉︎ お前ら、何者だ‼︎」
先程、去ったはずの侍が遠くで振り向き、刀を抜き構えている。
「曲者じゃーー‼︎」
それは、目の前の侍では無く、別な方角から湧いた声。
たった一言。
それが発せられたことによりその場は支配される……情報操作。
ざっ!
一斉に三曲輪へと人が集結する‼︎
「俺達を『敵』として捕らえさせようってか? ……吉伏城はうちの里以外の忍びは雇っていないんだよな?」
「ああ、雇われてはいないはず……だとしたら?」
「あっちが曲者だな」
三人の周りには刀を構える侍達。
間合いは取っているが、ぐるりと囲まれている。
ざっと見回し、蘇芳丸の視線がぴたりと止まる。
やや離れた位置で、こちらを見ずに場を離れようとする侍……姿の男。
「あいつだーー‼︎」
「俺を飛ばせーーっ‼︎」
梅丸が声を上げるのと、蘇芳丸が梅丸を敵へと投げつけるのが、ほぼ同時‼︎
二人をちらりと見遣ってから、目の前の侍衆に視線を戻す鉢ノ助。
「さてと……こっちはこれだーーっ‼︎」
ばっ!
懐から取り出した煙玉を空中に放り投げ、両前腕の鉄甲を擦る‼︎
落ちてきた煙玉に火が点く瞬間、鉢ノ助の着物の裾から、ぽろっと落ちる……焙烙玉の渡し忘れた一玉が……。
「あ……」
どぉぉぉぉぉん‼︎‼︎
鉢ノ助の焙烙玉の爆発音が城周辺に鳴り響いた。
◇◇◇◇
蘇芳丸の豪腕によって投げられた梅丸!
侍共の頭上を軽々と超え、場を離れようとする曲者の背後へと瞬時に追いつく!
猫のようにしなやかな体躯を捻らせながら、少年は小刀を抜き、斬りかかる‼︎
かきぃぃぃーーん!
敵の忍びもそう易々とやられる程、愚かではない。
かきぃん、きぃん、かきぃんっ……!
刃を幾度も交えると、徐々に腕力の差が生まれ出す!
梅丸を返り討ちにしようと敵も殺気を放ち、強い太刀を繰り出した!
がきぃぃーーん!
「小僧! くたばれっ‼︎」
「くっ!」
どぉぉぉぉぉん‼︎
その時、背後から焙烙玉の爆発!
爆風による追い風は、敵の目を咄嗟に閉じさせ、梅丸の背を力強く押した!
一瞬の隙を見逃さず、少年の刃先が敵の右首を捉える‼︎
ざしゅっ!
「ぐあぁぁぁぁっ‼︎」
首を押さえ体勢を崩した相手に、追い討ちの連撃で斬りつける!
ざしゅ!
そして土埃が舞う中に、勝者が一人立っていた……。
「おいお前ら、怪我人は⁉︎」
二人を振り返り声を上げながら、梅丸が倒した敵を縄で締め上げ、木に括り付ける。
仲間の名を不用意には、けして呼ばない。
周囲に立ち込めていた土埃が徐々に落ち着いてくる。
梅丸が見遣ると、侍達が皆、地面に倒れていた……。
………………
「ちっ……やらかしたか‼︎」
梅丸が苦々しく吐き捨てる……と、同時に、倒れていた者達が皆、ゆっくりと身体を起こした。
「⁉︎」
どうやら、焙烙玉が爆発する直前、蘇芳丸と鉢ノ助が瞬時に動き、周囲に跳ね飛ばすことで、しっかりと侍達を庇い守ったようだ。
………………
はあーーっと深い深い溜息を吐き、梅丸が嫌味を溢す。
「……おい阿呆。……何故、お前の焙烙玉はこんな大穴が開くんだ?」
縦に火薬が爆ぜるのか、昔、竹藪で出来たのよりもさらに深い落とし穴が出来上がっていた……。
「わっかんねぇ。……そういや今度、あいつが検証してくれるって言ってたな」
鉢ノ助は空を見上げながら、誰かを頭に浮かべている。
……恐らくは博学な眼鏡少年の顔だろう。
「こ、これは……一体……?」
「あっ……えっと、これは……」
混乱する侍連中が、ようやく口を開く。
彼らを前に、これまた困惑気味な蘇芳丸が言葉に詰まった。
ざっ!
その時、梅丸が片膝を着き、声を発する。
「我ら浅緋の忍びは、間者が紛れているという風聞により、里長から命を受け、吉伏城に潜入調査中でした!」
小刀にある浅緋の里紋を見せながら、ぺらぺらと饒舌に嘘を紡ぐ。
「このことは何卒ご内密に!」
「な、なるほど! そういうことであったか!」
まるで疑うことなく、侍連中は梅丸の台詞に頷き、ざわざわと互いに話し出す。
「……お前の口って、本当どうなってんの?」
「褒めてくれて、どうもありがとう!」
「いや、褒めてねぇし……」
鉢ノ助の疑問に猫被り声で返す梅丸。
今度は黙っていた蘇芳丸が、突如、閃き顔になる。
「……はっ! 汎様、もしやこれを予見して俺達を『おつかい』に……」
「「ないない」」
「……だよなーー」
彼の言葉を二人は即、打ち消した。
こほん、と咳払いを一つして、梅丸が侍達に問いかける。
「何か最近、城で変わったことはなかったでしょうか?」
「変わったこと……そういえば……今日、城に見たことのない美しい姫君達が旅の格好で参られたな」
「ああ、まるで天女様のようだったな」
演技を続ける梅丸の言葉に、侍達が口々に声を上げる。
「姫……達?」
「美しいって言うから……たぶん、あの人だと思うけど……」
「……まさか……若も姫の格好なのか?」
三人は怪訝な顔でひそひそと言葉を交わす。
「っつうか、敵が潜入してたなんて、予定変更だろ、これ? このまま天守閣行って、若に報告だな。えっと、捏と筆は……」
懐に手を入れ、視線を動かした瞬間、縄だけが結ばれた木が梅丸の目に入る。
「しまった‼︎」