城内潜入③ ー忍びと梅丸ー
今回は、梅丸視点のお話です。
吉伏城の櫓は二重櫓だ。
物見と攻撃には平櫓より有利、だが三重櫓や多門櫓を作る費用は残念ながら用立てられなかったらしい……と風の噂が里にも届いていた。
噂好きのくのいち衆が、どこからでも話を小耳に挟んで持ち帰ってくるからな……。
城を維持するにも何かと経費が……銭が嵩む。
鉱山や商易が盛んな領地を持つ城や城下町は急速に発展するだろうが、吉伏城領地のように農民が多い土地は、年貢だけが頼みの綱なのだ。
近くを流れる荒魂川から、ごそっと砂金でも取れれば、途端に金持ち城になれるのだが……そんな夢物語のようなこと、起こるわけもない。
……世の中、何事も期待するだけ損なのだ。
音を立てずに櫓を降りる俺達。
心は急ぐが、ここからは慎重に行動しないと命取りとなる。
作戦通り進もう……本当、面倒だがな。
陰になる木々も植えていない殺風景な敷地に、登りづらい傾斜の石垣、ここからは見えないが正面の大手門からの通路は軍勢の進行を削ぐよう設計されていると聞く。
……他にも色々仕掛けられているはずだが、浅緋の忍びにとっちゃ子供の遊具に等しい。
だから、歯痒い……。
俺と鉢ノ助の二人だけなら霞消の術を展開しつつ、天守閣へと外側の瓦屋根を渡って楽勝に登れるのだが……此度は蘇芳丸と俺の将来がかかっている……かもしれない『おつかい』だ。
蘇芳丸、あいつは……破壊神。
強すぎる力の加減が下手くそな阿呆、何もかんも潰しちまう。
さっき櫓まで駆け抜ける際も肝が冷えた。
瓦……どうか割るんじゃねぇぞ、と。
ここの城は浅緋の里と旧知の仲。
もし『弁償しろ!』と言われたら、俺らは首を括るしかなくなる。
……こんな命を差し出しても、鐚一文にもならんのだがな。
ふと、鍛錬で術を初めて出せた時の記憶が過ぎる。
「梅丸……里に来てたった半年なのに、お前凄いな!」
「くそ! 何なんだよ、お前は! 狡ぃぞ‼︎」
鉢ノ助も蘇芳丸も、馬鹿がつくほど正直者だ。
いや、正直な馬鹿者か? ……まぁ、どちらでもいい。
……後ろ暗い俺からすれば、お前らの姿は目が眩むほどに明るい。
以前、若に里へ来る前の生活を尋ねられたが『覚えていない』と答えた。
聡い若に嘘は通じない……そう本当のこと。
思い出せない……いや思い出さないのだ、俺の頭は……。
俺は元々、裕福な商家の生まれだった……らしい。
割と不自由なく暮らしていた、と思う……あの日までは……。
ごぉぉぉぉぉっ!
赤く燃える火は、僅かだが記憶の片隅にある。
盗賊に押し入られ、屋敷に火を放たれ、命以外の全てを奪われた。
親も、兄弟も、家も、人としての尊厳も……。
俺の記憶の一部……数年分は、頑丈に蓋がされている。
隙間から悍ましい過去が漏れ出ないよう、自己防衛として、しっかりと閉じ込めたようだ。
身体に残る無数の傷が俺に語りかけてこようとも……。
奴らへの仇討ち……することは最早叶わない。
汎様が、奴隷として生きていた俺の目の前で、賊を皆殺しにしてしまったからだ。
「おい、お前。死ぬ気で生きる気はあるか? ……あるなら連れてってやるよ」
返り血で血塗れになった顔をこちらへ向け、彼はにやりと笑った。
そこで……俺の運命の歯車がまた回り出した。
汎様に拾われてから、およそ二年……忍びになるしか生きる道はないと思い、死ぬ気でここまでやってきた。
なのに、忍びではない道もある……と提示された。
俺は……この先、どうしたいんだ?
自問自答した所で、解はなし。
……考えるだけ無駄なことは、今は止めよう。
「はぁーーっ」
深い溜息と共に、掌で額を覆い、俺は術を発動する!
「霞面の術」




